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どうやら国王は独身を貫くらしい

本日二話目です!

 冷え切っているで片付けられる状態ではない。

 カトレア達の周囲どころか、館内全体の空気まで凍り付いているような気がした。

 笑っているのはカトレアと、高みの見物を決め込んでいるロメウスのみ。彼は神経が図太い。

「忙しいお二人に集団見合いなどご負担なのでは……と憂いておりましたが、このようなところに張り付いているお暇があるのなら、心配いりませんでしたね。どうぞ、ご存分にお楽しみを」

 幼女とは思えない迫力のある笑みに打たれ、ギルディオとリューリはおおいに慌てた。浮気を疑われた旦那のように焦って弁解をはじめる。

「誤解である! 俺はカトレア様一筋……ではなく、お見合いと騒いでいるのは臣下達だけなのだ! 結婚するつもりなど毛頭ない!」

「私も同様です! あなたが幸せになるのを見届けるまで身を固めるつもりなどありません! つまりあと百年近くはカトレア様を一番近くでお守りさせていただく所存ですので!」

 口々に主張する二人に、疑問を差し挟んだのはロメウスだ。

「猫獣人の青年期が終わるまで結婚させないつもりですか。……確か、二十歳までは人族と同じ速度で成長するから、あと十年も経てば適齢期ですが」

「ロメウス、余計なことは言わないように!」

 上司の剣幕に、さすがの彼も引いている。憧れの相手の幻滅するところばかりを見せてしまい、たいへん申し訳ない。

 私語厳禁の図書館で、国の頂点がさらに息巻く。

「俺はリューリと違って、何があろうと絶対に結婚しないぞ! 民主制への移行が成されればそもそも後継者などいらないのだからな!」

 ギルディオが見せた爽やかな笑顔には、一片の曇りもない。本気で生涯独身を貫くつもりらしいが、それでいいのだろうか。

 輝かんばかりの笑顔に、どこか無理が生じている。――まるで、心が壊れかけているような。

 そう感じるのは、現状の彼が全く幸せそうに見えないからだろうか。

 前世の家族を殺した相手のはずなのに、カトレアはギルディオの笑顔を直視できなかった。




 王国の二大権力が乱入したことで、勉強会はお開きとなった。

 帰りの馬車の中、カトレアは遠ざかっていく王城をぼんやりと眺めている。

 まだ昼前だというのに無理やり王城を辞した養父も、ちゃっかり向かいの席にいる。重ね重ねロメウスには申し訳ない。

「……お父様はなぜ、結婚せずに私を引き取ったのですか?」

 二十九歳のまだ青年期、必ずしも養子を引き取らねばならないという切実さはなかったはずだ。カトレアには、ギルディオと同じ決意を秘めているように思えてならなかった。

 リューリはしばらく黙り込んだあと、透明な笑みを浮かべた。

「私には……縁のないことですから。陛下も同じお気持ちでしょうが、あの方の立場では周囲が放っておかない。私以上に。少し――同情します」

 琥珀色の瞳が柔らかく揺れている。笑っているのに、リューリもまた泣きそうだった。

 儚げな風情はどこかへ消えてしまいそうで、カトレアは思わず彼の手を握る。

 蛇の獣人だからか、リューリの体温は低い。それでも違和感がないのは、互いの種族が違うことを認めているから。

 獣人には様々な個性があって当たり前。カトレア自身だって、抜きん出た聴覚を恐れられたところでどうしようもないのだ。換毛期の抜け毛も。

 互いの違いを受け入れ、尊重するところから獣人の交流ははじまる。手を取り合える。

 リューリのしっとりとした肌は、とても気持ちがいいものだ。夏の夜、素肌にまとわせて眠ることができたら極上の心地なのではないだろうか――。

 陶然と感触を楽しんでいたカトレアだったが、危ういところで我に返る。

 涙目で歓喜に打ち震える養父が間近にいるのだから、冷静にならざるを得なかったともいう。

 咄嗟に慰めるような行為に走ったことを後悔しつつ、カトレアは言い訳がましい憎まれ口を叩いた。

「これ以上、お父様が近付いて来ないようにという対策です。あなたと二人きりでは、何をされるか分かったものではありませんから」

「ぐはっ……!」

 胸を押さえて俯きながらも、リューリの口許は気味の悪い笑みを湛えていた。

「辛口かと思いきやほんのり甘さが見え隠れしていて、絶妙……より翻弄される……」

 変態的なことを呟く養父を見下ろしながら、カトレアはギルディオの笑顔を思い出す。一片の曇りもないのに、どこか壊れているような笑みを。

 ギルディオもリューリも間違いなく笑って暮らしているのに、カトレアの感覚ではどうしても幸せに見えない。

 どのような態度をとられても笑って受け入れるなど、やはりおかしい。

 ――心が、壊れている? だから、二人共、幸せじゃない……?

