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復讐したいのに、もふもふ陛下の溺愛から逃げられません!  作者: 浅名ゆうな


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ワルツと危機

いつもありがとうございます!

 こんな展開、事前に聞いていない。

 ギルディオは数歩離れた距離で立ち止まると、綺麗に腰を折った。

「――カトレア。どうか、一曲」

「……喜んで」

 内心の動揺を完璧に押し隠し、カトレアは作法に則った礼を返す。

 ゆったりとした音楽が流れ出した。

 身長も、歩幅も異なる二人のダンスは、どうしたって不格好になってしまう。

 その上婚約者という噂を肯定することになりかねないからと、打ち合わせでは夜会の参加のみで十分だと聞かされていたのに。

 体格差のある彼に視線だけで問えば、簡潔な理由が返ってきた。

「絡まれていたから、心配になった」

 どうやら、遠い壇上からハラハラと見守っていたが、我慢の限界となったらしい。

 チラリと視線を遣ればリューリの食い入るような眼差しとかち合い、養父が大騒ぎをするよりはましだったのだろうと理解する。

「問題ないと、ロメウス様からも事前に聞いていたはずですが」

「問題ないから心配しないとは限らない」

 屁理屈だ。

 カトレアは半眼になってギルディオを見上げる。

 不意に、直前のメイナの言葉が甦った。

 同じ色だと言っていた。カトレアにある悲しい色。どうしようもなく、傷付いた色。

 彼も、同じ苦しみを抱いているのだろうか。

 肩に載せられた分厚い手の平。カトレアなどすっぽりと収まってしまうほど大きな体から、彼の体温が伝わってくる。

 こんな形式的な触れ合いにさえ、心を揺さぶられてしまうのだから。

 ……向き合うべき時が、きっと来たのだ。

 カトレアは詰めていた息を吐き出すと、ギルディオとしっかり目を合わせた。

「陛下。いつでもいいので、私に時間をください」

 彼が息を呑んだのが分かった。

 緑の瞳がゆらゆらと彷徨い、やがて逸らされる。

「……あなたはずるい。ご自分こそ逃げたくせに」

 どこか不貞腐れたような響きは、騎士時代の彼を思い出す。今よりずっと明るく、感情表現も豊かだったあの頃。

「何の話かさっぱり分かりませんが」

「ほら、言い逃げだ」

「聞き捨てなりませんし、あなたの方こそ私の申し出から逃げているように思いますが」

「国王は忙しいから、安易に確約などできぬ」

「ほら、逃げていらっしゃる」

 くるくると回りながら、周囲で踊る貴族達に聞こえない声量で応酬する。

 瑠璃色のドレスの裾は可憐に舞い上がっているけれど、カトレアの視線は対照的に鋭い。

「それに、今はくだらないことを話している場合じゃありません。――陛下も、気付いていらっしゃるのでしょう?」

 しっかりと頷き返すギルディオの表情も、ダンスに似つかわしくない厳しいもの。

 狼の獣人は嗅覚に優れているので、彼ならばとっくに気付いているだろうと思った。

 この、舞踏の間に充満する、火薬の匂いに――。

「――そこまでよ!!」

 広間中に響き渡る声を上げたのは、深紅のドレスを翻す令嬢だった。

 結い上げた髪も、金細工の装飾品に埋め込まれた宝石も、全てが赤で統一されている。燃え上がるような大輪の花――ボルテオ王国の公爵令嬢リリアンネ・ゴルダーその人だ。

 彼女は広間の中心へ躍り出て、高らかに叫んだ。

「レディラム王国を乗っ取った卑しき家畜達よ! わたくしは、獣人の魔の手からこの国を解放するためにボルテオ王国からやって来た! 正義を、取り戻すために!」

 静まり返った広間に、一気に緊張感が張り詰めた。取り乱し暴れ出す者はいないけれど、誰もが赤毛の女性の挙動に注目している。

 ダンスをやめたカトレア達も、ゆっくりと彼女を振り返った。

 リリアンネは目を血走らせており、呼吸も荒い。とても落ち着いているとは思えなかった。

 震える手に持った筒のせいだろう。あれは、人など簡単に吹き飛ばす威力をもった兵器だ。

 細い筒は独特の匂いで存在を主張している。

 確かに火薬……爆薬の匂いだった。

「この舞踏の間には、これと同じ爆薬が複数箇所に仕掛けられているわ! これに火を点けて投げ込めば連鎖的に全てが爆発し、広間ごと吹き飛ぶの!」

 死なば諸共という過激思想に染まりきっているのだろう、リリアンネ自身を守るものは持っていないようだ。命を賭けた政治的破壊行為。

 エレミネアとフィネアはさすがに青ざめて慌て出していた。この国に義理があるわけでもないので逃げ出したいと思うのも当然だろう。

 逆に、リリアンネの暴言を泰然と受け止めている国内貴族が複数名おり、突発的な事態への対応力はさすがと言える。

 現在の王城を動かしているのが優秀な者ばかりということなのだろう。個々の思想はともかく、獣人族も人族も互いの能力を認め合っている。

 それらの頂点に君臨するギルディオが、動いた。

「――そなたの盲言は我が国への侮辱とみなすが、覚悟はよろしいか?」

 ゆったり歩む彼から放たれる覇気を前に、リリアンネは僅かに委縮する。

 ギルディオには確かに王者の風格があった。生まれながらに人の上に立つ宿命を持つ、漆黒の狼。ざわりと、彼の髪が揺れる。

「そなたはボルテオ王国を代表する外交官。行動には責任が伴う……それを、覚悟しての発言であるのかと、聞いている」

 今後敵対関係になったとして、その火種を起こしたボルテオ王国側に非があると証明するのは実に容易い。この場にはリマ帝国やアイルガーデン王国の外交官もいるのだ。

 徹底抗戦も辞さない構えで問うギルディオに、リリアンネは取り乱した。

「ど、どう脅そうとわたくしは屈しない……どうせこのまま、全員滅びるのだか――……!」

 破れかぶれになった令嬢の手から、あっさりと爆薬を取り上げたのは獣人の騎士だった。背後から音もなく忍び寄り武装解除する手際は鮮やかだ。

 また別の騎士があっさりとリリアンネを拘束し、彼女は呆然としている間に無力化されてしまった。あまりに素早く事態が終息したせいで、広間に集う大半が付いていけていない。

 リリアンネの目の前に立ったギルディオが、余裕の笑みを浮かべた。

「全員滅びる、と言うが、どれほど待とうが爆発は起こらないぞ」

「な……」

「残念であったな。仕掛けられた爆薬は、全て処理済みだ。あそこにいる――カトレア・セフィルス子爵令嬢の助言もあってな」

 リリアンネの苛烈な眼差しがカトレアを捉える。

 カトレアは努めて優雅に辞儀をしてみせてから、ゆっくり顔を上げた。



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