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第九話「そう。それから、陛下にも――――ふざけるなって言いたかったの」

 昼食を終えた後、バーガンディーはカージナルの取り調べに向かった。

 同席するシャルトルーズと彼女の師匠のサックスだ。

 他の二人も同席したいと言っていたが、バーガンディーは断った。いくら無事であったとしても妹が狙われたサフランや、彼と同じようにシャルトルーズを大事にしている様子のピアニーを同席させて、万が一何かあっても困るからだ。二人はしぶしぶ同意してくれた。


 そして、今に至る。

 バーガンディーとテーブル越しに向かい合って座っているカージナルは、魔法を使えないように、首に魔封じの輪をつけられていた。


「では、カージナル。今回の件について話して貰おうか」

「あら! 今回も何も、見たままよ。私、その子に毒を盛りたかったの。効かなかったのは予想外だけど」


 そう言いながら、カージナルはシャルトルーズを見る。


「……本当に何ともないの?」

「何ともないですよ。あ、でも、他の人にはやめて下さいね。あれ、乾燥させたリュゼの根でしょう。食べたら死ぬ奴ですから」

「え?」


 シャルトルーズがそう言うと、カージナルは目を大きく見開いた。

 リュゼというのは標高の高い山に咲く高山植物だ。美しい薄い紫色の花を咲かせるが、その根は猛毒で、口に入れれば心臓などの大事な臓器諸々が麻痺し、死ぬ代物だ。

 乾燥させて粉末状にすると、ちょうど砂糖のような見た目になる。

 医者に調べさせているが、恐らくリュゼの粉末であったなら、菓子(フリュイ)についていた砂糖に混ぜてあったのだろう。


「いやだわ、森の国の人ってウソつきね! リュゼの根なんて入れるわけないじゃない、あんな危ないもの!」

「毒を盛った時点で危ない事には変わりねぇだろう」

「だって殺したら大事じゃない」

「どっちみち大事なんだよ」


 何を言っているんだ、とサックスが顔を顰める。

 バーガンディーも彼の言葉に同感だ。しかし。


(何か話がおかしくないか?)


 どうもカージナルの言っている事と、こちらの話が食い違っている。


「カージナル。君は、一体何の毒を盛ったつもりだったんだ?」

「フェネアンよ」


 フェネアンというのは、こちらも毒草の一種だ。

 サボテンとよく似た形をした小さめの植物だ。勘違いして食べたりすれば、たちまち体が痺れてしまう。同時に強い眠気も誘発し、飴玉ていどの大きさであっても摂取すれば数時間は目が覚めない。 

 そして目覚めても、しばらくは強い頭痛が続く、というものだ。

 厄介なものだが、それでもフェネアンは死ぬような毒ではない。

 

「仮にフェネアンが入っていたとして。それを食べさせて何がしたかったんだ」

「追い返したかったのよ」

「森の国の者達をか」

「そう。それから、陛下にも――――ふざけるなって言いたかったの」


 カージナルは目をやや細くし、バーガンディーを睨む。


「――――戦争で、大勢死んだわ。父さんも死んだわ。悔しいし、許せないわ。なのに、なのに。それらに全部フタをして、仲良くしましょう、じゃないのよ。森なんて、そいつらなんて、ただぶっ飛ばしてやればいいのに!」


 恨みや憎しみの色が、金色の目に宿る。

 森の国を叩き潰したい、許せない。そういう者達から、そんな目を感情を向けられる事はバーガンディーは百も承知だ。

 

「そうだな。だが私は、そうしたいと思っている」

「簡単ね。陛下は大事な人を失った事がないから、簡単に酷い事が言えるのよ!」

「ああ、分かっている。――――分かっているから、言うんだ」


 だって、このまま続けていたら終わらない。

 怒りも憎しみも積み重なって、高くなって。やがて手が届かなくなる。

 そうなったら崩れるまで手が出せない。崩れても何も残らない。また同じように積み上げられるだけだ。


 砂と森の歴史は、ずっとそうだった。

 崩れた時に――――戦いでお互いが苦しくなった時に、休戦しただけだ。

 休んで、力を蓄えたら、また戦いは始まった。


 延々に終わらないのだ。『戦いたい』と権力者が、強い言葉を使う者が上に立つ間は。

 バーガンディーの父はその繰り返しを止めようとした。バーガンディーも止めたいと思った。幸運な事に森の国の王もそうだった。

 今しかないのだ。今を逃せば、もういつになるか分からない。


 だから。

 だから、自分がどれほど憎まれようと――――。


「大事な人は、たくさん失くしていますよ。陛下は」


 その時、シャルトルーズは口を開いた。視線が彼女に集まる。


「だって王様ですからね。国の皆が大事でしょう。だから和平を成功させようとしている」

「薄っぺらいわ! ろくに知りもしない人達を大事だなんて!」

「そうですかね」

「そうよ! そもそも、奪っていたあなた達が何を!」

「そうですね。――――けれど、私達もたくさん失くしました」


 シャルトルーズは静かに。あくまで穏やかにそう返す。

 彼女に言葉に、カージナルはハッと目を見開いた。


「それは、でも、あ、あなた達が……」

「堂々巡りになるんだよ、その話はな」


 シャルトルーズの言葉を、サックスが引き継ぐ。色の入った眼鏡を押し上げて、腕を組む。


「嬢ちゃんには悪いがな。どっちが悪いか、ってのはさ。俺らじゃもう分かんねぇんだ。始まりが昔過ぎてよ。……大勢あっちに逝っちまった。大勢を見送ったし、大勢を送った」

