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復讐したいのに、もふもふ陛下の溺愛から逃げられません!  作者: 浅名ゆうな


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花嫁候補見学散歩

よろしくお願いします!

 朝から家令にこってりと絞られたカトレアは、一週間ぶりに登城していた。

 今回は馬車の中で釘を刺しておいたため、それほど手こずることなくリューリと別れる。王城図書館前で腕を組んで待ち構えていたロメウスが、『厄介になるのは娘が原因だが、鎮められるのもまた娘だけか』と呆れるほどだ。

 カトレアは手早く挨拶を済ませると、早速宰相補佐見習いに提案した。

「今日は実地学習ということで、来賓の令嬢方をこっそり見学してみたいです」

「君が見つかる危険性が高い。却下だ」

 花嫁候補の令嬢達が続々と到着していると聞いて、計画を実行できると勇んできたのに。

 だがここはカトレアも譲れない。候補者達がどのような人物なのか、そしてどのような使用人を連れているのか、調査をしないことには帰れない。

 食い下がるべくカトレアは頭を下げた。

「どうかお願いいたします、ロメウス様。陛下とお父様の幸せな結婚のためなのです」

「……はぁ? 何言ってんだ?」

 酸っぱいものでも食べたような顔になったロメウスから、下街育ちらしい乱暴な口調が飛び出した。

 ついうっかりと慌てて口を塞いでいるが、カトレアだって養護院育ちだ。荒っぽい言動くらいで動じることなく話を続ける。

「どうしても駄目ということでしたら、父には内密に別行動ということでいかがですか? ロメウス様も本来の業務に戻れます」

 情に訴えるより、彼にも利を提示する方が有効だろうと取引を持ちかける。

 ロメウスははじめから、カトレアの教師役に乗り気ではなかった。子どものお守りから解放されればさぞ喜ぶに違いないと思っていたのに、彼ははっきりと顔をしかめた。

「君はわりと賢いが、はっきりと馬鹿だな」

「なっ……」

「閣下のご息女を、城内で独り歩きさせられると思うか? そもそも各国の来賓達が城内をうろついているというのに、獣人である上に何を仕出かすか分からない厄介者を野放しにしておけるはずがない」

 正論だ。

 だがリューリの養女という扱いと、野放しにできない厄介者という扱いに、落差がありすぎではないだろうか。要人でありながら奇人なのか。

 押し問答の末、『遠くから見るだけで不用意に近付かなければ』という条件が落としどころとなった。それでも許可をもぎ取れたのだから、カトレアはやる気に満ちている。

 来賓は全員、東棟に逗留しているという。

 東棟の中ならば王国側の許可を取らずとも自由に過ごせるということで、丁重に遇されているらしい。まだ到着したばかりの令嬢達からは外出許可が上がってきていないので、今日も全員東棟にいるだろうとのことだ。

 カトレアは、意気揚々と東棟に向かった。

 王城内部を把握していないので、当然ながらロメウスも一緒だ。きょろきょろと落ち着きなく周囲を眺めるカトレアに、彼はこっそり笑っていた。

 世間知らずと侮られているようで、見返す眼差しについ非難がこもる。

「……それほど私が間抜けに見えますか?」

「君がとびきりひねくれているのは知っているが、子どもとしては正しい反応だと思うぞ。せっかく我が国の贅の極みを見ているんだ、興味を持たないでどうする」

 ロメウスも、学院を卒業して宰相府に配属されたばかりの頃は、毎日目に映るものが華やかすぎて目眩の連続だったという。

 けれど、微笑ましい話で終わらせないのが彼だ。

 教師役としての使命感なのか、目についた絵画などの歴史や背景を詳細に語って聞かせるから、これがなかなか面白い。

「たとえば、この絵画の画面右下に描かれている花があるだろう? これが描かれているだけで、正面で剣を構えているのが、初代国王にして祖国をリマ帝国から守ったと言われている、英雄王リガロスと解釈できるんだ」

