第六話「来る時も思いましたけど、この青い壁、綺麗ですね」
悪意というものがどんなものなのか。
大体の者は言葉だけ聞けば、イメージは浮かぶだろう。しかしそれを言語化しようとすると難しい。
だから大抵の人間は「そんな感じのもの」で済ます。
バーガンディーもそうだった。
その日、バーガンディーはシャルトルーズに、砂の国の城下町を案内していた。
和平の話し合いだ。お互いの国が仲良くなる良い機会でもある。だから国について知ってもらおう――――という名目で。
実際には、昨日の襲撃犯探しの一環でもあった。詰まる所、二人は餌である。
襲撃犯として名前の挙がったマダーの調査についてはオーカーに任せ、バーガンディーは他の二名を探しに来た。シャルトルーズ曰く、城内には同じ悪意は感じられなかったとの事だ。
さすがに二人だけで行動するのは不用心なので、少し離れた位置には民間人に扮した護衛もついて来ている。
さて、そんな状況で。青色の壁が立ち並ぶ街並みを、二人並んで歩いている。
陸の海とも呼ばれるこの城下町の風景が、バーガンディーはとても好きだった。
子供の頃はよく出歩いていたが、王位についてからはそうそうは抜け出せない。こうして歩くのはずいぶん久しぶりだった。
「来る時も思いましたけど、この青い壁、綺麗ですね。塗っているんですか?」
「半分はな」
「半分?」
「焼くとこのように鮮やかな色になる岩石があるのだよ。この辺りでは青頁岩と呼んでいる。それを混ぜて煉瓦を作ると、こうなるのだよ」
近くの壁を手の甲でコンコンと叩いて、そう説明する。
シャルトルーズは「なるほど」と呟いて、メモ帳を取り出すと、サラサラとそこにペンを走らせた。
「半分となると、産出量的な問題ですか?」
「ああ、少なくなっている。火山活動が活発だった時代には、多く取れたらしいがね」
とは言え、噴火の被害が出ない方が砂の国にとっては有難いので、青頁岩の産出量が下がっている事に対しては、それ程困ってはいなかった。
青頁岩を煉瓦以外で使っていない、という事もあるかもしれない。
そんな事を話せば、シャルトルーズは興味深そうに聞いてくれた。
第一印象は「よく食べる子」だったが、注意深く見ていると、彼女はとても勉強熱心だった。知的好奇心が強いとも言えるかもしれない。
砂の国の文化や生活、食生活について、気になった事をマルベリーや、砂の国の者達に質問している姿をバーガンディーも何度か見かけた事がある。
これだけ見れば真面目なごくごく普通の子――――なのだが。
昨日の話では、彼女はもはやお伽話の中にある『聖人』の一人の血を引いているらしい。
聖人の血を引いているとは言っても、だいぶ薄いものらしく、兄のサフランは聖人の力はないらしい。
ただ砂の国ですら噂に聞く『英雄』だ。化け物レベルの強さには、多少なりともそれが影響しているのではないかとも、バーガンディーは思う。
(まぁサフラン殿自身は「努力と才能がうま~く混ざった結果ですよ」なんて言っていたが)
しれっとそういう事を言うあたり、相当いい性格をしていると思う。
だが、そんな性格のサフランであっても、妹のシャルトルーズにはずいぶん甘いように感じられた。護衛の騎士ピアニーもだ。
あの二人、シャルトルーズに対して、溺愛とも言えるような構い方をしている。
(にも関わらず、私と出かける事はよく許可してくれたな)
どういう匙加減なのだろうか。今一つ分からない。
そう考えだしたらしばらく集中していたようで、シャルトルーズから「陛下」と呼びかけられてハッとした。
「陛下、どうされました?」
「ああ、いや……。君は私と二人で出かけるのは、不安ではないかと思ってな。せめて護衛のピアニー殿について来てもらえば良かったのではと」
「砂の国の護衛の方はいらっしゃいますから大丈夫ですよ。それに護衛という役割でしたら、私もそうですから」
胸に手をあて、シャルトルーズは笑う。
バーガンディーは首を傾げた。
「ピアニー姉さんは兄さんの護衛で、私が使節団全体の護衛なんです。力の関係もありまして」
力というのは、悪意を感じ取る聖人の力の事だろう。
それ以外にも襲撃を防いだ彼女の技術は、バーガンディーから見ても素晴らしかった。
速度と判断力、そして的確さ。まだ目にしたのは一度きりだが、彼女の技術には研鑽が見られた。
魔法に置き換えてみれば、それがよく分かる。
「師匠にはまだまだ全然だって言われますけどねぇ。――――っと」
話しかけて、シャルトルーズは足を止める。そして右手の路地を見た。
「見つけました。あちらに一人」
「早いな。向こうには魔力を持った鉱石や、魔法に使う媒介を取り扱う店がある」
「なるほど、お誂え向きですね。補充でもしているのでしょうか」
「さて、どうだろうな」
バーガンディーは護衛の者達の耳元に、風の魔法で声を届けさせる。
路地に、襲撃犯。
短い言葉だったが、ピリッ、と警戒の色が強まったのが空気で感じられた。
「――――行ってみよう」
それから、バーガンディーはそう言うと、シャルトルーズと共に路地へと足を踏み入れた。