ボクの章 第七節 ロボの中身が美少女とか、展開についていけません(泣)
フウ。
お腹も少し膨らんで、それと同時に眠気がやってきた。
「ふぁ」
ボクは小さく欠伸をする。
「おや、そろそろオネムかい?」
「うん」
尋ねるイータに、ボクはそう短く答えて、寝床に横になった。
「でも驚いたよ」
とボクは言った。
「え? 何がだい?」
「さっきの金ピカのロボさ。まさか異世界にロボがいるなんて思いもしなかった」
「……ああ、あれか。まあ、君がそう思うのも無理はないけど、あれはロボじゃなくて――」
そこで、ガシャリと大きな音を立てて、牢屋のドアが開いた。
あれ? 誰だろ? スウちゃんかな?
ボクは慌てて体を起こした。
コツコツと大きな音を立てて、誰かがゆっくりと近づいてくる。
スウちゃんじゃないな。
スウちゃんは、こんな風に音を立てて歩いてこなかった。
やがて、ゆっくりと来客が姿を現す。
そしてボクは、その姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
まず目に入ったのは、目が覚めるような金髪と、真っ赤に燃えるような紅い瞳。
そしてその髪の持ち主は、映画なんかに出てくる女王様って感じのすごい美女。
いや、すごく大人びて見えるけど、多分歳はボクより少し上くらいだから美少女かな。
出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、完璧なスタイルの美人を想像してくださいと言われたら、きっとみんなが彼女みたいな子を想像するだろう。
そんな感じの美少女だった。
そんな美少女は、赤を基調とした丈の短いドレスに身を包み、高圧的で冷ややかな視線でボクを見つめている。
その瞳からは、はっきりと敵意と警戒心が滲み出ている。
ふと、こちらもじっと見つめているうちにあることに気付く。
スウちゃんと同じように、彼女の胸元にも宝石がついていた。
ルビーのような真っ赤な宝石が。
最初はネックレスかペンダントだと思っていたけど、チェーンが見当たらず、彼女の胸に直接引っ付いている。
こ、この世界の人達は、みんな胸に宝石が付いてるのかな?
無言のまま(多分)五分くらいの時間が過ぎた。
その間、彼女はずっとボクを見つめ(というか睨み)続けている。
一方のボクは、まさしく蛇に睨まれた蛙状態だった。
ど、どうしよう……まさか、このままずっとこのままってことはないよな……
このままじゃ息が詰まって窒息しちゃいそうだし、ここはひとつ、ボクの方からアクションを起こしてみよう。
「こ、こんばんは!」
と、ボクは少し噛みながら言った。
「…………」
しかし、彼女は完全にそれをスルー。
ううっ……スルーされるのがこんなにきついなんて初めて知ったよ……
そのまま再び(多分)五分くらいの時間が過ぎた。
ヤ、ヤバい! 緊張しすぎてクラクラしてきた。
「……ツクヨミと話したそうだな」
ようやく沈黙を破ったその声は、彼女の口からではなく、胸元の宝石から発せられた物だった。
しかし女性の声ではなく、野太いおじさんの声。
ん? 待てよ。この声、どっかで聞いたことあるような……
その声は、ボクにではなくイータに向けられた言葉のようだった。
しかし、イータはそれを完全に無視。
「……ダンマリか。ならば仕方ない。レウ……」
「分かった」
おじさんの声に、彼女が凛とした声でそう答えた。
そうだ! 思い出した!
