面会の報せ
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感謝の気持ちを籠めて、今日も何話か更新したいと思います!
これほど明け透けな好意を見せながらも、リューリはこれまで一度として『好き』や『愛している』といった言葉を口にしたことがない。怖気の振るう発言は平気でするのにだ。
最も端的に思いを伝える言葉。
それを意図的に避けているとしたら、どのような理由があるのだろう。
分からない。
分からないから、カトレアは全てが虚飾なのではと疑い続けるし、拒絶する。
「――そろそろ、用件を話してくれませんか?」
決して彼にもたれかかろうとはせず、素っ気なく問い質す。
身長差が大きいため、不満そうな返事が頭上から降ってきた。
「そろそろって、まだ食事をはじめてもいないです。もう少しゆっくり語らったり匂いを嗅いだり眺め回す時間があってしかるべきでは……」
「食事をする暇もないほどお父様が煩わしいせいでしょうね。時間は有限、まもなく出仕の時間です」
「宰相など引き受けねばよかった……」
不穏な呟きにも目をつむり、無言で続きを促す。
リューリは不承不承といった様子を隠しもせず、ようやく本題を切り出した。
「私がカトレア様を養子として引き取る際、陛下が即座に承認してくださったことは、以前にお話しいたしましたよね?」
貴族が他家の血筋を引き入れるには、国王の承認が必要となる。
婚姻や養子は繊細な問題なので慎重に考えねばならないところ、現在の国王――革命軍を率いた張本人が、あっさり許可を与えたのだという。
「建前としてはそのお礼の挨拶。実際は彼もカトレア様に会いたいというだけのことでしょうが――国王陛下との面会が、決まりました」
驚き見上げると、間近でリューリと視線が交錯する。彼の甘そうな琥珀色の瞳が、一切の感情を排してカトレアを見下ろしていた。
ギルディオ・レディラム。狼の獣人で、現在二十七歳という年若い皇帝。
革命後にレディラム姓となったが、元々は王国に仕える若手の騎士だった。よくリューリと連れ立って見舞いに来てくれた。
朗らかな笑い声と精悍な立ち姿が鮮やかに甦り、カトレアはしばらく言葉を失った。
「……と、いうわけで。ルピナ、今度は養父ではない者への嫌がらせの方法を伝授してほしいの」
「というわけで、じゃありませんから。教えたら反逆罪になっちゃいますから」
上の空で朝食を終えると、カトレアは真っ直ぐに森小屋へと向かった。
これから屋敷に向かおうとしていたルピナに出合い頭、彼女が目を白黒させていることも気にせず興奮のまま先ほどの出来事を語った。
養父がいつにも増して気持ち悪かったこと、国王との面会のこと。
そうして全てを語り終えたカトレアが放ったのが、冒頭の一言だ。
誰に行うか明言していないのに反論されたということは、文脈で気付かれたのだろう。間に他愛のない会話を挟むべきだった。
頭が痛いとばかりに額を押さえるルピナに手を引かれ、カトレアはいつもの席に促された。
「とりあえず落ち着きましょう、お嬢様。あなたは今正気じゃない」
「失礼ね」
「正気だったら国王陛下への嫌がらせなど考えたりしません! 何でそんなことしたがるんですか!?」
テーブルにつくと、奥からファナが出てきた。
「あらあらお嬢様、おはようございます。このような早い時間にいらっしゃるのは珍しいですね。ルピナ、紅茶はお出ししたの?」
相変わらずのんびりさを発揮する母に、娘の目が据わった。
「母さん、お茶なんて淹れてる場合じゃないよ。私が止めないと、お嬢様が犯罪者になって捕らえられて処刑されちゃうの」
「まぁ、それは重大ね」
クスクスと笑みをこぼすファナは、明らかに真面目に受け取っていない。カトレアは内心で胸を撫で下ろした。
興奮のあまり話してしまったけれど、復讐計画を成功させるためには無闇に言い触らすべきではなかった。カトレアの失敗だ。
――けど、確かに相手は国王。不敬罪や反逆罪で捕まるのは困るわ。承知していたからと、ルピナ達が連座になる展開は避けたいし……。
リューリを相手取るのとわけが違うのだと、友人に言われて気が付いた。
『嫌い』も『匂う』も『怖い』も封じられた状態で、罪に問われず嫌がらせをする方法などあるだろうか。
素っ気ない態度をとるわけにもいかないし、そもそも面会とはいえ国王とまともに顔を合わせる機会が、果たして巡って来るのだろうか。
真剣な顔で黙り込んだカトレアに、ルピナが訳知り顔で頷いた。
「そうそう、それが正しい反応ですからね。普通は作法のこととか、当日どのようなドレスを着ていくか、そういったことを悩むものなんですよ。さぁ、お嬢様も変な気を起こさず、来る面会日に備えましょう」
何か大いなる勘違いをしているようだが、このまま年上ぶらせているのも癪だ。
カトレアは、ささやかな反撃を試みる。
「作法に関しては、来る面会日とやらに備えて、あなたも悩んだ方がいいかもしれないわね」
「! そうでした……」
途端に青ざめるルピナには、未だ完璧な作法が身についていない。国王との面会までに猛特訓をしなければと絶望している。
あまりの打ちひしがれぶりに、カトレアはすぐに種明かしをした。
「ルピナ、冗談よ。あなたはまだ見習いだから、王城には一緒に行けないと思うわ」
「フフ……ルピナったら、完全にお嬢様の手玉に取られているわね」
成り行きを見守っていたファナにまで笑われ、ルピナは真っ赤になった。
「母さん……気付いてたなら言ってよ! 危うく術中にはまるところだったじゃない!」
「おーい、そろそろ出るぞーって、あれ? お嬢様?」
支度を整えたグルも今頃になって現れ、面会の話はここでうやむやになった。
騒がしい家族と笑い合いながらも、カトレアはずっと心ここにあらずでいた。
病弱で、ほとんど塔から出たことがなかったとはいえ、前世の王女カトレアにとっては住み慣れた場所だった。
……行くのだ。あの、懐かしい王城へ。
◇ ◆ ◇
ついに面会日を迎え登城したカトレアは、想定外の窮地に陥っていた。
どうか誰か――復讐を誓った相手が目の前で大号泣している場合、どうすればいいのか早急に教えてほしい。