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拒む色

いつもありがとうございます!

「……二週間後に、ご帰国されるのですよね」

 表向きはたいへん有意義な交流として、実際は特にこれといった成果もないまま、花嫁候補達の帰国が決まっていた。

 元々明確に期間を区切っていたわけでもないため、突然の発表にカトレアまで驚いたものだ。

 それに伴い盛大な夜会が執り行われるらしく、最近の王城内はどこか気忙しい空気だった。

「せっかくこうして仲良くなれましたのに、メイナ様とお別れすることを、寂しく思います」

「大丈夫。ミケルが、いる」

 こっくりと頷くメイナに、カトレアは目を瞬かせた。それは、伝書鳥を使ってこれからもやり取りができるという意味だろうか。

 頬を緩めるカトレアに、彼女はさらに続けた。

「それに、夜会で、会える」

「……はい?」

 カトレアの笑みが凍り付く。

 聞き間違いだろうかと首を傾げれば、メイナも同じように頭を傾けた。

「そう、聞いている。婚約者も、出席すると」

「こっっっ……!!」

 婚約者という衝撃的な言葉に、危うく絶叫がほとばしるところだった。

 カトレアは承諾したつもりなどないのに、いつの間にかギルディオとの間で既成事実が出来上がっている。国王からの求婚を断れる令嬢がいるはずもないのだから、婚約は確定したものと解釈する者がいても不思議ではないけれど。

