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第十六話「……その光景を、必ず見せる。だから……どうか良くなってくれ」

 シャルトルーズが倒れたのは、魔力を過剰に摂取した事による中毒症状だった。

 城に戻って、直ぐに医者に診せると、そう診断された。


 あれほど大量かつ濃い魔力に当てられたのだ。

 魔力に慣れた者達でも具合が悪くなるレベルのそれを、魔力を持たないシャルトルーズが受ければ、その負担は大きい。

 ごく短い時間受けたピアニーですら、吐き気を催したらしい。

 彼女は中毒症状を中和する薬ですぐ治ったが、シャルトルーズは別だった。


 シャルトルーズには薬が効かない。


 その事を知った医者は「そのような事が……」と驚きながらも、深刻な顔で「ならば、後は本人の体力次第です」とバーガンディー達に告げた。

 今は城の一室で寝かせている。

 高熱にうなされながら、シャルトルーズはあれから三日、眠り続けている。


 和平についての話し合いと、公務を終えて、バーガンディーは彼女の部屋を訪れた。

 時刻は夕方。砂の国では珍しく、しとしとと雨が降っていた。


 軽くノックとするが、返答はない。いつもならば使節団の誰かが交代で彼女についているが、今は不在のようだった。

 音を立てないようにそっとドアを開けると、眠っているシャルトルーズの顔が見える。

 バーガンディーは静かに中へ入ると、ベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろした。


 眠るシャルトルーズの顔色は、相変わらず悪い。

 ふと、額のタオルに触れてみれば、温かくなっている。バーガンディーはタオルを持ち上げると、魔法で冷やし、再び彼女に額に置いた。


 眠る横顔を見つめながら、バーガンディーは「…………すまなかった」とシャルトルーズに謝罪をする。

 あの時、無理をさせた。もっと上手く立ち回れていれば、と後悔してもしきれない。


『じ、実は私、燃費がすごく悪くて……今朝もお腹がすいて目が……あっ! でも昨日のご飯すごく美味しかったです! ありがとうございます! 料理人の方にもそうお伝え下さい!』


 朗らかで、よく笑う少女だった。

 そう思っていれば、歳に不相応なくらい肝が据わって、大人びたところもあって。

 そして壊れそうなくらい危うい脆さも持っていた。


『陛下は優しい人ですね。兄さん達以外から心配されたのは、あまりなくて。ちょっと新鮮です』

 

 彼女がこれまで、どんな道を歩いてきたのか、バーガンディーには想像は出来ない。

 だがそれが、酷く辛い道であったという事だけは、彼女の言葉や、周囲の者達の言葉で分かった。


『フフ。私、王様と友達になんて、初めてですよ。はい。ええ。もちろんです!』


 酷い言葉を浴びせられ、罵られ。

 それでも和平を成功させようと、彼女はバーガンディーに協力してくれた。

 優しい子だ。バーガンディーに対してだけじゃない。マルベリーにも、オーカーにも、そして悪意を持って接してきたカージナルにも、マダーにも、彼女は優しかった。


『私達は、必ず成功させたいと思っています。死ぬその時まで、全力で。……出来ればその頃には、そういう光景が見られたらいいなと思っていますけれど』


 頭の中に、彼女の言葉が蘇る。

 短い時間であるのに、その優しさに、行動に、言葉に。どれほど自分達は、自分は救われただろうか。


「……その光景を、必ず見せる。だから……どうか良くなってくれ」


 祈るようにバーガンディーは自身の両手を握る。

 そうしていると、ふと、小さい声が聞こえた。

 ハッとして顔を見れば、シャルトルーズの若葉のような黄緑色の瞳が薄く開いていた。


「シャル、シャル。聞こえるか?」

「…………バー、ガンディー、さん?」


 掠れた声で名を呼ばれ、バーガンディーは安堵で泣きそうになった。

 気が付いた。目が覚めた。歓喜に、心臓がバクバクと鳴り出す。


「今、は……」

「あれから三日経っている。それより、喉が渇いていないか?」

「少し、だけ」


 僅かに頷くのを見て、バーがディーは近くの水差しを取った。

 ほんの少し果汁が入って、ほんのり甘い果実水になっている。

 バーガンディーはそれをシャルトルーズの口元へ持って行き、慎重にゆっくりと傾けた。

 こくり、とシャルトルーズの喉が小さく動く。


「……甘くて、美味しい」


 ほわ、とシャルトルーズが少し微笑んだ。

 そうか、とバーガンディーも笑う。


「直ぐに医者を呼ぶ。君の兄君達もな」


 バーガンディーが立ち上がろうとすると、シャルトルーズが「あの」と呼び止めた。


「うん? どうした?」

「ハンカチ、なくて……顔……」


 そう言いながら、シャルトルーズは左手を持ち上げて、バーガンディーの顔に近づけ。指で、目のあたりを拭った。

 白い指が濡れている。

 そこでバーガンディーは自分が泣いている事に気が付いた。


「どこか、怪我を……」

「いや、していないよ。……君が目覚めてくれて、嬉しかったから」


 首を横に振って、バーガンディーも服の袖で目のあたりを拭いた。


「ずっと目が覚めなかったらと考えたら、怖かったんだ」

「…………肝が」

「うん?」

「…………冷えました?」


 いつかのやり取りを出され、バーガンディーは目を丸くした。

 それからすぐに笑って頷く。


「ああ、とても」

「そうですか。……その、バーガンディーさん。……ありがとう、ございます」


 するとシャルトルーズは照れたような、嬉しそうなような。

 そんな笑顔でバーガンディーに笑い返してくれたのだった。

本日十二時に、もう一話投稿します。

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