表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

登城

 いよいよ登城当日を迎えた。

 カトレアを快く思っていなくても、リューリに忠実な使用人達はきっちり仕事をこなす。

 それが登城のための装いであるならなおさらだ。

 フリルとレースでふんだんに飾り立てられているが、甘くなり過ぎない瑠璃色のドレス。瞳の色に合わせたのだろうが、幼い容姿に相応しい可愛らしさと、カトレアの年齢不相応に大人びた部分をうまく調和させている。

 緩く波打つ銀髪はあえて下ろし、片側だけ青色のリボンで編み込んでいる。そこに琥珀色の髪飾りがあしらわれたのは、どう考えても養父の瞳の色を意図してのものだろう。

 同じく支度を整えたリューリが目にした瞬間『カトレア様が私の色をまとって……幸せで胸が潰れる……』と苦しんでいたが、当然無視した。

 今日の彼は宰相の仕事を休み、保護者として側にいる予定らしい。

 カトレアがおかしなことを仕出かさないよう監視の意味合いが込められているのか、ただ単に離れたくないだけなのか、いまいち判断に困る。

「今日は私が責任を持って、あなたをエスコートさせていただきます」

「……王城に行くのだから当然です」

 笑顔で差し出された手に、カトレアは自分の小さな手を乗せた。

 身長差を配慮し、リューリは腕を組むのではなく手を繋いでくれる。

 感謝を告げそうになる唇を封じ、けれどたった一つのよすがのように、指先に力を籠めた。

 馬車に揺られる間、ずっと胸を占めるのは不安。

 離れの療養塔から出たことがなかったため、感慨も何もないだろう。

 だが、向こうはどうだろうか。革命後も城に残った人族はいるのだ。

 現政権は、前王朝から仕えていた人族を強引に排斥することはせず、その上で獣人族も平等な環境で働けるよう取り計らっている。

 獣人族を頂点に据えたとて、人族を差別しない。

 弾圧をすればいずれ不満が爆発することを知っているからこそ、決して同じ過ちを繰り返さないというのが、現国王の信念だった。

 前王朝から仕えていた者達で、末の王女に生き写しのカトレアに気付く者はどれほどいるだろうか。その者達はカトレアに対し何を思うだろう。

 不安が拭われることはなく、馬車は王城に近付いてきた。

 陽光にきらめく白亜の城の荘厳さに、まず目を奪われる。

 高い塀の上から顔を出すようにして、幾つもの尖塔が天を目指していた。ことさら太く長い中央の尖塔には、正門側の壁面を覆い尽くすように青色の色ガラスがはめられている。

 ――美しい。あの夜の惨劇が嘘みたいだわ。

 下街の養護院から見上げても、狭い空しか見えなかった。

 それを理由にあえて王城を見ないようにしていたのかもしれない。

 うるさい雨音、空を切り裂く雷光、猛り狂った民衆達の怒号。悲鳴。

 騒がしさに叩き起こされベッドの上で震えていた、あの日の恐怖がまざまざと甦る――。

「――カトレア様」

 頭を抱き寄せた腕に、抵抗なく捕らわれる。

 離れようと腕を突っ張るも彼の腕はびくともしないし、頭を上げさせようともしなかった。

 忘れ得ぬ思い出が残る場所も、何一つ見なくていいというように。

 復讐すべき仇なのに不思議と心地よく、身を預けているだけでひたひたと忍び寄っていた恐怖を溶かしてしまう。

 普段は変質者のような言動の目立つリューリだが、今は本当の父親らしく守ってくれている。

 カトレアは歯を食いしばった。

 何も知りたくない。頼りたくなどなかった。

 優しさも安堵も、偽りだと知った衝撃がどれほどのものか身に沁みているから……カトレアは、強く拒絶を口にした。

「触らないでください。――偽善など反吐が出る」

 リューリの体が強張るのが分かった。

「……カトレア様」

 頭上から降ってきた声があまりに悲しげだったので、顔を上げられない。

 気まずい沈黙に耐えていると、彼はカトレアの頭に頬を寄せた。

「……はぁ……辛辣な言葉を吐き出すカトレア様も、直後に良心の呵責を感じてしまうカトレア様も、何とお可愛らしい……」

 スリスリスリスリクンクンスリスリ。

 擦り寄られ、ついでのように匂いを嗅がれ、カトレアはスンと表情を失った。どうやら全く傷付いていないらしいと悟る。