「…………」

「友達も、家族も、仲間も、よく知らねぇ味方も、そして敵も。瞬く間にいなくなっちまった」


 淡々とサックスは語る。

 カージナルはぎゅうと両手の拳を握りしめ、唇を噛んだ。


「俺ぁ、そんなのもうたくさんだ。だからうちの王様が『止めよう』って言ってくれた事が嬉しかった。砂の国の王様も『止めよう』って言っているって聞いて安堵した。増やしたくねぇんだよ、もう」

「…………そんなの。そんなの、逃げてるだけじゃない。目を背けているだけじゃない。止めたって、事実が消えたりしないのよ。止めたって。止めたって! 止めたって!!」


 ぽろぽろと彼女の目から涙の粒が落ちる。


「…………薄くなっていくの。父さんの顔が、だんだん分からなくなってるの。あんなに大好きだったのに。なのに、どんな顔で笑っていたのかよく思い出せないの。父さんの部下から聞いた、最後の姿が。頭の中で、父さんの笑顔を塗りつぶして行くのよ……ッ」


 ひっく、としゃくりを上げるカージナルに、バーガンディーはハンカチを差し出した。

 彼女はそれを見て、バーガンディーの方を見上げた。

 戸惑いながら、震える手でカージナルはハンカチを受け取り、ぎゅうと握る。


「忘れるのかって。全部忘れて、なかった事にして暮らすのかって。そう言われて、だから、私は」

「……誰に言われた?」

「…………マダーよ」


 カージナルはそう呟く。

 あいつか、とバーガンディーは唸る。


「マダーは、言っていたわ。これが砂の国のためだって。陛下のためだって。きっとわかって下さるから、私達で陛下が正しい事をする手伝いをしてあげましょうって」

「正しい事? 和平を阻む事がか?」

「そうよ。砂が統一してしまえば良いって。だって陛下はお優しいから。森の国だって、お優しい陛下に統治された方が、きっと良いでしょうって」


 嘘か誠か。彼女の言葉から、マダーの真意は分からない。

 けれど、マダーがカージナルを利用しようとした事は分かった。


「嫌な言い方で子供を巻き込むもんだ」


 サックスが吐き捨てるようにそう言った。目には嫌悪感が浮かんでいる。

 シャルトルーズも同感のようで、こくこく頷いていた。


「本当ですよ。あとうちの陛下だって優しいですけど、砂の国を治めろって言われたら『やめて死ぬ』って言いそうです」

「過労死か」

「そうですよ。だって気候も違う、環境も、生活様式も違う。それを治めろだなんて、破綻する事が目に見えています」

「ああ、それは私にも分かる。こちらのやり方を押し付けて、ああしろこうしろなんて、難しいだろう」

「そうですよ、本当に」


 なんて、シャルトルーズは現実的な事を言って怒りだした。少しずれている気もするが、彼女の言う通りだ。バーガンディーも、もし森の国と統治しろなんて言われたら『無理だ』と断るだろう。

 バーガンディーは砂の国ヴュステベルクの王だ。この国に生まれ、そして育った。だからこの国がどういう国なのかは分かる。

 それをまだよくは知らない他所の国まで何とかしろ、というのは、さすがに無理である。

 話を聞いていたカージナルが、呆然とした様子で、


「過労死……破綻……」


 なんて呟いたあと。

 フフ、と小さく笑った。雰囲気はだいぶ柔らかくなっていた。


「…………そう。そうか、そう、よね。無理よね。陛下まで過労で死んでしまったら……それは、私、嫌だわ」

「でしょう?」

「そうね。ええ、そうね。……フフ。あなた、変な人ね。毒入りのフリュイを平気で食べたり」

「美味しかったですけど、今度は毒無しのものを食べてみたいですね」


 そう言ってシャルトルーズはにこにこ笑う。

 するとサックスが呆れた顔になる。


「そこは多少躊躇しろ」

「だって師匠、甘くて美味しかったんですよ」

「ええ、甘くて美味しいのよ。今度、今度ね。もし会ったら。機会があったら、今度は、ちゃんとしたの、贈るわ。…………ごめんなさい」

 

 そして彼女は泣き笑いの顔でそう言った。

 シャルトルーズは「楽しみにしていますね!」と頷く。

 どうやら、カージナルはもう大丈夫そうだ。

 バーガンディーがそう安堵していると、部屋のドアがノックされた。

 外からマルベリーが「王様」と呼ぶ声がする。


「入れ」

「失礼します、あの王様、あの」


 入って来たマルベリーの顔色は悪い。


「どうした、マルベリー」

「オーカーさんが、大怪我を負って戻って来たであります!」


 そして、焦った様子で、そう言った。


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