第四話「落ち着いたら私も、エールデバオムへも行ってみたいものだ」
森の国エールデバオムからやって来たシャルトルーズ・ウナヴォルタは、とにかくよく食べる少女だった。
晩餐会の時もそうだが、バーガンディーは同席している食事の時間、彼女がおかわりをしなかった所を見た事がない。小柄な体のどこにそれらが収まっているのか、未だに謎である。
容姿は白い肌にサラサラした黒髪のショートヘア、若葉のような明るい黄緑色の瞳の、愛嬌のある顔立ちをした子である。
歳は十六との事。彼女は同行しているサックスと同様に、森の国の魔導具技師なのだそうだ。
魔導具というものが何なのか、ざっくり説明すると、魔法のような事を行う機械の事である。
バーガンディーら砂の国の者達が、自らの魔力を使い魔法と言う不可思議ない力を行使するのに対し。
魔力のない森の国の者達は、その魔導具を使って周囲の魔力を集め、魔法と似た現象を起こしている。
ちなみに砂の国の者達は魔導具を使えない。理由は自らの持つ魔力のせいだ。魔力が過剰に流れ込んで、魔導具を破壊してしまうのである。
何とか出来ないかと研究者達は試行錯誤したが、魔力に耐えうる構造にすれば魔導具は巨大化し、使い勝手も悪い上に費用も嵩む代物となってしまった。
結局、魔法の方が使いやすいという結論にたどり着いたため、砂の国に魔導具が導入される事はなかった。ただ長年敵対している森の国の主戦力だ。研究自体は続けられていた。
そんな魔導具技師の少女は今、マルベリーと一緒になって、目の前のアップルパイにはしゃいでいた。
「うわあ! パイですね、パイですよね!」
「ふっふっふ、アップルパイなのであります! 昼食のカレーを作った料理人が得意な奴なのでありますよ!」
「得意料理!」
「なのであります!」
あれから直ぐにバーガンディーは城の三階にあるテラスに移動し、三人でお茶の時間を始めたのだ。
今日はバーガンディー希望の香辛料入りのミルクティーと、料理人渾身の、果実がぎっしりと詰まったアップルパイである。
(これだけ喜んでくれるなら、料理人も作り甲斐があるだろうな)
二人の――特にシャルトルーズの反応を見て、バーガンディーはそう思った。
実は晩餐会でのシャルトルーズの食べっぷりが、料理人達の間で評判になっているのだ。美味しいと満面の笑顔で喜んでくれていると聞いて、やる気を出しているのである。
バーガンディーもそうだが、砂の国の城に勤める者達は、料理を食べてもあれほど感情を思い切り出す事はなかった。だから料理人達からすると新鮮だったのだろう。
現に、このアップルパイも以前食べた時と比べて格段に、香りや見た目がグレードアップしている。恐らく味もそうなのだろう。
作った物や、やった事に対して、明るい反応があると嬉しいものだ。
(……ふむ。私もこれからは少し、シャルトルーズ殿を真似てみるか)
そんな事を考えながら、バーガンディーはミルクティーを飲んだ。香辛料の風味が、甘いミルクティーによく合っている。
美味しい、そう思った時、シャルトルーズが、
「美味しい! このミルクティーも美味しいですね!」
と言った。自分で声に出したかと思って、バーガンディーは少し驚いた。
そんなバーガンディーの心境を知ってか知らずか、シャルトルーズは楽しそうに話す。
「ヴュステベルクは香辛料を使った料理が多いんですね」
「ああ。うちの国は暑いだろう? 暑さで体力を奪われ、食欲が出ない事もあってな。森の国で言うところの夏バテ……というものになるか。香辛料には食欲を促進する効果もあるのだよ」
バーガンディーが説明すると、シャルトルーズが「なるほど……」と興味深そうに言って、ミルクティーを見た。
「知らない事がたくさんで。こういう機会が出来て、本当に良かったと思います」
