対艦弾道ミサイル(核弾頭か通常弾頭か)
危機管理能力が欠如すると、国家は滅びます。
「『むらさめ』より群司令部へ。敵潜水艦の撃沈を確認。繰り返す。敵潜水艦の撃沈を確認。以上です」
『いずも』CIC内に通信員の声が響く。
海上自衛隊として初の戦果である。ただし、それを喜ぶほどの余裕はなかった。
「1隻だけか?」
「キロ級潜水艦1隻のみです。」
群司令はその言葉に顔をしかめる。撃沈したのが旧ソ連製の古い潜水艦であり、中国海軍の主力艦ではなかったからだ。
「以前の情報では、元級や商級の航行が確認されている。それがなぜここに来てこんな骨董品が・・・」
「ローテーションの可能性もあります。艦隊情報群の分析では、回数は少ないものの尖閣諸島周辺海域でキロ級が航行した形跡も確認されております。」
幕僚の一人が群司令の疑問に答える。
「艦隊司令部との通信はまだ回復しないか?」
「依然として不通のままです。しかし、空自AWACSとの交信は問題なく実施できていることから、特定の通信系のみ妨害されているものと考えられます。」
「周波数帯が向こうにバレているか。まあ、過去何年も尖閣でにらみ合ってた仲だからな。チャットは生きてるんだろう?通信幕僚」
「はい。先ほどの司令部とのチャットも、回線を通常の回線からAWACS経由に切り替えたことで繋がるようになりました。」
本土とのチャットは繋がるが、無線通信は繋がらない。各艦艇との通信も同様である。
その理由を答えられるものは誰もいなかった。
一方、潜水艦を撃沈した『むらさめ』CICでは、別の事象に遭遇していた。
「圧壊音が2回聞こえた?」
むらさめ艦長が水雷長の報告に思わずオウム返しで答える。
「水測員からの報告です。キロ級の圧壊音を聞き取り、聴音音量を下げてから再度聞き取ったところ、僅かですが同じような圧壊音が聞こえたとのことです。」
「わざわざ報告するという事は、海底や僚艦からの反響音ではなく、別の要因が絡んでいると判断したんだな?」
「左様です。」
砲雷長が答える。
水中の音は、空気中の3倍の速さで伝わる。水温や海流の影響で必ずしも一定の速度で届くとは言えないが、この距離での撃沈であれば海底や僚艦の反響音は圧壊音とほぼ同時に到達するのだ。それが、機器の操作をして再度聞き取るというタイムラグを経て聞こえるのは理解できない。
『『むらさめ』こちらスーパーオーク50。MADセンサーに反応あるも、撃沈したキロ級の反応が強すぎ詳しい方位距離不明』
飛行中のSH-60Kからも、キロ級以外の存在を匂わせる報告が入る。
「念のため、このまま対戦戦闘を継続し、アクティブソーナーによる継続捜索を行います。」
砲雷長は艦長にそう具申する。
分かった、と艦長が返答し、CIC内は引き続き戦闘配置を継続する。
「砲雷長、そういえば半年前の尖閣監視で探知したのは元級だったか?」
「左様です。かなり静かで、探知直後は識別不能でしたが、音響データを解析したところ、元級と判明しました。」
「そうか・・・ただ、今回撃沈したのはキロ級で間違いないんだな。」
艦長は首をかしげながら、砲雷長に再度尋ねる。
「間違いありません。通常動力型で原子力艦並みの爆音をまき散らすキロ級の音響は、海士課程を修業したばかりの者でも間違えることはありません。元級は音響データの蓄積がまだ不十分であることから・・・」
『ソーナーよりCICへ!!新たな目標探知!方位210度、本艦の左30度距離50!』
(近いな。ギリギリだが魚雷の射程圏内に入っている。だが、どうしてそこに位置取りした?)
