第十三話「……私も年の近い友人は、マルベリーだけでな」
オーカーを支え、洞窟を脱出すると、空は夜の色に染まり始めた頃だった。
そしてやはりそこにはマダーの仲間の姿があり、先ほどと同様に奇襲をかけて倒し、バーガンディーらは外へ出る。
場所は南のオアシスの近くだった。オアシスを中心として出来た町へ向かうと、住人たちが驚いた顔でバーガンディーの所へ駆け寄って来る。
彼らは傷だらけのオーカーを見て、大慌てで医者の元へと案内してくれた。
オーカーの傷は酷かったが、医者からは「大丈夫」との言葉を貰い、バーガンディーは安堵した。
「陛下、師匠への連絡、完了しました。直ぐに応援を向かわせてくれるとの事です」
「分かった。感謝する、シャルトルーズ殿」
バーガンディーはそう礼を言うと、立ち上がる。
「向かわれますか?」
「ああ。時間がないからな。君はここで……」
「いえいえ、行きますよ。私、使節団全体の護衛ですからね。『和平』という目的を守るのも、仕事です」
シャルトルーズはにこりと笑う。
本当に肝の座った娘だ。バーガンディーは「そうか」と小さく笑い返した。
心配なのはオーカーだが、彼に関しては事情を知った町の者達が「任せて下さい」と請け負ってくれた。
「あたし達、もう戦いなんてうんざりなんです。陛下が終わらせてくれるって聞いて、嬉しかった」
「早く終わらねぇかなって言って、父ちゃんは戦争に行って、でも帰って来なかった。悔しいし、寂しいし、苦しいけど。……父ちゃんの願いは、終わらせる事だった」
「だから王様。終わらせてね、ぜったい!」
皆、口々にそう言って、バーガンディーの背を押してくれた。
憎しみだけではない感情も、確かにそこにあったのだ。
「あ、そうだ。良かったら、こいつに乗って行ってください。うちの町のは、そんじょそこらの奴と比べものにならないくらい速いですよ!」
そんな中、住人の一人がそう言って、身体に岩を生やしたような巨大なトカゲを連れて来た。
砂トカゲだ。砂の国でラクダと並んで、移動用に飼育されている生き物である。娯楽として砂トカゲのレースなんてものをやっている場所もある。
それを見てシャルトルーズが「ひえ」と小さく悲鳴を上げた。見れば顔色が少し悪い。
「こういう生き物は苦手か?」
「あ、いや、えっと。いやあ、その……ちょっと昔、似たようなのに食われかけた覚えがありまして……」
「ふむ、そうか。だがこいつに限っては草食なので安心すると良い」
バーガンディーがそう言うと、彼女は引き攣った顔で「そ、そうですか」と笑う。
「まぁこの大きさなら、二人乗って大丈夫だろう。安心したまえ」
「は、はあ……」
おっかなびっくりと言う様子のシャルトルーズを前に乗せ、バーガンディーはその後ろで手綱を握る。
それから砂トカゲを貸してくれた住人に向かって礼を言うと、走らせた。
「うわ、わ」
やや揺れる砂トカゲの上で、シャルトルーズが少し慌てたような声を上げる。
肝が据わっているが、こういう部分は年相応だなと思った。
(ああ、だが、そうか。私と三つしか違わないのだな、この子は)
バーガンディーは十九、シャルトルーズは十六。
成人年齢が二十歳とされているこの世界では、二人はまだ未成年の扱いだ。
マルベリー以外、大人に囲まれて育ったバーガンディーにとっては、似た年代の相手と長く一緒にいるのは滅多にない事だった。
「シャルトルーズ殿は、森の国にはどのような友人がいるのだ?」
砂トカゲに緊張している彼女の気を紛らわせようと、バーガンディーはそんな話題を持ち出した。
「友人ですか。そうですねぇ……うん、あんまり、いませんでしたね」
「君がか?」
「陛下からどういう目で見られているのかちょっと疑問ですが、ええ。私、親しい人は兄さんやピアニー姉さん、サックス師匠以外だと、森の国の王様くらいです」
意外だった。驚くバーガンディーに、シャルトルーズは困ったように笑って、
「私、ずっと戦場をたらい回しにされていまして。だから同世代と付き合って来なかったんですよ」
そう言った。思わずバーガンディーは「ずっと?」と聞き返す。
彼女は前を向いたまま頷いた。
「聖人の力の関係ですね。悪意を向けられる位置が分かれば、敵がいる場所も分かる。そんな事情で。まぁでも森の国の王様が代替わりした時に止めてくれて。兄さん達が迎えに来てくれて、それ以降はサックス師匠の所で魔導具の研究ばかりしていたから、人と関わる事があまりなかったんですよねぇ」
淡々と話す彼女の言葉に、バーガンディーはサフランとした会話が頭の中に蘇った。
『ああ。最初に見た時に、私は彼女が守られる側だと思い込んでいたが、そうではなかったのだな』
『…………そうであったら良かったのになと、私は思いますよ』
あれは、そういう理由だったのか。
理解して、自分が嫌な質問をしてしまったと、バーガンディーは後悔する。
「すまない、シャルトルーズ殿。知らぬとは言え、思い出したい話ではなかっただろう」
「あ、いえいえ。そんな事は。……フフ」
「シャルトルーズ殿?」
「陛下は優しい人ですね。兄さん達以外から心配されたのは、あまりなくて。ちょっと新鮮です」
シャルトルーズは嬉しそうに言って微笑む。
優しいのは彼女の方だとバーガンディーは思う。人はバーガンディーに優しいと言うが、自分などよりよほど、彼らの方が優しい。
「……私も年の近い友人は、マルベリーだけでな」
「マルさん! はい、私も友達になりました!」
「ああ。見ていて微笑ましかった。――――それと、少し羨ましかったよ。楽しそうでな」
これは本心だ。大人達の中で育ったバーガンディーにとっては、ああいう、ごくごく普通のやり取りが出来る相手はごく少ない。
微笑ましいと思ったし、正直に言えば「いいな」とも思った。
「シャルトルーズ殿。無理にとは言わないが、私も。……まぁ、何だ。そういう、友と言うかだな」
「はい」
「……良いだろうか?」
「フフ。私、王様と友達になんて、初めてですよ。はい。ええ。もちろんです!」
恐る恐る聞くと、彼女は大きく頷いてくれた。
良かった、本心で拒まれてはいないようだ。バーガンディーはほっとして、嬉しくなった。
「では、バーガンディーと」
「え?」
「陛下だと、距離感を感じてな」
「なるほど。では、バーガンディー様と」
「様……」
「バーガンディーさん、と」
言い直されて、バーガンディーは「ああ」と頷く。
まぁ、さん、もいらないのだが。そういうわけには直ぐにはいかないのだろうが。
「では私の事もシャルトルーズと。あ、シャルでも。呼びやすい方でどうぞ」
「分かった。では……よろしく頼む、シャル」
「はい、バーガンディーさん」
名前を呼び合って、何だか少し気恥しい。
顔が少し赤くなるのを感じながら、バーガンディーは西のオアシスへ向けて、砂トカゲを走らせた。