ボクの章 第六節 お腹が減ったら寝られません(泣)
目を瞑って、お世辞にも高級とは言えない寝床に横になること十分……
「……イータ」
「どうしたの? 眠れないのかい?」
「うん」
「……無理もないよ、こんな状況じゃ。……ゴメンね」
「いや、そうじゃないんだ」
「えっ?」
グゥ~~。
そこで、ボクのお腹が悲鳴を上げる。
「お腹空いちゃった」
「…………」
ううっ、そういえば、家を出てから何も食べてないもんなぁ。
まさか、こんなことになるなんて想像もしてなかったし。
「……なるほど。空腹か。その状態になると眠れないのかい?」
「……うん」
「そうか……それは不便だな。僕はそう言った状況に陥ったことがないから、イマイチよく分からないけど」
「イータは何も食べないの?」
「まあね。っていうか、口とかないし」
「いやいや、なんか別のエネルギー源が必要とかさ」
「う~ん。僕にはないね、そういうのは」
「そっか~。でもどうしよう。お腹減って全然眠れないよ」
「探せばその辺にネズミとかいるんじゃないの?」
「……勘弁してよ。お腹壊しちゃうじゃん」
「な、なるほど。それは大変だね」
「どうしよう。何か食べ物ないかなぁ」
そう言って、ポケットをまさぐってみたものの……やっぱり何もなし。
まあ、分かっていたことだけど。
「叫べば誰か来るんじゃない?」
「そっか! お~い!」
と言って、しばらく大声で叫んでみたものの、一向に人が来る気配はない。
「……来ないね」
「……みたいだね」
ど、どうしよう。まさかこのままここで飢え死になんてオチじゃ――ガチャ!
そこで、牢屋へと通じる扉が、小さな音を立てて開いた。
あっ! 誰か来た!
「すいません。何か食べ物を――」
そう言いかけて、ボクは言葉を止める。
入ってきたのはスウちゃんだった。
さっきまでと違い、ちゃんと服を着ている。
透き通った薄手の白い服、シースルーを身に纏ったスウちゃんが、こっそりと牢屋に入ってきた。
牢屋が不釣り合いに見えるほど、今のスウちゃんは幻想的に可愛くて……
ボクは思わず息を呑んだ。
あまりにも清廉なその姿は、ボクに、どこかの国のお姫様や妖精を連想させた。
スウちゃんは、お腹に何か入れているみたいだった。
お腹の部分だけが、微妙に膨らんでいる。
「スウちゃん……」
「ソウ!」
鉄格子に掴まってそうこぼすボクに、スウちゃんが駆け寄ってくる。
「ゴメンね、ソウ。だいじょぶ?」
「うん、大丈夫だよ。それより、ここから出してくれないかな?」
ボクの言葉に、スウちゃんが悲しそうな顔で俯いた。
「ゴメンね、ソウ。スウ、ここの鍵持ってない」
「……そっか」
あまりにも申し訳なさそうに言われたから、なんかボクの方が申し訳なくなってくる。
「ところでスウちゃん、何でここに?」
「ん。これ持ってきた」
と言って、スウちゃんがお腹から取り出したのは小さな包み。
開くとそこには、小さなパンとジャム(?)のような物がのっている。
そのパンを見て、ボクは思わずゴクリと唾を呑んだ。
「ゴメンね、ソウ。これしか持ってこれなかった」
「そんな! とんでもないよ! ありがとう、スウちゃん」
ボクはお礼を言って、パンへと手を伸ばす。
「なりません!」
と、そこで鋭い制止がかかった。
その声にビックリして、ボクは思わず手を止める。
「どした、ツクヨミ?」
「スウ、その者に触れてはなりません」
「どしてか?」
「危険だからです。あの者は、あれを持っても平然としている。危険がないとは言い切れません」
「だいじょぶ。だってスウは、さっきソウの手に触った。けど何ともない」
「ですが……」
「ツクヨミ、ソウは悪い人じゃない。スウには分かる」
その言葉を聞いた瞬間、ボクはちょっと泣きそうになった。
「とにかく手渡しはいけません。それを渡すだけなら投げ入れればいいでしょう」
ボクは猫か。と、思わずムッとなる。
「けど、落ちたら汚れる」
「空腹に苦しむよりはマシだと思いますが」
「ツクヨミ、そんなイジワル言っちゃダメ!」
「意地悪ではありません。これは、我が主であるアナタを守るための、当然の措置なのです」
「でも――」
「そもそも、あれを手にできる時点で、およそまともな身分の者ではないでしょう。そんな下賤な……どこの馬の骨とも知れぬ者に、アナタが手を触れることなどあってはなりません」
ボクは思わずカッとなった。
「あの! いくらなんでもそこまで言われる筋合いは――」
「いい加減にしろ」
えっ?
激しい怒りを無理やり抑え込んだかのようなその声は、ボクの後ろに立てかけてあった剣が発した物だった。
「イータ……」
「さっきから聞いていれば、随分と偉そうな口を利くじゃないか、ツクヨミ」
「……やはりアナタだったのですね」
ツクヨミさんが、恐怖を押し殺したような声で言う。
「そうさ、僕だ。あの時は随分と世話になったな。お前らが僕にしてくれたこと、片時も忘れたことはなかったよ」
「…………」
「先ほどお前は、この者の身分についてあれこれ言っていたが、お前の主はともかく、お前だってそう清廉潔白ってわけじゃないだろう? 少なくとも、お前がしてきたことを考えればな」
「アナタにそれを言われるとは心外ですね」
「ほう。では否定できるか?」
「…………」
「自分が高貴な、もしくは清廉な存在だと胸を張って言えるのか?」
「…………」
「言えないのならば黙るがいい。お前の声を聞いているだけでも、僕は気分が悪い」
「…………」
「そのパンを包みの上にのせて、鉄格子の下に置いて去れ。これ以上、僕が怒らぬうちにな」
しばらく無言の時間が流れる。
「……スウ、言う通りに」
「あい」
と言って、スウちゃんが鉄格子の下に包みを置く。
「あの、ゴメンね、スウちゃん」
ボクにはそうとしか言えなかった。
「ん~ん。ソウは何も悪くない。スウの方こそゴメン」
「スウ、お早く」
そしてスウちゃんは、ツクヨミさんに急かされるような形で牢屋を出ていった。
しばらくスウちゃんを見送った後、ボクは無言でスウちゃんの置いていってくれた包みに手を伸ばす。
そして、パンにジャム(?)らしき物を塗りたくって口へと運んだ。
味気ないパンを、酸味と甘みが程よく効いたジャム(?)が補う。
「……何も聞かないんだね」
「……言いたくないんだろ?」
しばらくして、ポツリとこぼしたイータに、ボクはそう答える。
「……うん」
「だったら聞かないさ。誰にだって言いたくないことの一つや二つあるんだから」
「……ありがとう、ソウ君」
「お礼を言うのはボクの方だよ。ありがとう、イータ」
「? 何で君がお礼を言うんだい?」
「だって君は、さっきボクのために怒ってくれたんだろ?
「それは……まあ、そうなんだけど……」
尻すぼみに小さくなる声が、ボクにはおかしかった。
「だから、お礼を言ったんだよ。ありがとう、イータ」
「…………」
「あれ? ひょっとして照れてる?」
「……そんなことない」
「そっか……」
それきりイータは喋らなくなり……
そしてしばらくの間、ボクがパンを食べる音だけが、牢屋に響いた。