第八話「このおかげで何でも食べられてお得なんですよ」
カージナルを拘束し、大急ぎで城へ帰ると、バーガンディーは直ぐに医者を手配した。
毒入りのフリュイを食べたシャルトルーズの手当てと、フリュイに仕込まれた毒について調べるためだ。
しかし、フリュイの方はともかくとして。
やはりシャルトルーズには何の症状も出ない。話を聞いた医者も「健康そのものですね」と困惑していた。
確かに世の中には、毒に体を慣らして、効かない体質にしている者も存在する。
バーガンディーもその訓練は受けている。
しかし、だからと言って平気でぱくぱく食べるような代物でもないはずだ。
シャルトルーズは嬉々として口に運んでいた。
何がなんだか分からず、バーガンディーが彼女の兄に話を聞けば、
「ああ、シャルトルーズには毒も薬も効かないんですよ。そういう体質なんです」
という答えが返ってきた。
「これも体質なのか?」
「はい、聖人の関係の。シャルトルーズは毒でも薬でも死にませんね」
「このおかげで何でも食べられてお得なんですよ。腐った物も、味さえ気にしなければお腹だって壊しません!」
サフランの言葉に、シャルトルーズのいらない補足がついた。
お得とか、そういう問題ではない気がする。
バーガンディーがこめかみを押えていると、サフランが笑顔を深めてシャルトルーズを見た。
「シャル。だからと言って、何でも食べて良いとか、そういう話じゃないからな?」
「うっ」
思わずシャルトルーズは言葉に詰まり、後ずさる。
その通りだとバーガンディーも頷いた。何の知識もない状態で、目の前でそれをやられた自分の気持ちを考えて欲しい。
確かに自分達はまだ、完全には信頼関係を築けてはいない状況だ。その中で手札を全て明かすというのは難しい話だろう。特に魔法諸々が絡まない特殊な力の事ならば。
「え、ええとぉ……あっ! そう! そうです! 悪意を調べていたから、お腹が空いてしまって! ええ。はい。その、いや、あはは。本当にお腹は空いて、ですね……?」
「シャルトルーズ」
「う、うう……ごめんなさい」
狼狽えつつも、最終的にシャルトルーズは謝った。
それからしょんぼりした様子で、
「あの場では、あれがベストかなと。食べなかったら相手から非難されたり、仲良くする気はないんでしょうと持っていかれそうだと思って。何となく彼女は――――大勢の人と話をするのが上手い人に思えました」
と言った。ただの無茶な行動というわけではなく、彼女なりに考えての事らしい。
「……確かに、カージナルはそういう事が出来る人間だ。それを理由にあれこれする事は考えていただろう。だがね、シャルトルーズ殿。そんな事よりも、私は君の身体の方が心配だ」
「心配……とは?」
「食べて大丈夫だからとか。そういう理由があっても、毒を食べるのは駄目だ。もし、何かあって大丈夫でなくなったら、どうするんだい、君は。私は心底肝が冷えたよ」
バーガンディーがそう言うと、シャルトルーズは固まった。
(え?)
空白、空虚。空になったコップ。
朗らかな彼女にしては珍しい、何もない表情。
思わず、ぎょっとした。何が、とも思った。
彼女はその表情のまま、
「……冷えました?」
とバーガンディーに聞いた。
「あ、ああ」
よく分からないが、素直に頷く。
すると彼女は指で顔をかいた。それからじわじわと、ゆっくり顔が赤くなっていく。
「そ、そうですか……それはその、申し訳ありません」
そしてバッと頭を下げた。
「あ、いや、そこまでは。いや、何か、こちらこそ強い口調になってしまって、すまなかった」
「いえいえ、そんな! あははは。あは……」
そんなやり取りをしていると、ぐう、と唐突に彼女の腹が鳴った。
「…………」
「いや、あの……実はその、悪意を感知できる代わりに、それを使っていると、すごくお腹が空いてですね」
「さらっと大事な事実を出された気がするが。分かった、何か用意させよう。そろそろ昼食の時間だ」
「ありがとうございます! やったー!」
苦笑しながらそう言うと、シャルトルーズは両手を挙げて喜んだ。
少し、おかしな感じになってしまったが、いつもの様子に戻ったようだ。
ほっとしながら、バーガンディーは周囲に控えていた使用人に食事の準備を頼む。
「…………あ、えっと。すみません、先にちょっとお花摘みに……」
「ああ。ここからだと、部屋を出て右の、廊下の突き当りだ」
「はーい!」
シャルトルーズはそう言うと、ドアを開けてぱたぱたと走って行った。
その様子を見送って、足音が遠ざかった時。サフランが口を開く。
「陛下、先ほどは申し訳ありません」
「いや。シャルトルーズ殿の事なら、私も悪かった。むしろ私が悪かった。あのような状況になる前に止めるべきだった」
「フフ。止める暇、なかったでしょう? シャルは、そういう所がありまして」
そう言いながらサフランは窓の方へ顔を向ける。
遥か上空に、昼前の鮮やかな原色の青が広がっている。
「他人が危険な時。そういう時に、なら自分がと前に出る子です」
「……そう言えば彼女は、自分が使節団全体の護衛だと言っていたな」
シャルトルーズとのやり取りを思い出しながら、バーガンディーは言う。
おや、とサフランが目を瞬いた。
「シャルから聞きましたか」
「ああ。最初に見た時に、私は彼女が守られる側だと思い込んでいたが、そうではなかったのだな」
「…………そうであったら良かったのになと、私は思いますよ」
バーガンディーの言葉に、サフランは少し目を伏せる。自嘲するような声色だった。
「サフラン殿?」
「陛下。――――先ほどは、ありがとうございます」
「先ほど、とは」
お礼を言われる事が何かあっただろうか。食事の件だろうか。
そう考えながら、少し首を傾げてバーガンディーが聞き返すと、
「シャルトルーズを、心配してくれて。――――よく知らない他人から、心配されて。シャルはたぶん、とても嬉しかったのだと思います」
サフランは、穏やかで慈しむような兄の表情を浮かべて、そう言った。