ボクの章 第八節 そんな衝撃の事実を言われても、全然実感湧きません(泣)
レウちゃんに連れられて着いた先、そこは中世ヨーロッパのお城に出てくる王様のいるところ、玉座の間にそっくりな場所だった。
とても広い空間に赤い絨毯が敷かれ、その先の一段高いところに王様の座る玉座が鎮座している。
レウちゃんは、その玉座にさも当然のように座り込んだ。
「で……」
と肘掛けの上で頬杖をつきながらレウちゃんが言う。
「アンタ、あの剣についてどこまで知ってるわけ?」
「どこまで知ってるって言われても、買ってまだ数日しか経ってないし、よく喋る口の悪い剣としか……」
「……フウ。じゃあアンタ、あの剣の名前知ってる?」
「名前? 本人(人じゃないけど)はイータって名乗ってましたけど」
「ふ~ん。イータね~。あの剣はね、この世界では『ライフイーター』って呼ばれてるわ」
「え?」
「だから、ライフイーターよ。ライフイーター、別名『命を食らう剣』……」
「…………」
「手にした者は当然のこと、近づく者の命さえ吸い取ってしまう呪われた剣。これまで死なせた者の数はそれこそ計り知れない。故にこの世界から追放された剣。『災厄』とさえ名づけられた、この世界で最も忌避された剣。それが、アンタがイータって呼ぶあの剣なのよ」
「…………」
「アンタは、その剣をあろうことか再びこの世界に持ち込んだ。かつて追放したはずの災厄を再びここへ。どう? アタシ達が、ここまでアンタ達を警戒するわけがこれで分かったでしょ?」
「え、ええまあ……」
にわかには信じられないけど……
「けど、ボクは触っても平気ですよ」
「それが不思議なのよね~。アンタが特別なのか、アンタの世界のみんながそうなのか。とにかく、アンタは触れても大丈夫なようだけど、こっちの世界じゃ、あの剣は近づいただけで命を吸い取る呪われた剣なの。そこは知っときなさい。疑うなら、あれに直接聞いてもいいわ」
「はあ……分かりました」
「で、こっからが本題よ。アンタ、あれがそういう物だと分かってて、この世界に持ち込んだわけ?」
「まさか! 話を聞くまで、そんなこと知りもしませんでしたよ」
「ほんとに~? 自分はあの剣持っても平気だからって、こっちの世界、オリジンを支配しようとか考えてたんじゃないの~?」
オリジン……それがこの世界の名前か。
「いやいや、それこそありえないでしょ! イータにそんな力があるなんてこと自体知らなかったんですから!」
「ふ~ん……」
レウちゃんが、まだ不審の目でボクを見る。
「……まあいいわ。どのみち、今のこの世界に支配するだけの価値なんてないしね」
と、不意にレウちゃんが自嘲の笑みを浮かべてそうこぼす。
「え?」
「いえ、いいの。今言ったことは忘れて。で、これからのアンタの処遇についてなんだけど……」
ボクはゴクリと喉を鳴らす。
「とりあえず死刑……」
「ええ!」
「に、したいのはやまやまなんだけど、そんなことしたらスウが怒るから……」
ボクはホッと胸を撫で下ろす。
「仕方なしに、本当に仕方なく、正直気は進まないけどスウに嫌われたくないから、次に向こうの世界への門が開くひと月後まで、ここでアンタの生活を保障してあげるわ。ほんとはしたくないんだけどね」
と、心底嫌そうにレウちゃんが言う。
帰れるまでひと月……確かイータもそんなこと言ってたな。
「で、門が開いたら、アンタにはあの剣を持ってとっとと帰ってもらうってことで、どう?」
「え、ええ。もちろんボクはそれで構いません」
問答無用で死刑にされるよりはマシだし。
「そう。じゃあ無事に話がまとまったところで、アンタには……そうね、とりあえずこの城の空いてる部屋を提供してあげるわ。感謝しなさい」
と、めっちゃ偉そうにレウちゃんが言う。
「あ、ありがとうございます。それじゃボク、先にイータを取ってきます」
そこで、レウちゃんの顔が引きつった。
「ちょっと待ちなさい。アンタ、さっきのアタシの話、聞いてた?」
「え、ええ。もちろん」
「じゃあ、何で今あの剣のところに行くの? あれはそのまま牢屋に置いておけばいいじゃない。どうせあの剣には誰も近寄らないんだし、ひと月後の帰る時まで置いておけば……」
「でも、戻るって約束したし」
「はあ? 約束? あれと?」
レウちゃんが目を丸くする。
「ええ。変ですか?」
「そりゃ変でしょ。あれと約束なんて。ねえ、ゼウス」
「うむ。まともな神経ではありえんな」
「な、なんかすごい言われ様だけど、とにかく取ってきていいですか?」
「ハア……好きにしなさいよ。ただし、くれぐれもこの城の者には、あの剣を近づけないように。というか、目にも触れさせないで。絶対に」
「は、はい……」
あまりの形相でそう言われ、ボクは思わず頷いた。
「分かればよし。ああ、そういえば、お互いちゃんと名乗ってもいなかったわね。アタシは、レウ=ゼウス=ケラチノス。アンタは?」
「信守蒼です」
「ノブモリソウ? 変な名前」
君に言われたくないよ。とは、もちろん口に出さない。
「……ソウと呼んでください」
「分かったわ。アタシは一応、ここじゃいちば――」
「ねーーーーーーーーたまーーーーーーーーー‼」
そこでいきなり玉座の間の扉が開き、そこから一人の少女が入ってきた。
「ソウをイジメちゃダメ‼」
スウちゃんだ。
スウちゃんがちょっと息を切らせて中へと入ってきた。
何故かパジャマにナイトキャップまで着けて。
「スウ! どうしてここに⁉ もうオネムの時間じゃなかったの!」
レウちゃんが慌てたように叫ぶ。
「寝てたけど起きた!」
「なっ! いつもはこの時間にはスヤスヤなのに! ミウ、アンタ、何でスウをここに連れてきたの!」
と、レウちゃんがボクに向かって言う。
何でボクに言うの?
