[短編]交差点Pにxを続けて赤い糸になるまで
「うん、だから、この点A(3,9)の接線の傾きを求めるのは」
「せっせんって、せっぷんと似てない?」
「似てない。…どこから話聞いてなかった?」
「…座標がどーたら、こーたら」
「開始10秒かよ!」
俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
冬休み前の最後の補習に出されたプリント。
「終わったやつから帰っていいぞー」
先生のそのセリフから1時間以上経ってもまだ帰っていない心愛を見に来たら捕まった。
「ねぇ、波瑠人、クリスマスは何してるの?」
「バイト。はい、ここから解いて」
「交差する点Pが…」
カリカリとシャーペンの音が響く。
うつむいた心愛の前髪がふわりとこぼれて、まつげにかかる。
俺はまつげにかかった髪を人差し指で、そっと外す。
冬の教室は、室内灯に照らされてやけに白々しい。
2問目まで解いた心愛が、視線はプリントに向けたまま、話しかけてきた。
「ねぇ、大学、決めたの?」
「うん、行かないで働くよ」
「…波瑠人、頭いいのに」
「お前よりはなぁ」
たぶん、心愛は進学だ。それも地元ではない大学に。
今は、目の前にいるけど、2年後には離れている。この接線のように。
曲線と直線が一瞬だけ交差する。
そして、離れる。二度と交わることはない。
それでもいいからと、付き合い始めたのが、今月初め。
バイトのシフトも決まった後だった。
「ねえ、波瑠人、このグラフ、あたしたちみたいだね」
カリカリと書いたまま、心愛が言った。
「…そうだな」
上手い切り返しもできなくて、そのまま答えた。
「この身体的接触は、どこだと思う?」
「は?」
しんみりとした俺の気持ちをへし折って、心愛は続ける。
「こう、ちょっと触れてる感じの交差点がPだとするなら、これはキスだと思うの」
「いや、ちょっと待って。お前、今はそのプリントを」
「なんのために、ひとり残ったか教えてあげようか?」
にんまりと顔を上げた心愛の手元を見ると、全て解答欄が埋まっていた。
「お前…!」
全部解けてるじゃないか!
「さ、交差する点Pを解いて終わりにしようよ」
そう言って、心愛は俺の唇にキスをすると、首を傾げて可愛く笑った。
帰り道に手を繋ぎながら、
「xって、キスの意味じゃない。それで波瑠人とキスしたいなーと思って居残りしてた」
と無邪気に笑う心愛が俺のバイト仲間になるのを知るまであと少し。
そして、「あたしも一緒に働く〜」と心愛が言うまであと1年。
そして、「結婚しようか」と俺が言うまであとx年。
そして、子どもが…