 とは言うものの、本人の承諾がないのに夜会の出席が決まっているなんて理不尽すぎる。本来なら七歳という年齢を理由に出入りを禁止されるはずだ。

 できれば冗談だと思いたい。思わずロメウスを振り返ると、彼は平然と口を開いた。

「閣下は既にドレスを用意しているらしいですが」

 嬉々として、しかしカトレアには悟られぬようこっそりことを運ぼうとするリューリの姿が、目に見えるようだ。気付いていたらその場で拒否している。

「何より陛下が、カトレア様のご出席を心待ちにしておられるのです」

 ギルディオの意思なのだと言われれば反論の余地はないだろう。

 カトレアは頭が痛くなった。どのような顔で会えばいいのか分からないと悩んでいたのに、いきなり対面が決定するとは思わなかった。

 ――いえ……まだ遅くないわ。仮病でも何でも断る理由を作ってしまえば……。

 必死に思考を巡らせるカトレアの手に、メイナの手がそっと重なった。

「私も、楽しみ」

 年上の女性が見せる、無邪気としか形容できない純粋な笑み。

 あまりに無垢で眩しく、カトレアの中に込み上げていた邪悪な考えが浄化されていく。この信頼を、誰に違えることができよう。

「そう、ですね……メイナ様も、ご出席なさるのなら、私も楽しみです……」

 カトレアは力ない笑みを返した。

 そう、メイナのためだ。

 断じてギルディオやリューリの期待に応えたわけではないと、そう考えることで心の均衡を保つ。

 嬉しそうに頷く彼女を見ていると、疑問が湧いてくる。出会って間もないどころか、大して言葉も交わしていないカトレア相手に、なぜそこまで親しみを感じてくれるのか。

 じっと見つめていたら、メイナがうっすらと目を細める。漆黒だと思っていた瞳は光を弾くと、赤や青、緑など、複雑な色彩を帯びる。

「メイナ様の瞳は、とても綺麗ですね」

 まるで黒真珠だ。瞬くたびに色彩が変化して、いくらでも眺めていられる。

 うっとりと息をつくカトレアに、彼女はおかしそうに笑った。

「カトレア様も、心の色、綺麗」

「心の、色?」

 無意識に胸を押さえてみるも、カトレアには何も視えない。

「メイナ様、すごい能力があるのですね」

「すごくない。スウェン・テュールでは、それなりに生まれる。特殊な力、ある子ども」

「では、メイナ様だけでなく、スウェン・テュール連邦全体が、すごいのですね」

 初対面にしては驚くほど信頼されているのも、心の色が視えるからだろうか。他の候補者達の陰湿さを思えば、距離を置いているのも自らの意思ということになる。

 故郷を称賛され照れくさかったのか、メイナはむず痒そうに身をよじった。

「疑わない人、珍しい。……でも、カトレア様は、信じてくれると、思った」

 彼女の視線は、カトレアの周囲を眺めるかのようにゆらゆらと揺れている。ようやく真っ直ぐ目が合ったかと思えば、メイナは労りの混じる笑みを浮かべた。

「カトレア様の心、澄んだ緑。優しく、穏やか。だけど真ん中、悲しい色、ある。どうしようもなく、傷付いた色。拒む色。心、独り――泣いている」

 気遣うような優しい声音が、カトレアの心の底にぽつりと落ちた。




 森小屋のいつもの席について、カトレアはため息をこぼす。

 昼間メイナに言われた言葉が、頭から離れない。

 あれから何をする時もぼんやりしていたから、ロメウスにも迷惑をかけてしまった。

 澄んだ緑。そう言われて思い浮かぶのは、ギルディオの瞳の色だ。

 森を閉じ込めたかのような、深く柔らかな色合い。あれほど綺麗な色を他に知らなかった。

 カトレアの心の色が彼の瞳の色に似ているなんて、たとえるだけでも冒涜だ。

 綺麗なはずがない。憎しみと苦しみ、復讐に凝り固まった心は穢れている。

 あの瞳に映っていいはずがない。

 ましてや、愛される資格など――。

「お嬢様が元気ないなんて、もしかして『陛下を不幸のどん底に突き落とす計画』が、失敗に終わったんですか?」

 急に視界に飛び込んできたルピナに、カトレアは椅子の上でのけ反った。

 ファナが紅茶を淹れている間についぼんやりしていたようだが、友人でもある彼女は遠慮も知らずに手元を覗き込んでいた。腕の下には、以前に書いた復讐計画の用紙がある。

「まぁ、うまくいくはずないですよね。私も、お嬢様が不敬罪で捕まらずに済んでホッとしましたよ。もちろん、もう諦めるんですよね?」

「失礼ね、計画は頓挫してはいないわ。難航しているのは確かだけど」

 花嫁候補とされる令嬢方の、メイナを除く全員に難があるとは想定外だった。

 国王の婚姻は国同士のものだと考えればどこが相手でも問題ないのだろうが、ギルディオとリューリには幸せな結婚をしてもらわないと意味がない。獣人への偏見さえなければ問題ないというカトレアの読みが甘かったのだ。

 しかも今となってはカトレア自身の名が婚約者として挙がっているのだから、思うようにいかないことだらけだった。

「それでも私は諦めないわ。陛下を不幸にするために、幸せな結婚を実現させてみせる」

 こぶしを握って宣言すると、なぜかルピナが口を押さえながら噴き出した。

「……何よ?」

「だって……お嬢様、いつも不幸にしてみせるとか息巻いてますけど、傷付けようとか殺そうとかって、一度も考えたことないですよね」

 肩を震わせて笑いを堪える友人に、咄嗟に何も返せなかった。

 一思いに殺したら、復讐にはならないから。前世で奪われた家族の命は、たった一つの命では贖えないから。永く癒えない傷を、刻み込みたいから。

 どれも本当だが、どれも表面的なもの。上っ面。

 途端に分からなくなって頭を押さえた。

 メイナの言葉が甦る。

 悲しい色。どうしようもなく傷付いた色。拒む色。独り、泣いている――。

「……やられたら、やり返すの。私以外、それができる者はもう残っていない。私が憎しみを忘れたら全部無意味になってしまう。傷付けられたから、傷付けなきゃいけない――……」

「――その先に、お嬢様の幸せはあるのですか?」

 凛とした声に遮られ、カトレアは我に返った。

 いつの間にか、キッチンから戻っていたファナが近付いてきていた。おっとりとした笑みを絶やさない彼女が、今はやけに神妙な顔をしている。


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