周防は敵潜水艦の意図を読みかねた。対艦ミサイルの発射には近すぎ、魚雷発射にはやや遠い。中途半端な位置取りに何の意味があるのか・・・
「クソッまだいやがったか!!対戦戦闘、VLA攻撃はじめ!!」
「CICよりソーナー、目標は識別できたか!?」
『元級です!間違いありません。この前聞いた音と一致します!!』
「目標をブラボーと呼称する。準備出来次第攻撃せよ」
『VLA発射用意良し!・・・てぇー!!』
ソーナー室の号令とともに、『むらさめ』艦橋全部からVLAが発射される。
「!!ES(敵性電波)探知、本艦の左30度!」
『魚雷音聴知!距離50、ブラボーからと思われる!』
「面舵一杯、最大戦速!・・・ESと魚雷音が同時に?どういうことだ?ソーナー、ブラボーに他の兆候はないか?」
『今のところ魚雷の他は・・・待ってください!ブラボーとは別の音源から、発射管の開口音と思われる音響を探知、数は1・・・2・・・3・・・まだ増えます!!』
その言葉に、艦長と砲雷長は絶句する。敵は複数いる。先ほどのキロ級は単独ではなかったのだ。
「通信士、群司令部宛てにチャットを打て!「我、複数の潜水艦からの被攻撃を受けつつあり」以上だ!」
「承知しました!!」
にわかにCIC内が慌ただしくなる。
「船務長、ES探知は継続しているか!?」
「継続中です!現在解析中です・・・解析完了!艦長、このESは・・・商級USMのものです!!」
「対空戦闘用意!砲術長、対空戦は任せる!!」
「承知しました!」
対戦戦闘と対空戦闘の同時並行は、訓練でもあまり想定されていない。基本的に潜水艦は遠距離からUSM(潜水艦発射型対艦ミサイル)を、近距離から魚雷をもって攻撃するのが普通である。例えるならば、遠距離は銃で、近距離はナイフで攻撃するものを、近距離から銃とナイフで同時に襲われたようなものである。そのため、砲雷長は自分が対戦戦闘に、部下の砲術長を対空戦闘に専念させる決心をしたのだ。
「ESM探知、目標はYJ-82対艦ミサイル間違いなし!」
「目標レーダー探知、数4、方位215度、距離30・・・まっすぐ突っ込んでくる!!」
「対空戦闘!シースパロー攻撃はじめ、DESIG FCS1,2!!」
『シースパロー発射用意よし!』
「シースパロー発射はじめ、サルボー!!」
砲術長の号令により、合計4発のシースパローミサイルが『むらさめ』船体中部付近から飛翔する。
汎用護衛艦である『むらさめ』はイージス艦と異なり、同時対処目標数はFCSの数と同じ、2発までである。
「CIWS、AAWオート!」
「インターセプト5秒前・・・スタンバイ・・・マークインターセプト!!」
「2目標レーダーロスト、撃墜を確認!残り2発!!」
(近いな。FCSの再補足とシースパローのロードを加味しても、撃てるか?)
「DESIG FCS1,2・・・近い!アサイン マウント FCS1、主砲、攻撃はじめ! FCS2、シースパロー発射はじめ、シングル!!」
『敵魚雷、依然として本艦に向かっております!』
「頼む・・・撃ち落としてくれ・・・」
砲術長の口から思わず本音が漏れる。魚雷回避のために『むらさめ』は面舵回頭中、つまり右に旋回中なのだ。シースパローで対処中のミサイルはすでに主砲の死角に入り、主砲で対処中のミサイルが、間もなく主砲の死角に入る。主砲で撃ち落とせなかった場合、CIWSでの対処となる。CIWSは全自動モードとしたが、前部のCIWSは既に死角となり、後部CIWS1基での対処となる。
理想は、シースパローと主砲で2発とも撃墜。どちらか1発を撃ち漏らすと、ミサイルが着弾するかもしれない。そして、砲術長の願いは・・・
「マークインターセプト!!」
「遠距離目標、撃墜を確認!1発はさらに突っ込んできます!!」
『主砲発砲停止、死角に入りました!!リリースマウント、射角に捕らえ次第、再度発砲します・・・』
「22番CIWS、発砲開始しました!!」
後部CIWSが毎分2000発という発射速度で弾丸を撃ちだす。非常に頼もしい装備であるが、射程はわずか1マイル・・・1.8kmしかない。