「……お父様、気持ちが悪いです。そして常々疑問に感じていたのですが、なぜすぐに匂いを嗅ぎたがるのですか」

「おや、知りませんでした? 私は蛇の獣人なので、こうして鼻の近くにある感覚器官でカトレア様を認識しているのですよ」

「え、そうだったのですか?」

 迷惑を被っていることを思えば心からとは言えないけれど、ただの変態行為と勘違いをした点については、多少申し訳なく感じた。

「では、あなたが眼鏡をしているのも、蛇獣人の特性ゆえですか?」

「えぇ、視力が劣っているので。それを補うため、こうして特殊な感覚器官が発達しているのですよ。騙してなどおりませんよ。全くもって厳然たる事実ですので、はい」

 カトレアは僅かに悩んだ末、大人しくリューリの腕に収まることにした。

「カ、カカカカトレア様?」

 動揺に上擦った彼の声に素っ気なく答える。

「理由があるなら、仕方がありません。ですが、程々にお願いします」

 それが、カトレアなりの譲歩だった。彼への謝罪には抵抗があるから、せめてものお詫びとして。

 ほどなくして馬車が停まった。王城の停車場に着いたようだ。

 なぜか打ち震えているリューリの腕を解き、カトレアは自力で立ち上がる。彼と話している内にすっかり不安がなくなっていた。

 病弱で絵姿もなかった王女カトレアを知る者など、きっといない。

 いたとしても、復讐すべきギルディオの許へと向かっているのだ。今は他のことを憂える必要はない。復讐を果たすことだけを考えていればいい。

 毅然と顔を上げ、カトレアは城門をくぐった。

 途中、何人かの使用人を見かけた。

 一目で獣人族と分かる者もいれば人族らしき者もいたが、カトレアの不安は杞憂に終わった。冷静に考えてみれば当然で、使用人は貴族が通過し終えるまで顔を上げることが許されないのだ。

 木漏れ日が回廊に差し込み、美しい幾何学模様を落としている。長い道のりで他の貴族に出くわさないのは、城の最奥へと進んでいるためだろうか。

 謁見の間に向かうのだと思っていたが、目的地は国王の私的な空間に近いようだ。

 案内もなく王城を闊歩できるのは、リューリが宰相という立場を得ているためだろう。通常なら彼自身に護衛をつけるところだが、元々彼は文官なのにやたらと武闘派だった。

 曲がり角に差し掛かり、カトレアは薄暗い壁面に並んだ絵画の存在に気付く。

 歴代の国王の肖像画だ。けれど錚々たる顔触れの終わりには、前世の父親の姿がない。

「どうして……」

「先王の肖像画は、残念ながら現存しておりません。革命の際、当時の王族の絵姿は、ほとんどが民衆によって焼き払われてしまったのです」

 カトレアの疑問を正確に汲みとり、リューリが答えをくれた。

 見上げた彼の表情は、穏やかなまま。

 何を考え、当時の王族について語っているのだろう。なぜ彼はカトレアを養子としたのか。

 リューリの態度は一貫している。

 どれほど突き放しても、何も感じていないわけではなく、痛みを呑み込んだ上で彼は微笑むのだ。きっと今も。

 彼にもし冷たい態度を返されたら、自分はどう感じるのだろう。……心許なく思うのだとしたら、それは筋違いだと分かっている。

「ほとんど……ということは、一部は残っているのですか?」

 残されているとしたら、それは誰の肖像画か。

 リューリは静かに微笑んだ。

「――先王の絵姿は、一つもありませんよ」

 明確な言葉を避けた、実に白々しい会話。やはり彼は、カトレアの前世の記憶に気付いているのかもしれない。

 けれど、確証はなかった。

「……そうですか」

 やがて、二人はまた歩き出す。

 絵姿が残されていないなら、当初の杞憂は本当に無意味なものだった。人前に出たことのない王女カトレアに気付く者など確実にいない。

 忘れ去られた王女を、リューリは覚えているのだろうか。怨嗟を叫びながら死んでいった姿を。

 だとしたら、なぜカトレアに優しくしてくれるのだろう……。

 考えている内に、扉の前にたどり着いていた。国王の居室のはずが驚くほど簡素な扉だ。

 リューリが入室の許可を求めると、向こうから応じる声が返って来る。

「――おう、待ちわびたぞ」



みなさん……ポチッと評価をいただけると!!

泣いて喜びます!!

明日も頑張ります!!(きっと!!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