ボクの章 第十節 異世界で迷子になると大変です(泣)
「きゅ、急にどうしちゃったの? イータ」
突然笑い出したイータに、ボクは尋ねる。
ど、どっか壊れちゃったのかな?
「……いや、これは失敬。つい笑いが込み上げてきてね」
「? まあいいけど」
「で、君の部屋に戻るのかい?」
いつもの口調に戻ってイータは言った。
「うん。とりあえずここから出よう」
と言って、ボクは牢屋を出る。
階段を上って一階へ。
さてと、確かここから……
「え~と、ちゃんと覚えてるぞ。ここからしばらく右の廊下を進んで、突き当りを左に曲がって、二つ目の角を……」
曲がると、先ほどの牢屋へと続く階段に戻ってきた。
「…………」
「…………」
落ち着け。ちょっと間違えただけさ。もう一度……
そして、三度先ほどの牢屋へと続く階段へ戻ってきた。
「…………」
「…………」
「……イータ、どうしよう」
「何が?」
「道に迷っちゃったみたい」
「……フウ」
イータから呆れたようなため息が漏れる。
「ソウ君、君ってさ……」
「んっ?」
「アホだね」
「アホ⁉ アホとか言う⁉ この状況でアホとか言う⁉」
「こんな状況だからアホだって言ってるんだよ」
「そういうツッコミいらないし! けど、どうしよう……道を聞こうにも、この城ってほんとに人が少ないんだよね。っていうかボク、この世界に来てから、まだレウちゃんとミウちゃんとスウちゃんにしか会ったことないし。騒げば誰か来てくれるかな?」
「やってみたら?」
「うん。やってみる!」
ということで、とりあえず大声で自分の存在をアピールしてみることにする。
「すいませ~ん! ちょっと道に迷っちゃったんですけど~! どなたかいらっしゃいませんか~!」
…………反応なし。
「すいませ~~ん! 異世界から来た者なんですけど~、ちょっと道に迷っちゃ――以下同文」
引き続き何度か繰り返して呼びかけてみたものの、やはり誰かがやってくる気配はない。
「イ、イータ、どうしよう……これだけ呼んでも誰も来てくれないよ……」
「う~ん。もうちょっと悲壮感を漂わせてみたらどうだい?」
「悲壮感?」
「そう。もうちょっとこう、切羽詰まった感じでさ」
「な、なるほど……やってみるよ」
ということで、悲壮感を漂わせてリスタート。
「す、すいません……ボク、異世界から来た者なんですけど……どうもこのお城が広すぎて迷っちゃったみたいで……もう自分ではどうにもならず、どなたか助けていただけると大変助かるのですが……」
といった感じで言ってみたものの、やはり誰かが来てくれる気配は皆無。
「……イータ、ダメみたいだよ」
「う~ん。じゃあ、土下座でもして頼んでみたら?」
「ど、土下座?」
「そう。これ以上ないくらい困ってますってアピールすればあるいは……」
「や、やってみる」
ということで、とりあえず今自分が立っている高そうな大理石の床に正座して、深々と頭を下げてみた。
おでこに床のひんやりと冷たい感触が伝わってくる。
「あ、あのボク、異世界から来た者なのでございますが、道に迷ってしまいまして、どなたか心優しい方、ご助力願えませんでしょうか? 何卒よろしくお願い申し上げます」
と、五分ほどおでこをひんやりさせながら頼んでみたものに、ぜんっぜん効果なし。
「イ、イータさん……これもダメみたいなんですが……っていうか、ここは異世界だから、土下座してもこちらの意図が向こうに伝わらない可能性が高いような気が……」
「ふむ。確かに一理あるね。よし、こうなったら最終手段だ。ソウ君、踊ってみよう」
「ええ⁉ な、何で踊るの?」
「いや、これだけ頼んでもダメなら、やっぱり芸でもして楽しませるしかないかと」
「な、なるほど……」
「とりあえずホパーク辺りからいってみようか? ホパーク分かる?」
「……分かるよ。コサックダンスのことだろ? テレビで見たことある」