砲術長の願いは、わずかに届かなかった。
「ミサイルはCIWSに任せろ!魚雷回避に全力を注げ!!」
艦長の大声がCICに響き渡る。最悪ミサイルは1発だけならまだ耐えられる。しかし魚雷は1発でも被弾すれば船体が2つに折れて沈没する可能性が非常に高いのである。
『後部応急班及び見張り員、前部側に退避! 総員、衝撃に備え!!』
防御指揮官代行の補給長の声が艦内全体に響く。本来の防御指揮官は副長であり補給長はその補佐なのであるが、人手不足は海上自衛隊の常。ほとんどの護衛艦で副長は砲雷長や船務長が兼務し、戦闘中はそれぞれの役割についてしまう。従って、本来は補佐のはずの補給長が防御指揮官代行となるのだ。
艦長はそれを見て、戦闘中ながら少し感心する。この場合、補給長は艦長の許可のもとで防御指揮官としての命令を出すのだが、いま補給長は独断で退避命令を出した。それでも、それは正しい。艦長に許可を得る暇がないと判断した補給長が、とっさに出したのだ。
「補給長すまん、しばらく防御指揮は任せる。」
「承知しました。被害発生時には、応急長と連携して対処します」
「了解。頼む」
当初艦長は、補給長が着任するときに代わりの者はいないのかと一度断りかけたのだ。なぜなら、彼は幹部候補生学校を修業してわずか3年、2等海尉の26歳という自分の子供と同じくらいの若さなのだ。そんな若い幹部を砲雷長や船務長と同格の配置に就けるなど、組織としてどうかしている。それでも、補給長は独断専行で瞬時に正しい判断を出せるようになっている。大したものだ・・・
艦長が一瞬過去の思いにふけったが、すぐさま現実に意識を戻す。
(若いな、補給長。まだ26だったか。全く、まだヒヨッコの2尉を科長配置につけるなんて、本当にこの組織は・・・)
「VLSから短魚雷分離、ブラボーの追尾を始めました!」
『水雷長から砲雷長へ。商級はブラボーと反対方面に移動を開始しました。商級への攻撃を行います!』
「艦長、VLA攻撃にて商級を沈めます。」
「了解」
「VLA攻撃はじめ」
『VLA発射用意良し・・・てぇー!!』
「戦闘の中止は確認できたのか?」
菅野総理は官邸対策室に入るなり、そう告げる。
防衛大臣に指示を出してから10分が経っていた。何らかの動きが起きるには十分な時間だと彼なりに考えたのだろう。
それに対し、統合幕僚長 佐藤良介は淡々と告げる。
「戦闘は終結しておりません。中国軍の潜水艦から新たな攻撃があり、現在対処中です。」
「何を言っている?私は戦闘の中止を命令したのだぞ?それが未だになされていないのはどういうことなんだ、統合幕僚長」
「戦闘は継続しており、現場はその対処で手一杯です。まずはこれに対処し、攻撃が済んだところで中止の命令を出すのが最適です。」
「私は!戦闘の中止を!命令したんだ!ただちに戦闘をやめたまえ!」
滅多に怒鳴らない菅野が官邸対策室に響く大声を発する。慣れていない閣僚や職員はそれに固まってしまうが、統合幕僚長は動じない。
「相手からの攻撃が終わらないのです。しかも相手の潜水艦は尖閣諸島の領海内から攻撃を行っております。これは偶発的な戦闘ではなく、明らかに意思を持ってなされた攻撃で間違いありません。P-1の撃墜についても、中国海軍の艦隊による攻撃であると確認されております。すでに状況は武力攻撃事態の要件を満たし、同時に現場は戦時国際法が適用される事態へとエスカレートしております。」
「統合幕僚長、何度も同じことを言わせるのか?ただちに戦闘を」
「中止したいのは私も同じです。ですが、相手がそれを許さない。すでに我が国の領域が侵犯されているのです。であれば、ここは武力攻撃事態と認定し、必要最小限度の実力を持って相手を排除、安全が確認されたところで戦闘行動を中止することを進言します。」
菅野は引き下がろうとしないが、もちろん統合幕僚長も引き下がらない。