「ああ、それは……確かに。落ち着いたら私も、エールデバオムへも行ってみたいものだ」
「マルベリーも! マルベリーも行きたいであります! シャルさんの故郷、見てみたい!」
バーガンディーの言葉に、マルベリーも手を挙げてそう言う。
するとシャルトルーズは微笑んだ。
「はい、ぜひ! おすすめの料理とか、魔導具屋とかご案内しますよ!」
「魔導具を取り扱う店があるのか?」
「生活に使う物でもありますからねぇ。むしろ、そちらの方が多いですよ」
バーガンディーは目を丸くした。
戦場で目にする機会が多かったため、何となく武器の類に位置付けていたが、どうやら魔導具はそれだけではないらしい。
本当に知らない事ばかりだとバーガンディーは思う。
「シャルトルーズ殿はどんな魔導具を?」
「私も生活に使う方が多いですねぇ。飲み水を凍らせるものとか、照明用の魔導具とか。あ、あと玩具も作りますよ」
「玩具?」
「空を飛ぶ鳥の玩具とか、振ると発光するタクトとか」
「何と…………」
バーガンディーは衝撃を受けた。生活用品はまだしも、魔導具で玩具を、なんて思いつかなかったからだ。
戦うためのものでもなく、生活に必要なものもでもなく。ただ楽しむための魔導具を、どうやら彼女は作っているらしい。
これにはマルベリーも驚いた様子だった。
「あ、やっぱり意外でしたかね。師匠以外に見せると、大体は何でそんなものをって聞かれるんですよねぇ」
「ああ、いや……。……そうだな、意外だと思った。理由を聞いても構わないかい?」
バーガンディーが尋ねると、シャルトルーズは、
「そんなに立派なものじゃないですけれど、楽しいからですねぇ」
と答えた。抽象的な答えに、バーガンディーとマルベリーは首を傾げる。
「ほら。楽しいと笑顔になるじゃないですか。誰かが明るい笑顔を浮かべると、その場が元気になって。そういうのを私も増やしたいなって思ったんですよ」
バーガンディーは目を見開いた。
「…………君は」
「森の国も砂の国も、落ち着いて、仲良くやるには時間がかかるでしょうけれど、そうなったら。もっと増えると思うんですよ。だから、陛下」
シャルトルーズはその黄緑色の目に強い光を称えて、バーガンディーを見る。
「私達は、必ず成功させたいと思っています。死ぬその時まで、全力で。……出来ればその頃には、そういう光景が見られたらいいなと思っていますけれど」
「私もだ。そんな光景を見たいと、心から思う。和平は父の夢でもあった。――――私も全力で、行かせてもらう」
バーガンディーは力強くそう言った。するとシャルトルーズが、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
その時だ。
その微笑みに、ピリ、と警戒の色が混ざった。
どうした、とバーガンディーが思った途端。シャルトルーズは顔を上げ、右手をスッと素早く動かす。すると彼女の上着の中から、四枚翅を生やした妖精のような人形が三体飛び出した。
それらは凄まじいスピードで高く、高く、飛び上がり。円陣を組むように空中に止まり、半透明の丸い魔法の盾を形成した、次の瞬間。
――――その盾に、炎の弾丸がけたたましい音を立ててぶつかり、霧散した。
「敵襲!?」
反射的にバーガンディーとマルベリーは立ち上がる。
そしてそれぞれ、襲撃に対応出来るよう、バーガンディーはチャクラムを、マルベリーは魔法を使う際に媒介とする魔導書を手に持った。
しかし、次の攻撃はやって来ない。
「大丈夫です、悪意は消えました。――――逃げましたね」
そんな二人に向かって椅子に座ったままのシャルトルーズはそう告げる。
あまりに冷静な様子を見て、バーガンディーは「分かるのか?」と聞けば、
「分かります。――――そういう体質なんです」
シャルトルーズは頷いてそう言った。