 人は、幸せと不幸の落差に傷付くものだ。

 幸せの絶頂にいるからこそ、不幸のどん底に突き落とすこともできる。逆に言えば、元々不幸である者をさらに追い込むには、並大抵の衝撃では適わないのだ。

 カトレアはこぶしを握り締めながら決心した。

 幸せじゃない者を不幸にすることが難しいのなら、一度幸せにする必要がある。壊れた心も、一度治してから粉々に砕いてしまえばいいのだ。




「……と、いうことで。その集団お見合いとやらを利用し、陛下とお父様に幸せな結婚をしてもらおうと計画しました」

「いやいやいやいや。それ結果的に、親の幸せを願うただの良い子ですよね」

 夕食後。いつものように向かった森小屋にて決意表明をすると、ルピナは呆れた様子を隠しもせずに否定した。

 ようやくたどり着いた結論を馬鹿にされた気がして、カトレアはむきになって反論する。

「馬鹿を言わないで、これも立派な復讐計画の一環よ。愛する伴侶を得て、ようやく築き上げた幸せな家庭を失う――傷付けるには有効な手段だわ」

 カトレアは確信したのだ。

 人は家庭に一つの終着点を見出す。

 ルピナの両親だって互いへの愛情に溢れていて、見るからに幸せそうだ。

 ならば、ギルディオ達にも結婚をしてもらうのが一番手っ取り早い。

 今回は政略的な集団見合いという席だが、カトレアがうまいこと運命的な出会いを演出してしまえばいいのだ。こういった場合、やはり恋愛結婚の方が幸福度も大きいはず。

「そうと決まれば計画を立てなくては。今のところ情報が出ているのは、各国が候補に挙げた人族の女性四名ね」

 さすがに宰相、外交に関われないとはいえ、リューリは女性達を把握していた。カトレアは帰りの馬車の中、これらの情報を無理やり聞き出したのだ。

 国同士の繋がりも考慮するならば、最も期待できるのはアイルガーデン王国の第三王女、エレミネア王女だろうか。

 小国ながら貿易で発展している海運国ということで、古い慣習に囚われない国民性が特徴らしい。獣人への偏見が少ないというのは好条件だ。

 次いで考えられるのは、東のスウェン・テュール連邦からやって来るメイナ第七王女だ。自治性の高い州で成り立っている連邦だけあり、文化の違いを尊重し合えるはず。

 どちらも人族ゆえ寿命の観点での障害はあるものの、そういった逆境も恋を燃え上がらせる材料になると、以前ファナから聞いた。

 テーブルに広げた紙に復讐計画を書き込んでいると、そのファナがニコニコしながら茶を運んできた。ルピナとの会話が聞こえていたのか、楽しそうに紙を覗き込む。

「まぁ、さすがお嬢様です。『陛下を不幸のどん底に突き落とす計画』と銘打ってあるわりに、旦那様と国王陛下のための『幸せな結婚計画』となっておりますのね」

「お母さん、よく見て。『遭遇する頻度を増やす』とか『突発的な事故』とか『無理やり二人きりの状況を作り出す』とか、内容が結構不穏だから」

「ルピナったら、厳しいわね。反逆を企てるよりもずっと素敵なことじゃない」

 羽ペンを置いたカトレアは、親子の言い合いに口を挟んだ。

「ファナの期待を裏切るようで申し訳ないけど、幸せにさせるのはあくまで通過点に過ぎません。器量のいい相手と結ばれ有頂天になったところで、私が高笑いをしながら蹴落とします」

 この屋敷の当主を不幸にすると宣言しているのに、ファナはのほほんと笑うばかりだ。

「まぁ、お嬢様の高笑い? 私も見てみたいです」

「笑っていられるのも今の内ですからね。次の就職先を探しておいた方が身のためですよ」

「はい、心しておきます」

 テーブルに茶器を置いたファナが、カトレアの銀髪を優しく撫でる。

 その心地よさに目を細めながらも、頭の中では綿密な計画を立てていた。

 週に一度の勉強会のおかげで、城内への出入りは比較的自由にできる。宰相の養女という立場があれば、花嫁候補達とも接近できるかもしれない。

「早速、各候補者達と、彼女達が連れている使用人を調査してみます」

「その前に、紅茶とお菓子はいかがです? 寝る前なのでたくさんは召し上がっていただけませんが、お嬢様の好きなマーマレードマフィンもあります」

「早速いただきましょう」

 雇い主の養女の頭をニコニコと撫で続ける強すぎる母親に、ルピナはすっかり遠巻きになっていた。



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