第五話「ウナヴォルタ家は、聖人の血を引く家系です」
その後すぐに、バーガンディーは周辺を調べさせたが、不審な人物を見つける事は出来なかった。
ただ、魔法を使用した痕跡――――残留魔力があったので、やはり魔法によるものだろう。
すなわち砂の国の人間だという事だ。
「あのような危険な目に晒してしまい、申し訳なかった」
森の国の使者達が滞在している客室へ向かうと、バーガンディーはそう謝罪した。
和平反対派が何かしでかすかもしれないと警戒はしたが、あそこまであからさまに狙ってくるとはバーガンディーも予想外だった。
しかも守る側であるこちらが守られてしまった。その事も申し訳なかった。
「いえ、陛下。こちらも何かあるだろうという事は予想済みですから、お気になさらず」
「しかし……」
もしこれで、和平の話し合いの席が無くなってしまったら。
そう考えると幾ら「気にするな」と言われても、気が気ではない。
自分の考えがまだまだ甘かった。ただ、その一言に尽きる。
オーカーもマルベリーも顔色が悪い。バーガンディーもぐっと歯を噛みしめていると、
「本当に大丈夫ですよ。そういう事があると踏まえて、だから私達が派遣されたんですから」
使節団のリーダーであるサフランが、そう笑って言った。
「だから……というと?」
「こちらの使節団の選出基準は、和平賛成派かつ、我が国の王の信頼が厚い者が最低条件。そこにプラスの理由で幾つかあるのですよ」
サフランは、眼鏡の向こうのシャルトルーズと同じ黄緑色の目でにこりと笑い、話を続ける。
「大体何をされても死なない事、危険に対処できる力がある事、荒事やトラブルがあっても簡単に和平の場を壊さない事。―――この三つです」
一つ一つ、指を立てながらサフランは言った。
「ま、他にも細かな部分はありますけれど。基本的にはそういう条件で、私達は選ばれました」
「君が森の国の英雄だから、という理由ではなく?」
「ああ。あれは表向きですよ。ほら、プライドの高い人達を納得させるには、実績や功績で殴りかかった方が早いでしょう?」
聊か物騒な事を言うサフランに、バーガンディーは目を丸くした。
騎士のピアニーがフフ、と微笑む。
「サフラン。そのような物言いでは、陛下に驚かれてしまうだろう? もっとマイルドにするべきだよ」
「マイルドねぇ……例えばどんな風に?」
「実績と功績で完膚なきまでに黙らせたと」
「どっちも物騒さの加減は一緒なんだよ……」
二人のやり取りに、サックスがジト目になって睨む。
そして、ハァ、とため息を吐いて、
「……まぁ、こちらはそんな感じなので。気にしないで頂けると助かります」
と言った。何だか疲れた顔をしている。
使節団のリーダーはサフランだが、全体的に後始末やフォローをしているのはどうやら彼のようだな、とバーガンディーは思った。
「分かった。繰り返す事のないよう、こちらも一層、警戒を強める事にする」
バーガンディーがそう言うと、サフランが右手を軽く挙げた。
「でしたら、妹のシャルトルーズを一緒に。力になれると思います」
「シャルトルーズ殿に?」
バーガンディーがシャルトルーズを見れば、彼女はにこりと笑う。
「はい。この子は、そういう事に向いている子ですから」
「そう言えば、先ほどもいち早く襲撃に気づいていたな……」
そこまで言って、バーガンディーは彼女の言葉を思い出す。
彼女はそれを『体質』と言っていなかっただろうか。
「サフラン殿。シャルトルーズ殿が言っていたが、体質……というのは一体何なのだい?」
聞くと、彼は少し考えて、サックスを見上げる。彼は軽く頷いた。
「そうですね……陛下は、遥か昔に存在したという、聖人の事をご存じですか?」
聖人というのは、遥か昔に存在した、魔法とは違う特殊な力を持った者達の事だ。
傷を癒し、大地を潤し、瘴気と呼ばれる毒の霧から命を守り。
そうしてあちこちを歩き回って、世界を守っていた。
世界が『自らを守るために作り出した者達』とも言われている。
彼らがどうやって生まれ、どうやって死んだのか。それはほとんどの記録に残っていない。
ただ確かなのは『そこにいた』という事実だけだ。
けれど、それもある時を境にぱったりと姿を見せなくなった。
そして長い年月の中で、その存在はお伽話のように語られるだけになったのだ。
それが今、どうして話題として出たのだろうか。
「公にはされていませんが、ウナヴォルタ家は、聖人の血を引く家系です。シャルトルーズは、その力の一部を受け継いでいます」
「君達の家が?」
「はい。シャルトルーズには『悪意を感じ取る力』が備わっています」
「悪意……」
それはまた、俄かに信じられない話だな、とバーガンディーは思った。
聖人の血をというのはもちろんだが、特にその力の方だ。
自分達も相手からの悪意を感じる事はある。もちろん確実にこうだ、と言えるものではない。
あくまで『そう感じた』という、第六感的な曖昧さが入ったものなのだ。
確かに先ほどの襲撃で、シャルトルーズの勘らしきものは当たった。だが、それが本当にそうだというのは、今一つ信じ難い話だった。
「失礼だが、直ぐに信じる事は出来ない」
「ええ。こちらも、無条件で信じて貰えるとは思っていませんし、逆に信じて貰えたら怖いですよ」
ハハハ、と軽快にサフランは笑う。
……何となくだがこの男、いい性格をしているように感じらる。
「――――」
バーガンディーは顎に手を当て、考える。
信じるか、信じないか。
頭の中で二択が回る。
『森の国も砂の国も、落ち着いて、仲良くやるには時間がかかるでしょうけれど、そうなったら。もっと増えると思うんですよ』
その時、シャルトルーズの言葉が蘇った。
ああ、そうだ。そうだった。
彼女の言葉は共感できるものだった。自分が望んだ未来へ続く、橋の一つのような、その言葉が。
ならば。
バーガンディーは心の中で独り言ちながら、顔を上げる。
「マルベリー、オーカー」
「はい、王様」
「はい、陛下」
「私は彼らの言葉を信じてみようと思う」
そして、信頼する二人に向かって、そう告げた。
彼らは聞き返さなかったが、ニッと笑顔を浮かべ、胸に手を当て「承知しました」と頭を下げる。
バーガンディーは軽く頷き、それからシャルトルーズへ顔を向けた。
「シャルトルーズ殿。私達に協力して貰いたい」
「はい陛下、もちろんです」
バーガンディーの言葉に、シャルトルーズは大きく頷き、そして。
「――――では、今回の襲撃時に感じた悪意について、お話します。数は三人。そのうちの一つがマダー・ルナルド氏のそれでした」
そう言った。