「その通り。君の世界のウクライナという国の伝統舞踊さ。できるかい?」
「……やったことはないけど、やってみる」
と言って、ボクは両手を組んで腰を落とし、足を交互に前方へ曲げ伸ばしした。
「こ、こんな感じ……?」
「いいぞ、ソウ君。そのままもっとテンポを上げて」
「テ、テンポを上げてって、これって見た目より結構きついんだけど」
「大丈夫。君ならできるさ」
その言葉を信じて、自らの限界に挑戦するボク。
しかし、どれだけホパークを続けても、誰かが来てくれる気配はない。
「う~ん。ホパークじゃダメか。よしソウ君、こうなったらリンボーダンスに切り替えよう」
「うん、分かった。カリブ育ちのボクの超絶テクニックを見せてやる……って、棒なんてどこにもないじゃないか!」
「おお、確かに」
「ていうか、誰もいないのにリンボーダンスしても意味ないじゃん!」
「おお、ようやく気付いたようだね。偉いぞ、ソウ君」
「分かっててやらせてたの!」
「いや~、ホパーク辺りで気付くかと思ったんだけどさ~、何でも言えばやってくれるほどテンパってるソウ君が面白くてついね」
「ついじゃないよ! こっちは必死なのに!」
「まあまあ、そう興奮しないで。お詫びに人がいるところに案内するから」
「え? そんなことできるの?」
ボクは怒りも忘れて尋ねる。
「できるよ」
「だったら最初っからそう言ってよ、バカイータ‼」
「いや、聞かれなかったからね。で、どこに連れていけばいいのかな? やっぱりゼウスかツクヨミのところか……あんまり気が進まないけど」
「いや、できればミウちゃんのところがいいな」
「ミウちゃん?」
「うん。ボクの世話係なんだって。確か、ミウ=オーディン=グングニルって名前だったような……」
「なるほど、オーディンの奴か。ゼウスやツクヨミに比べたら、奴の方がまだマシか。それじゃそこに案内するよ」
「えっ? できるの? ていうか、イータ、ミウちゃんのこと知ってたんだ」
「いや、そのミウって奴のことは知らないけど、オーディンのことは知ってるよ。よ~~くね」
イータに案内されること十分……
「あっ! ミウちゃんだ」
一つの部屋の前で、大量のタオルや衣類を持ったミウちゃんを発見した。
どうやらあそこがボクの部屋らしい。
「お~い、ミウちゃ~ん!」
ボクはミウちゃんに声をかけた。
ミウちゃんがボクの声に気付いて、駆け寄ってくる。
「‼」
しかし、ボクから五メートルほどの距離で急に足を止めた。
そして、警戒するような表情でこちらを見つめている。
「……ソウ君、どこ行ってたッスか? 部屋にいないから心配したッスよ」
やや緊張の入り混じった声でミウちゃんが言った。
「ちょっとイータを取りに行ってたんだよ」
と言って、ボクはイータを掲げて見せる。
「‼」
次の瞬間、ミウちゃんが持っていたタオルや着替えを手放し、一気にボクから遠のいた。
ミウちゃんの手を離れたタオルが、床にまき散らされる。
「ミウちゃん?」
その顔は、これまでにないほど警戒心と恐怖を孕んでいた。
あ、そうか! イータが怖いんだ。ボクには全く警戒する様子を見せなかったから忘れてた。
「ミウちゃん、大丈夫だよ。ほら、触ってて平気でしょ?」
そう言って、ボクはイータを何度か振ってみたりする。
が、ミウちゃんは一向に警戒を解く気配がなかった。
「すいませんッス、ソウ君。そう言われても、ウチにはちょっと……」
ハア、やっぱりこの世界の人達って、相当イータを警戒してるんだなぁ。
やれやれ。どうしよう。
「……お久しぶりですね」
と、場の緊張を突き破るようにそう言ったのは、ミウちゃんの胸元に引っ付いていた宝石だった。
「……ああ」
オーディンさんの声にイータが答える。
「今はその娘と契約しているようだな」
「……ええ、まあ」
契約? 何の話をしてるんだろう?