この声、両方ともロボから聞こえてきた声だ。
ってことは、彼女がロボに乗ってたってこと⁉
少女がスッとこちらに右手を向ける。
「部分シンテン」
と同時に、少女はまるで歌うように言った。
次の瞬間、少女の右手がまばゆく光り、あの時見たロボの右手をそのまま取り付けたように武装される。
大型で金色の小手を纏ったようなその右手に握られるのは、同じく金色の砲。
あ、あんなのこの至近距離で食らったら……
「待て」
震えるボクの横で声が響いた。
イータの声だ。
「この者に手を出すことは許さん」
その言葉に、彼女の付けている宝石から、馬鹿にしたような鼻息が漏れる。
「フン。『この者に手を出すことは許さん』だと? 手を出せばどうなるというのだ?」
「知りたいか?」
馬鹿にするようにそう言った宝石に答えたのは、底冷えするようなイータの声だった。
ボクと話している時は一度として使ったことのない、冷淡な言葉。
「ならば撃ってみるがいい。そうすれば教えてやる。お前も知っているはずだ。僕がどういう存在かを」
宝石から息を呑むような声が漏れる。
怯えているのがはっきりと分かった。
「……ゼウス、どうするの?」
彼女が尋ねる。
「……今はよそう」
「分かった」
宝石の声に彼女はそう答え、武装を解く。
ボクは大きくため息を吐いた。
き、緊張感がハンパないよ~。
「ねえ、アンタ……」
今度は、彼女がボクに声をかけてきた。
「な、何ですか?」
「何でその剣と一緒にいんの?」
「?」
質問の意味が分からず、ボクは首を捻る。
「何言ってるのか分かんないって顔ね。じゃあ、質問を変えるわ。アンタ、その剣が何なのか知ってんの?」
「それは、さっきも言いましたけど、ただの喋る変な剣としか……」
「……なるほど。ねえアンタ、その剣に触れてみて」
ボクは、言われたままにイータに触れる。
「何ともない?」
「見ての通り何ともありませんけど」
「……あっそ。ゼウス、どう思う?」
どうやらゼウスっていうのが、あの宝石の名前らしい。
しかしすごいな。
スウちゃんの胸の宝石はツクヨミって言ってたし、ゼウスもツクヨミも、ボクの世界に伝わる神話の神様の名前だ。
それがまさか、こっちでは喋る宝石の名前だなんて。
「分からん。その者が特別なのか、それとも向こうの世界の者が皆こうなのか。どちらにしても警戒は必要だな」
「そうね。ねえ、アンタ……」
「あの~、ボクには一応、蒼って名前があるんですけど……」
「ああ、確かそんな名前だったわね。じゃあソウ、その剣の正体が知りたい?」
「えっ?」
「何故アタシ達が、ここまでその剣を警戒するのか知りたい?」
「それは……」
もちろん知りたい。聞けば、イータにかけられた誤解も解けるかもしれないし。
ボクは大きく頷いた。
「そう。なら教えてあげる。ここから出なさい」
と言って、彼女は鉄格子でできた扉を開ける。
ボクは、イータを引っ掴んで出ようとした。
「待って!」
彼女が鋭く制する。
「ビックリした。どうしたんですか?」
「その剣はここに置いといて」
「えっ? 何でですか?」
「それもここから出たらちゃんと説明してあげる。だから、その剣を置いて早く出なさい。事情が知りたければね」
そう言われ、ボクは渋々イータを寝床の上に置いた。
「ソウ君、行っちゃ駄目だ!」
イータがすがるように叫ぶ。
「案ずるな。この者に危害を加えるつもりはない。今のところはな」
と、ゼウスさんが言った。
「お前の言葉ほど当てにならないものはないな。ソウ君、行っちゃ駄目だ。奴らは信用できない。何をされるか分からないよ!」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでよ! アタシ達は無闇に向こうの世界の者達を傷つけたりはしないわ! アンタが関わってるから、ここまで警戒するんじゃない!」
彼女がイラついたように叫ぶ。
これは、このままじゃ収集がつかなくなりそうだな。
「イータ、ボクは行くよ」
「ソウ君!」
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
「…………」
とりあえず納得してくれたらしいイータを置いて、ボクは彼女に向き直る。
「あの、ボクがいない間、この剣を持ち去ったりしないって保証してくれますか? でなきゃボクはこのままここにいます」
その言葉を聞いて、彼女は目を丸くした。
「アンタ、それ本気で言ってんの?」
「冗談で言ってるように聞こえます?」
「……聞こえんな。どうやら本気のようだ」
そう答えたのはゼウスさんだった。
「やれやれ、何も知らないってのも考えものよね。安心して。その心配は皆無だから。アタシも、そして、この世界にいる誰一人として、それには手を触れないことを誓いましょう。いえ、それどころか、これ以上近づくことさえしないと保証しましょう。このアタシ、レウ=ゼウス=ケラチノスの名において誓ってあげる」
「そこまで言うなら……」
と言って、ボクは牢を出た。「ものすごい名前ですね」なんて空気の読めないツッコミはなしで。
「しかし驚いた。あれが人の身を案じたことにも驚いたが、まさか、あれの身を案じる者がいようとは……」
牢屋を出る途中にゼウスさんがポツリとそう言った。