「いいか、統幕長。我が国には憲法9条において国権の発動たる戦争は永久に放棄すると明記しているのだ。現在自衛隊が行っている行為は憲法違反だ。これ以上の行為は総理大臣として認められない。」
「しかし同時に、自衛権までを放棄するものではないとも国会で答弁されてますよね。我々からは一切攻撃を仕掛けていないにも関わらず、我が国の領海内に侵入した潜水艦が護衛艦に対し攻撃を行い、同時に敵艦艇の攻撃により航空機が撃墜された。これに対し我々は自衛権を行使しているのであり、憲法違反の行為を行っているものではありません。総理は、これまで国会で答弁してきたことを覆し、自衛権すら否定するおつもりですか?」
議論は平行線。しかし、統合幕僚長の言っていることがまさに正論である。国連憲章において、戦争は違法であるとされた。それでも国家の自衛まで否定することはしていない。皮肉にも、我が国の憲法解釈と全く同じことを国連は言っているのである。
「今だから言うが、自衛隊は抑止力として存在を許された実力組織なのだ。それが積極的に攻撃を行うことなど、断じて許されるものではない。」
「許す許されるの話ではないのです。現に我が国の領域が侵犯されている。つまり我が国の主権が脅かされている状況であり、これを認めれば我が国は国家としての3要素、主権・領土・国民のうち2つを放棄することになります。これは国家としての存続を危うくするものであり、国を守る責務を持った者として到底容認はできません。」
統合幕僚長の正論による説得は続く。それでも菅野は納得がいかないのか・・・
「(・・・こいつ、全てが終わったら解任してやる。いや、自衛隊最高指揮官である私への命令不服従による懲戒免職だ)」
前言撤回。納得がいかないどころか、戦闘が終わってもいないのに戦闘終了後の統合幕僚長の処分について考えている。
「総理、我々で議論をして解決する話ではありません。中国の陳主席と直接話すことで解決の道を模索しましょう」
外務大臣が口を挟む。すでにホットラインは設置しており、通常は相手とのスケジュール調整を行ったうえでの電話会談を行うのが筋である。しかし、互いに戦火を交えてしまった以上、終結を急ぐのであればなりふり構ってはいられないはずである。
「了解した。総理事務室にて行う。10分後に電話をかける。それまでに中国側にコンタクトをとっておけ」
「承知しました。速やかに。」
その言葉を最後に、菅野は官邸対策室を出る。以後、特命あるまでは防衛大臣が指揮をとり、現場の状況を逐一確認していくことになるのだろうが・・・
「統幕長、いま言うのは卑怯だと思うが、私も君の意見に賛成だ。」
「大臣・・・いえ、少し感情的になってしまい申し訳ありません。昔の出来の悪い部下を思い出してしまいましたもので・・・」
「その部下にも同じことを?」
「いえ、彼は単に実力と才能はあるのですが、職務に専念する気持ちに難がありまして・・・いわゆる、優秀だけど怠け者という、総理とは真逆の人間です。」
「優秀で怠け者の部下より、無能で働き者の上司のほうがやっかいという訳か。なるほど、真理だな。」
「そんな彼ですが、いま現場にいるんです。生きて帰ってもらえれば、私の副官として色々やってもらいたいことがあるんですけどね。」
「ちなみにその部下の名前は?」
官邸対策室に設置されたコーヒーメーカーのコーヒーをコップに継ぎながら、防衛大臣が興味ありげに尋ねる。少なくとも総理が陳主席と電話して何らかの答えを持ってくるまでは現状維持なのだ。だから大臣とコーヒーでも飲みながら動きを待とうということになり、同室する閣僚やスタッフもコーヒーやお茶を飲みながら資料を読み込むことに専念し始めた。
「3等海佐 周防 礼二 第1護衛隊群の幕僚であり、何度か私の部下として働いていたことがあります」
「なるほど。ならその次は大臣官房の秘書官室で働いて貰いたいな。君が認めるという事は、性格に難があっても優秀であることは間違いなさそうだからね。」
「しかし彼は仕事より趣味や私生活を重視する人間ですからね。あまり働かせすぎると拗ねてしまいますよ」