「まさか、アナタが再びこの世界に戻ってくるとは思いませんでした」
「戻りたくて戻ったわけじゃない。成り行きだ」
「……なるほど」
それきり、場が再びすごい緊張に包まれる。
ううっ、ボク、こういう雰囲気苦手なんだよなぁ。
「……ソウ君、君の部屋はこの近くなのかい?」
と、イータが尋ねてきた。
「あ、うん。多分ね。ミウちゃんは、きっとボクにタオルを届けにきてくれたんだと思う」
「……そう。なら、先に僕を君の部屋に置いてきなよ。そうすれば奴らも警戒を解くはずさ」
ずっとこうしていても仕方ないので、とりあえずイータの言う通りにした。
イータを部屋にあったテーブルの上に置いて、ボクはミウちゃんのところに戻る。
イータが離れたことで安堵したのか、ようやくミウちゃんは警戒を解き、床に散らばったタオルや着替えを拾い集めて、ゆっくりとボクに近づいてきた。
「いや~、申し訳ないッス、ソウ君。ソウ君は全然怖くないんスけど、やっぱりあれの方はちょっと……」
ミウちゃんが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「いや、気にしなくていいよ。けど、この世界の人達って、ほんとにイータが怖いんだね」
「そりゃまあ、災厄とまで言われてましたからね。ソウ君はあんなの持ってて怖くないんスか?」
「全然」
ミウちゃんが驚愕の表情を浮かべる。
「ソ、ソウ君て、意外と大物かもしれないッスね。もしくはただの馬鹿……」
「ミウちゃん……わざと聞こえるように言ってるでしょ?」
「ニャハハ。バレました? あ、これ、さっき言ってたタオルッス。あと、ついでに着替えも。この城にあったやつを適当に持ってきたッス」
と言って、ミウちゃんが、持っていた大量のタオルや着替えをボクに押し付けた。
「あ、ありがと……」
「いえいえ。ところでソウ君、一つお尋ねしたいことがあるんスけど……」
ミウちゃんが言いにくそうにもじもじしながら、上目遣いにそう尋ねてくる。
「ん? 何?」
「その~、何と言いますか~、ソウ君はこの世界に手ぶらで来たんスか?」
「? いや、イータと一緒に来たけど……」
着替えのこととか言ってるのかな?
確かに物見遊山半分で来たから、着替えとか食料とか持ってこなかったのは軽率だったと思うけど……
「いやいや、それはもちろん分かってるんスけど、その~、え~っと、ウチ、こう見えて向こうの世界のことに興味がありまして、向こうの世界ならではの物とかお持ちじゃないかな~と……」
向こうの世界ならでは物? そんな物持ってたかな?
そこでボクは、腰に巻いてあるウエストポーチを漁ってみる。
え~と、食べ物はないとして……入ってるのは、財布にスマホにティッシュ。それから携帯用の充電器と新幹線に乗ってる間の暇つぶしに持ってきたPSPくらいかな。
「こんな物くらいしか持ってきてないけど……」
と言って、ボクは持ってきた物をミウちゃんに見せた。
「ほうほう」
するとミウちゃんは、財布やティッシュには目もくれずにスマホとPSPをじっと見つめている。
「これは……何なんスか?」
と言って、ミウちゃんがスマホを指差した。
「それはスマホって言って、電話みたいな物……じゃ分からないか。ボクのいる世界でだけ使える、離れた場所にいる相手と会話できる通信機器だよ」
「ほほう。で、こっちは?」
と言って、次にミウちゃんがPSPを指差す。
「これはPSPっていう携帯ゲーム機で――」
「PSP⁉ これがあの伝説の⁉」
で、伝説?
「で、伝説かどうかは知らないけど……え? PSP知ってるの?」
「はっ⁉ あっ! えっ? えと、えとえとえと……アハハ!」
驚くボクに、ミウちゃんが照れ笑いを浮かべてごまかす。
「いや、その、アハハ、こっちにもたまに人が迷い込んできますからね~、ちょっと小耳に挟んだんスよ。アハハハハ」
必死にそうごまかしつつも、興奮を抑えきれないといった感じで、食い入るようにPSPを見つめるミウちゃん。……やりたいんだろうな、きっと。
「……よかったら、ちょっとやってみる?」
「いいんスか⁉」
ミウちゃんが身を乗り出して尋ねてきた。
柑橘系のいい匂いが、ボクの鼻をくすぐる。近い! 近いってば!
「い、いいけど……」
と言って、ボクはPSPを操作し、電源を入れた。
簡単なアクションゲームだ。慣れれば初心者でも楽しめるだろう。
ボクは、ミウちゃんに一通り操作方法を教え……
「ふぁ」
急に襲ってきた睡魔に、思わず欠伸した。
「あ! ソウ君、ひょっとしてお疲れッスか?」
「うん、まあ。こっちに来てから色々あったから」
「あ、それじゃ、これ、また今度でも……」
と言って、ミウちゃんがしょんぼりと肩を落としながらPSPを返してくる。
「いや、それ貸してあげるよ。飽きたら返してくれればいいから」
「マジッスか?」
だから近いって!
「マジ! マジだから! とりあえず部屋に戻ってからやりなよ。ボクは、今から部屋で休ませてもらうからさ」
「アザース!」
そう言って、敬礼して猛スピードで去っていくミウちゃん。
やれやれ。それじゃボクはもう寝よう。
とりあえず、これからのことは、起きてからまた考えるということで……