「英雄王なのに、花ですか」

「リガロスは愛妻家としても有名で、王妃ベナがこの花を特に好んでいたと言われている。つまり、花を王妃に見立て、共に画布を飾ったということだ」

 平民の識字率が低かった頃、文字がなくても誰が描かれているのか分かるようにということで、こういった表現法が好まれたのだという。

 他にもリンゴが描かれていれば第三代国王、蛇が描かれていれば第六代国王など、それぞれに象徴するものがあるらしい。

「……革命で弑された、先代の国王の象徴は?」

 静かに問うと、画布から目を離したロメウスがこちらを向くのが分かった。

 視線を感じつつも、カトレアは彼を見返さない。感情を排し、初代国王の勇猛な姿を見つめ続ける。

 ロメウスは、どこか慎重な声音で答えた。

「歴代でも特に民衆に好まれない王だから、悪意をもって風刺されることの方が多い。生前はフクロウと共に描かれていたらしいが、現在の先王の象徴といえば――豚だ。年貢を過剰に吸い上げ国民に多くの餓死者を出した、暴飲暴食の王」

 家畜になぞらえることで、民衆も憂さを晴らしているのかもしれない。

 恨まれながら死んだ先王への扱いに、怒りの声を上げる者などいないだろう。

「そう……ですか」

 けれど、せめてカトレアくらいは。

 前王朝の失態は決して許されることではないけれど、王女の記憶を受け継いでいるカトレアくらいは、少しの憐憫を抱いても許されるだろうか。

 玩具しか与えてくれない人だった。

 余命幾ばくもない王女は、優しく都合のいい世界で夢を見ていればいいとばかり、目を塞がれて。

 それでも、半年に一度くらいは顔を見せてくれた。少しの後ろめたさを覗かせながらも、毎回体を気遣ってくれた。

 弱く、どうしようもない父王のために祈れるのは、きっとカトレアただ一人。

「カトレア、どうした?」

「――いえ、早く行きましょう。ロメウス様の講義が面白いせいで、なかなか進めません」

 カトレアはロメウスの視線から逃れるようにして、回廊を歩き出した。今だけは、感情が面に出ない気質でよかったと思う。

「おい、勝手に進むな。令嬢方に見つかったらどうするつもりだ?」

 軽く引き留められ、思考に沈んでいたカトレアは目を瞬かせる。

 どうやら歩いている内に、東棟の区画に入っていたらしい。貴賓を招くための場所だからか、どことなく装飾も華やかになったように感じる。

「そうそう出くわすこともないだろうが――……」

 ロメウスの言葉が不自然に途切れる。

 不思議に思って彼の視線の先を追うと――回廊の向こう、角を曲がったところでこちらを見つめる女性がいた。

 一目で高貴な生まれだと分かる女性は、不快そうな表情を隠しもしない。彼女の視線は、カトレアの頭の上にある耳だけを見据えている。

 素早く回廊の端に寄って低頭するロメウスにならおうにも、カトレアも一応子爵家の令嬢ということになっている。王城で働く文官と同じ対応でいいのかという一瞬の迷いが、目を付けられてしまった。

「――満足に頭を下げることもできないのね」

 苛烈な声に打たれた、カトレアは身をすくめる。

 驚くほど容赦なく、憎々しげな声音。

 頭をよぎったのは、可愛げのないカトレアを毛嫌いしていた養護院の院長の眼差し。汚物でも見るかのように歪んだ表情が、よく似ている。

「お前、私の言っていることが分からない? 頭を下げなさいと言っているのよ」

 薔薇色の巻き毛と、同色の瞳。さながら大輪の薔薇のごとき女性は、その刺々しさまで体現しているかのようだった。

 他国の王城内でこれほど横柄な態度をとるなど、彼女の方こそ眉をひそめられてもおかしくない所業だ。これでもし一言でも獣人に対する侮蔑を吐いていたなら、今頃たいへんなことになっていた。

 ロメウスから授業を受けた時の忠告が甦る。

 最も接触してはならないのは、どの国の来賓か。

 遅ればせながら頭を下げると、真っ赤なヒールがカトレアの前で止まった。


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