「それはいい。私も仕事は嫌いだ。特に自分が正しいと疑って信じないバカの下で働くことはね」
「総理に叱られますよ」
「誰が総理の事だと言った。バカは政治家の中にも一杯いる。あのバカだけでなく、売国奴や在日、挙句の果てにはカルトの長までいる。魑魅魍魎が跳梁跋扈するブラックな職場だよ。」
その他愛無い話をしているうちに、15分が経過した。順調であれば今頃総理と主席が電話でお互いの主義主張を述べていることだろう。ならばまだ時間はある。大臣は一服しようと煙草の箱を秘書に見せながら対策室を出ようとする。それにつられて、数人がポケットに手を入れながら大臣のあとについていくが、突然鳴り響いた警報音に立ち止まり、後ろを振り返る。
「これは何事だ?聞いたことのない警報だな」
防衛大臣が指に挟んだ煙草をスクリーンに向けながら訪ねる。まだ火はつけていなかったため、まるで短いチョークを持った教授のようである。
「統合幕僚長、状況を教えてくれ」
「少しお待ちください。・・・これが・・で、ここに向かう。・・・米軍の早期警戒情報で確認したと」
「統幕長?」
「現場への連絡は・・・ジャミング中だな。なら手間だが市ヶ谷経由でSF・EF・1護群に同時連絡。内容「サクラチル サクラチル SK-E」以上だ。」
統幕長はオペレーターがチャットに打ち込むことを確認すると、大臣にややひきつった顔で報告する。
「中国の瀋陽及び通化ミサイル基地から弾道ミサイルが発射されました。」
「はあ?総理と主席の会談中に!?」
「幸いなことに、日本本土を狙ったものではありません。J-アラートによる国民への退避勧告も不要でしょう」
「ではどこに撃つというのだ?例え我が国周辺の水域であったとしても、漁業従事者や海岸近くの人には注意喚起をする必要がある。」
防衛大臣は北朝鮮の弾道ミサイル発射と同じ発想に至っている。慣れてしまったのだろう。今回も牽制目的での発射だと思い込んでいる。
「発射されたのは東風21とよばれる中距離弾道ミサイルです。中距離とはいえ、核弾頭を搭載可能で、かつMIRV(複数個別誘導弾頭)であることから、迎撃は相当困難となります。」
「中国は・・・この局地戦ですら核を使うという事なのか?」
信じられない・・・。まるで顔にそう書いてあるようであった。防衛大臣が生まれた昭和時代中期は、まだまだ冷戦華やかなりし時代。核ミサイルが飛び交う=核戦争だという認識が未だに心の奥底に眠っている。
「弾頭が不明なだけに、断言はできませんが・・・」
統合幕僚長は先ほどよりも険しい顔をしながら答える。
「東風21は、対艦弾道ミサイルです。そして目標は、第1護衛隊群です。」
『いずも』CICもまた、喧騒に包まれていた。
「チャットにて艦隊情報群より連絡!「サクラチル サクラチル SK-E」以上です!!」
「『こんごう』と『まや』に伝達!対BM(弾道ミサイル)戦闘用意!!」
「弾種不明、敵BMは対艦弾道ミサイルの可能性が高いとのことです!」
「憶測で物事を判断するな!最悪の場合は核弾頭が想定される。1発も打ち漏らしてはならん。最悪の場合、世界が終わるぞ!!」
群司令は、普段の落ち着いた物腰を完全に忘れて矢継ぎ早に指示を出す。それはそうである。たかだか護衛艦と潜水艦が戦闘を開始してまだ1時間程度。お互いに総兵力は十分残した状態であり、ここで弾道ミサイルを使う理由がまったく分からない。彼らは本当に今まで相手してきた中国軍なのか?動きが攻撃的でスキがなく、かつ全軍が強固な意志のもとで統一されている。
「情報アップデート。敵弾道ミサイルは・・・東風21です!!」
「対艦弾道ミサイルか!!」
「日本海に展開中の『はぐろ』からは射程圏外です。佐世保の『みょうこう』も現在弾薬搭載作業中、当該ミサイルに対処できるのは『こんごう』と『まや』のみです」
たった1週間、それで日中関係は緩いグレーゾーンから一気に武力衝突まで進んでいった。いま考えれば、大正島の中華航空機墜落も彼らの作戦の一翼を担っていたのではないだろうか?