「だ~って~、仕方ないじゃないッスっか~。スウが『レウねーたまどこ~?』って聞くから、つい『向こうから来た奴にヤキ入れてるッス』って言っちゃったんスもん」
「え!」
その声は、ボクのすぐ後ろから聞こえてきた。
慌てて振り向くと、ボクのすぐ後ろに、ボクと同い年くらいの女の子が立っている。
い、いつの間に……全然気づかなかった。
ベリーショートの茶髪に、草原を思わせる碧眼。
そして、童顔とのギャップに驚く豊満な肢体。
うわっ! おっぱいおっきい!
着ている緑色の半袖シャツの上からでもはっきりと分かるほど、その存在を主張しているおっきなお胸に、ボクの目は思わず釘付けになった。
よく見ると、その胸元にはレウちゃんやスウちゃん達と同じく、宝石が付いていた。彼女の瞳の色と同じ、碧色の宝石が。
「おや~? どこ見てるッスか~?」
女の子が悪戯っぽい笑みを浮かべて、ボクに顔を寄せてくる。
うわっ! 近い! 近いってば!
「コラ、ミウ! 何でスウをここに連れてきたの! アンタならスウを捕まえるなんて簡単でしょ!」
「いや~、それはそうなんスけど~、ウチもちょっとこの子に興味があったもんで~つい♡」
「『つい♡』じゃねーわよ! そのてへペロな顔やめなさい!」
と言って、レウちゃんが真っ赤になって怒る。
「レウねーたま! ソウに何してたか!」
しかし、ほっぺをぷっくらと膨らませたスウちゃんにそう言われた瞬間、今度は青くなった。
「べ、別に何もしてないわよ……」
「ウソ! ミウねーたまは、レウねーたまがソウをイジメてるって言ってた!」
「ミ~ウ~」
レウちゃんが般若の形相で女の子を睨む。
「いや~、言葉のあやってやつッスよ~。てへペロ♪」
「てへペロ言うな!」
な、何なんだこの会話は……
ボク、完全に蚊帳の外だし。
「レウねーたま! ソウをイジメるの、スウが許さない!」
「だ、だから、別にイジメてたわけじゃ……」
「ソウをイジメるレウねーたまなんて……大キライ!」
「ガーーーーン!」
スウちゃんの言葉に、レウちゃんが真っ白になる。
ガーンって口に出す人初めて見たよ。
「だ、大キライって……スウがアタシのこと大キライって……」
そしてレウちゃんは、一人でブツブツと何かを呟き始めた。
「ソウ、だいじょぶ?」
と、スウちゃんがボクに声をかけてきた。
「うん。大丈夫だよ。ありがとね、スウちゃん」
と言って、ボクはスウちゃんに笑顔で答えた。
「ん。よかった」
と、スウちゃんが満面の笑みを浮かべる。
うう……なんて良い子なんだ。
「大丈夫に決まってるでしょうが。何にもしてないんだから」
と、復活したらしいレウちゃんが言った。
「ちょっとソウ、アンタ、アタシが今、とても慈悲深く寛大な処遇を申し渡したこと、ちゃんとスウに説明しなさい」
そして、めちゃくちゃ必死になってる。
「スウちゃん、ボクはレウちゃんにイジメられてなんかないよ」
「ほんとか?」
「うん。睨まれたり、威圧されたり、殺されかけたりしたけど、イジメられてなんかいないさ」
「……アンタ、それ全然フォローになってないわよ」
うん、知ってる。わざとだもん。
「で、結局この子、どうするんスか?」
と大きいお胸の子が、レウちゃんに向かって言った。
「とりあえず、次に門が開くまでの間、城で面倒見ることにしたわ」
「……あれはどうするんスか?」
「ソイツが帰る時に、一緒に持って帰ってもらう。こっちに置いとくなんてことできるわけないでしょ。いくら状況が状況でもね」
「……それがいいッスね」
「で、悪いんだけどミウ、ソイツ、適当に空いてる部屋に案内してくれる?」
「レウ姉は?」
「アタシはこれからスウのご機嫌を取るわ」
「シスコンは大変ッスねぇ」
「うっさい!」
そんな二人の様子は、傍から見るとじゃれ合ってるようにしか見えなくて。
ちょっと羨ましいな。ボクは一人っ子だし……
ひとしきり会話終えた後、おっきいお胸の女の子がボクに向き直った。
「それでは君の部屋にご案内するッスよ」
「よ、よろしくお願いします」
「えと、ソウ君……でいいんでしたっけ?」
「はい。そう呼んでください」
「りょ~かいッス。申し遅れましたが、ウチの名前はミウ=オーディン=グングニル。レウ姉の妹、スウの姉。つまり次女ッス。これからしばらくよろしくッス」
と言って、ミウちゃんは人懐っこい笑みを浮かべた。