ボクの章 第九節 ここってほんとに異世界なんでしょうか(泣)?
陽気な鼻歌が廊下に響く。
ボクは今、ミウちゃんに案内されて、ボクに貸し与えられる部屋に案内してもらってる途中だった。
「大きい部屋と中くらいの部屋と小さい部屋のどれがいいッスか?」と聞かれ、調子に乗って「一番大きい部屋でお願いします」と答えたら、冗談抜きで高級ホテルのプレジデンシャルスイート級の部屋へと案内され、ビビッて「……すいません。一番小さい部屋でいいです」と変更をお願いし、今はそこへ向かっている。
ううっ……貧乏性な自分が情けない……
「あの……」
ボクは、楽しそうに前を歩くミウちゃんに声をかけた。
「ん~? 何ッスか~?」
と、ミウちゃんが笑顔で振り返る。
「あの……ミウちゃんはボクが怖くないの?」
「ぜ~んぜん」
「そ、そうなんだ……」
レウちゃんからは相当警戒されたんだけどな……
「ソウ君自身に危険がないことはスウから聞いてますからね~」
「そ、そうなんだ……でもレウちゃんは、ボクがイータを使ってこの世界を牛耳ろうとしてるとか言ってたけど……」
「いや~。それはないっしょ~。どう見ても、ソウ君にそんな大それたことできるような度胸はなさそうだし~」
うっ! サラリとヘタレ呼ばわりされているような気がする。
「まあ、レウ姉は今のこの世界のトップだから、そういった心配もしなきゃでしょうけど、ウチには関係ないし~」
な、なんかえらく緩いな……って!
「この世界のトップ⁉ あの子、この世界で一番偉いの⁉」
「そッスよ~」
「この城とかこの国とかじゃなくて、この世界で一番なの?」
「そうッス。まあ『今の』この世界のってことッスけど」
「いや、それでも十分すごいでしょ! ボク、そんな人と喋ってたんだ……」
「ああ、そんなにかしこまらなくていいッスよ。もっとフランクにいきましょ。これからしばらく一緒にいるんだし~」
と、ミウちゃんが人懐っこく笑う。
「そういえば、さっきレウちゃんとミウちゃんとスウちゃんは姉妹だって言ってたけど、みんな全然似てないね」
みんなすごく可愛いってこと以外は。
「そりゃそうッスよ。義理の姉妹ッスもん」
「へっ? そうなの?」
「そうッス。ウチらは、桃園の下で、生まれた日は違うけど死ぬ時は一緒だよって姉妹の契りを結んだんス」
「そ、そうなんだ……」
な、なんかえらく三国志的な展開になってきたな……
「冗談ですけどね」
「冗談なの⁉」
と、ボクは盛大にツッコんだ。
「アッハッハッ。ソウ君は面白いッスね~」
「いや、面白いのはミウちゃんでしょ」
「まあまあ。桃園の件は冗談ですけど、姉妹の契りを結んだのは事実ッス」
「な、なるほど……」
「ええ。お互い身寄りも何もかもなくしたもんで、きっと拠り所みたいなもんが欲しかったんでしょうね……」
と、先ほどまでの表情から一変し、暗い表情でミウちゃんは言った。
「主、あまりそういった話は……」
と、突然、ミウちゃんの胸元の宝石から、若い青年の声が響く。
ああ、やっぱりその宝石も喋るんだ。
「あっ! 確かにそッスね~。いや~、すみませんッス、ソウ君。つい重い空気にしちゃって」
「いや、こっちこそゴメン」
「あはは、知らなかったんだから、気にしなくていいッスよ~」
と、ミウちゃんが再び人懐っこい笑みに戻る。
「それよりさ、ミウちゃんについてる宝石もやっぱり喋るんだね」
「そりゃそうッスよ。ほらオーディン、ちょっと挨拶するッス」
「……初めましてソウ殿。私はオーディンと申します。以後お見知り置きを」
と、宝石が丁寧に名乗った。
「この世界の人達って、みんな胸に宝石つけてるの?」
「いや、みんなじゃないッスよ。これは……と、着いた。ここッス」
と言って、ミウちゃんが一つの部屋のドアを開けた。
「とりあえず中を確認してくださいッス。ちなみにここが、この城で一番小さい部屋なんで、これ以下だと、犬小屋になっちゃうッスよ。貧乏性のソウ君」
うっ! 痛い! 嫌味の飛礫がとっても痛い!