「『こんごう』及び『まや』より連絡、対BM戦闘用意よし。探知性能から、『まや』をBMD戦指揮官として統制を取らせます。」
「任せる。どちらにしろこちらはいい的だ。せめて被害担当艦くらいの役割しか果たせないだろうからな。」
1分後、『まや』のSPY-6Dが多数の弾頭を捉えた。
「『まや』より『いずも』群司令部へ。現在の状況を共有します。」
先ほどまでジャミングの影響で僚艦の通信ができなかった状況は回復した。なぜこのタイミングで?という疑問は残ったが、もっと恐ろしい脅威が迫っている中、それに集中して考える者はいなかった。
すると、電測員がCICのスクリーンの一部を切り替える。そこには、『まや』が探知した情報がリアルタイムで流されていた。
「敵弾道ミサイルは2つのグループに分かれ、3分前に先頭のグループが弾頭を分離、まもなく後方のグループも同様の動きを見せると予想します。これに対し、『こんごう』とデータリンクを繋ぎ、両艦で目標を割り振りながら迎撃行動をとります。」
CIC内は『まや』艦長の通信音声が響き渡る。
「本来であれば確実に撃ち落とすことを期すため弾頭1つに対しSM-6又はSM-3を2発ずつ向けたいところですが、これが核攻撃を目的としたものなのか、対艦攻撃用の運動エネルギー弾頭か不明なことから、まずは第1グループに対して1発ずつ、第2グループに2発ずつの迎撃ミサイルを割り当てます。・・・間もなく本艦の射程圏内に入ります。これより、対BM戦闘を開始いたします。以上です」
その言葉を残し、スクリーンは暗転する。
『むらさめ』は対潜戦闘に従事中、『あけぼの』は『まや』と『こんごう』の空いた対戦警戒陣をカバーし『あきづき』は先ほどの攻撃で大破した『いかづち』『ありあけ』の乗員救助に専念している。
「群司令、少しお話したいことが・・・」
艦長が群司令に声をかける。あまり聞かれたくない話なのか、CIC横の司令休憩室に入り用心深く鍵を閉める。
「艦長、乗員に反対されるような案でも思いついたのか?」
群司令は艦長の顔色から、決して生半可な気持ちではないことをすぐさま悟った。
「はい、群司令。今回の攻撃ですが、おそらく何発かは迎撃を搔い潜る可能性が非常に高いです。」
「SM-3はともかく、SM-6はまだ万全な性能とは言えないからな。それに、SM-3ですら米国の実験では約2割が不具合を起こして迎撃に失敗した。今回の数からいえば、最悪の場合各艦に1発ずつ直撃してもおかしな話ではない。」
「やはり・・・ご存じでしたか。」
「これでも一応、イージス艦の艦長を経験したことはある。ハワイでの発射実験も何度かやったが、あれは弾道ミサイルを完全に防ぐような代物とは言い切れない。そうすれば、第1護衛隊群は全滅だ。」
群司令はそう言い切った。もちろん2割の不具合はあくまで確率論の話だ。それでも、統計学的に見れば不安の残る数値であり、憶測や願望を抱きたくもなる。
「そこで提案なのですが・・・」
「いいか、今こそイージス艦としての本領を発揮するときだ。これまで北朝鮮の弾道ミサイル警戒ばかりで艦隊防空に集中してこれなかったのは残念であるが、これまでの任務はすべてこの時のためにあったと思え!」
『まや』艦長から激が飛ぶ。イージス艦には優秀な人材を揃えてきたが、年に1発ないし2発程度の発射回数では乗員も自信を持つことはできない。それは全員の共通認識であるが、かと言って諦めるわけにはいかないのだ。
「敵はこちらの陣容を把握している。対水上戦準則に従って言えば、本艦はもっとも狙われやすい目標となる。だが、ただ目標となることに徹することはない。一発でも多くの敵弾道弾を迎撃せよ。」
「艦長、発射準備整いました。」
「よろしい。では、攻撃はじめ!!」
『まや』のVLSから、SM-6が連続発射される。間髪なく撃ち続けることにより、発射煙で船体が包まれていく。まさにこれこそが自分達に求められた役割であると信じるかのように、続々とイージスの矢は上空へ消えてゆく・・・
「敵弾道弾、レーダー補足、SM-6とのリンク良好です。」
「インターセプト10秒前・・・8・・・7・・6」
SM-6の先端に取り付けられたカメラに、敵弾道弾の姿が見える。奥に見えるのは分離した後のミサイル本体であろうか。あれは今後しばらく宇宙空間を漂い、いずれ地球へ向けて落下してゆくのであろう。
「2・・スタンバイ・・・マークインターセプト」
その瞬間、レーダーから複数の弾道弾が消失する。それでも、その全てを撃ち落とすことはできなかった。
「目標6基撃墜、しかし2基は健在です。」
「やむを得まい。それでも味方への被害は最小に食い止めるぞ。第2派への攻撃準備とともに、撃ち漏らした2基の落下予測地点を割り出せ。僚艦にその情報を与えるのだ」
「了解!!」
国営企業社畜です。
月170時間の超過勤務で身体と心を病んで休んでおります。
所々誤字脱字があるかもしれませんが、ご容赦ください。