プロローグ
「ねぇ兄さん、これ美味しいね! すごく美味しいね!」
「そうだな、シャルトルーズ。ちゃんと噛んでから飲み込むんだぞ」
「もちろんですとも!」
晩餐会が行われている、白く美しい豪奢な内装のダイニングルーム。
灯りに照らされて輝く荘厳なその場所で、とある黒髪の兄妹がそんな呑気なやり取りをしていた。
対立する二つの国の和平を実現するために、派遣されてきた使節団の者達だ。
穏やかな様子は良い。和平のための席には、憎しみや怒りの表情など必要ない。
彼らと敵対している国の若き王、バーガンディーもそう思っていた。
(それにしても……)
王は兄妹――とりわけ妹を、何とも不思議な気持ちで見ていた。
晩餐会が始まってからずっと彼女は、何の躊躇いもなく出された料理をばくばくと、見ていて気持ちが良いくらいの勢いで食べている。食べ方は上品で、テーブルマナーも完璧だ。
しかし、だが、しかし。
「ピアニー姉さん! サックス師匠、見て下さい! 中から! 宝石のように野菜が!」
「ああ、そうだな。素晴らしい腕だ。ところでシャルトルーズ。食べながらその可愛い顔を私の方に向けてくれないか? ああっそうだ、良い! その角度だ! グッド!」
「やめろこのアホ騎士、今どういう場だと思ってんだ鼻血を拭け!」
使節団の面々は、そんな調子だった。
賑やかというか和やかというか、緊張感は欠片もない。ただ一人、中年の男性だけは胃の辺りに手を当てながら、三人を抑えようとしていたが。
(何だろうな、この状況は)
不思議な一行だった。
彼らは何もなかったように振舞っているが、それでも今まで敵対していた関係である。
特にこの少女、毒とか、そういう警戒はしないのだろうか。別に入れてはいないし、入念にチェックはしてはあるのだが。
そんなバーガンディーの心情を知ってか知らずか、少女はまた一つ、皿を空にして、
「陛下! おかわりを頂いても良いでしょうか?」
サッと手を挙げて、満面の笑顔でそう聞いて来る。
いや本当によく食べる。
バーガンディーはそう思いながら「彼女におかわりを」と、使用人達に向かって指示を出したのだった。
さて、どういう経緯でこうなっているのか。
ざっくり説明すると少々昔に遡る。
まぁよくある話で、昔から、この世界では二つの国が対立していた。
片方は魔力という自然界の内側に繋がる力で栄えた砂の国ヴュステベルク。
もう片方は技術という自然界を外側から繋げる力で栄えた森の国エールデバオム。
二つの国は古い時代からずっと戦い続けてきた。
年代でその規模は違えど、だ。
王が変わり、人が変わり、それでも世の中だけはなかなか変化しなかった。
そして、ちょうど二百年ほど経った頃。
たまたま双方の王が同時に代替わりする事となった。
新しく王の座についた二人は、これまでの歴史の中では珍しく穏健派だった。
もっと砕けて言うと「もう自分達の代でこの争いを止めない?」派である。
実はこの穏健派、年代問わず、意外と人数が多かった。
ただどちらかと言うと立場が弱い者達がこれ側で、今までは表で言えば厳しく取り締まりを受けそうだったため、態度に出す事が出来なかったのである。
で、王様が「争いを止めようぜ」と言ってくれたものだから、彼らはようやく押し込めていた気持ちの蓋を外し、その意見に賛同した。
そして実現したのが、この和平のための話し合いの席だ。
それが開かれたのは砂の国ヴュステベルクの城。そこへ森の国エールデバオムから使節団が派遣された。
使節団のリーダーである森の国の英雄サフラン、その妹のシャルトルーズ、護衛を務める騎士ピアニー、彼らを補佐するサックス。
派遣されてきたのはその四人だ。
バーガンディーが事前に調べた情報では、四人とも『森』では名の知られた者達らしい。
サフランは機械によって自然の力を借りる魔導具技術で作られた双剣の達人で、森の国では誰一人敵う者はいなかった。護衛のピアニーも同様に槍術の腕に長けているらしい。
彼らの補佐をするサックスは魔導具技師の一人者で、シャルトルーズは彼の弟子にあたる。
まぁそれだけ聞けば優秀な人材なのだろうと、バーガンディーも思っていた。
しかし実際に見たのは、
「兄さん兄さん、このお肉美味しい! 森の国ではなかった味付け!」
「そうか、良かったな。ああ、ほら、野菜も食べるんだぞ」
「シャル、こちらの鶏肉も美味しいぞ。私が『あ~ん』してあげよう。はい、あ~ん」
「やめろアホ共、頼むからやめろ。せめて黙って食ってくれ……!」
コレである。
並大抵の事では動じないバーガンディーもさすがに面食らった。
「王様、王様。あの人達、何かちょっと違うベクトルで、やべぇ気配を感じるのですよ」
傍にいたバーガンディーの補佐官の少女がこそこそと耳打ちしてくる。
王は「そうだな、私もそう思う」と頷いた。
「あの! おかわりを頂いても良いでしょうか!」
そんな王の目の前で、少女はさらに一つの皿を平らげて、笑顔でそう言ったのだった。