ボクは、部屋に入る前から若干の精神的ダメージを食らいつつ、中へと入る。
部屋の中は、一言で言ってしまえば、ビジネスホテルみたいだった。
テレビはないけど、簡素なベッドにテーブル、それに……
「ここは?」
ボクは、部屋の中にあった一つのドアについて尋ねた。
「そこはトイレとバスルームッスね」
異世界のトイレやお風呂ってどんな感じなんだろう……超気になる。
ボクは、少しドキドキしながらドアを開けた。
「…………」
ドアを開けた瞬間、ボクの目の前に、とても見慣れた光景が広がった。
……ユニットバスだ。
そう。ドアの先にあったのは、ボクの世界のビジネスホテルやマンション、アパートなどで見かける、トイレ(洋式便器)とバスルームが一緒になったユニットバスだった。
シャワーも普通に付いてるし、トイレにはウォシュレットも付いてる。
あれ? ここって異世界なんですよね?
ボクの夢オチってわけじゃないですよね?
「あの~ミウちゃん……」
「どうッスか? ここでいいッスか?」
「いや、その前にちょっと頼みたいことが……」
「何スか? ああ、タオルは後で持ってくるッスよ」
「いや、そうじゃなくて、ちょっとボクのほっぺたつねってもらっていい?」
「ええ! ソウ君ってまさかのドMッスか⁉」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとこれが現実だって実感がほしくてさ。お願い」
と言って、ミウちゃんにほっぺたをつねってもらうボク。
まさか、異世界に来てまでこんなコントみたいなことすると思わなかった。
「どうッスか? 満足しました?」
「……満足はしてないけど、夢オチじゃないってことだけは分かった」
「そうッスか。それは何よりッス」
と言って、ミウちゃんがボクのほっぺを解放する。
「で、どうッスか? この部屋でいいッスか?」
「うん。それはもちろん。けど、その前に一つ聞きたいことが」
「何スか?」
「このトイレとバスルームなんだけど、どうもボクの世界の物に非常によく似てるんだよね」
「そりゃそうでしょうね」
「えっ⁉ どういうこと?」
「この城のトイレやバスルームは、ソウ君の世界の技術を使って作ってますから」
「ええっ!」
「何年か前にこっちにきたソウ君の世界の人が、こういったトイレやバスルームを作る仕事をしてたみたいで、何かそっちの世界のトイレやバスルームに関するカタログみたいなの持ってたんス。レウ姉がそれを見て興奮しちゃって、何とかこっちの材料で似たような物を作ったんスよ。だから、見た目はそっくりだけど、材料はこっちの世界のッス」
「な、なるほど……」
す、すごい話だ。
現実の異世界ってボクの想像してたのとは全然違うや。
「それじゃ、ウチはこれで。何か困ったことがあったら、テーブルの上に置いてるベルを鳴らしてくださいッス。一応ウチが、ソウ君の世話係ってことになってるんで」
「世話係⁉ この世界のトップの妹がそんなことしていいの?」
「いや~、今この城は人手不足ッスからねぇ」
「そ、そうなんだ……」
だからって、この世界のトップの妹に世話係なんてさせる?
「まあ、平たく言えば世話係兼監視役みたいなもんなんスよ。ウチは全然警戒とかしてないんスけど、レウ姉がね。ソウ君の事情を知ってるのはウチらだけなんで、ウチを付けたいってところだと思うッス」
「なるほど」
「それじゃウチはこれで。あとでタオル持ってきますね~」
シュタっと敬礼らしきポーズを取って、ミウちゃんは去っていった。
「フウ」
一人になった途端、ドッと眠気が押し寄せてくる。
ボクはベッドに飛び込んだ。
普通のベッドだ。
大きい部屋の体が沈み込むようなベッドより、こっちの方が落ち着く。
あっ、そうだ! 寝る前にトイレ行こ。
異世界感ゼロのトイレで用を足し(ちゃんと流れてちょっとホッとした)、再びベッドへ。
あ~、やっぱり牢屋の寝床とは訳が違うよ~。
ん、牢屋?
「!」
牢屋で思い出した!
イータ取ってこなくちゃ!