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他国からの賓客について

おはようございます!

今日もよろしくお願いします!


 数分も経たず戻って来たロメウスは、今日はレディラム王国と周辺国について教えると告げた。

「周辺諸国から賓客が来て、それなりに長く滞在する予定だからな。身近な出来事と絡めて学べば吸収も早いだろうし、万が一遭遇した際、君に粗相があっても困るからいい機会だ」

 ロメウスが広げた分厚い書物には、地形図が広がっている。レディラム王国を中心にしたもので、彼は指でたどりながら周辺国の名を挙げていく。

「レディラム王国の北に接地しているのが、アイルガーデン王国。小国ながらも貿易で発展している海運国だ。その隣がリマ帝国。言わずと知れた大国で、外交上も細心の注意を払わねばならない。あちらからすれば我が国など、吹けば飛ぶ塵に等しい」

 そのさらに隣、レディラム王国の南に位置するのがボルテオ王国。かなり古くから人族の文明があったと言われている、歴史が深い国だという。

 レディラム王国の西にあるのはスウェン・テュール連邦。自治性の高い幾つもの州で成り立っており、彼の国とボルテオ王国との間に存在する島国とも親交が深いらしい。

「……以上四つの国から来賓があるわけだが、この中で君が接触するとまずいのはどの国だと思う?」

「失礼があってはならないという意味ならば、やはりリマ帝国でしょうか」

「残念、ここだ。ボルテオ王国」

 ロメウスの指先が、レディラム王国とさほど変わらない面積の国を指した。歴史ある国、という以外の印象は受けなかったが。

 首を傾げるカトレアに、ロメウスは切れ味の鋭い笑みを見せた。

「人族が築き上げた国――つまり以前の我が国同様、獣人を迫害しているということだ」

「!」

 咄嗟に耳を押さえれば、彼は笑みを和らげた。

「安心しろ。親交を深めるために来訪する以上、滅多なことはないはずだ。この国は城内で働く獣人族が多い。だが、君が目を付けられると少々厄介だ。もし出くわしそうになったら、視界に入る前に姿を消しておけ」

 それは、来賓に対する非礼にあたらないのか。相手は人族、素早く動ける猫の獣人だからこそ、視界にさえ入らなければ問題はないだろうが。

「なぜ、私が外交官に目を付けられるという前提で話すのでしょうか?」

「外交官とは名ばかりで、実際は未婚のご令嬢方だからな。これは親交を深めるためという体裁で行われる、いわば集団見合いだ」

 カトレアは目を見開いた。

 高貴な令嬢が集うというのだから、その相手は決まっている。

 未だ独身のままでいる、ギルディオのための見合いなのだ。そして、カトレアが目を付けられるかもしれないということは、つまり――。

「結婚を急かされているのは、閣下も同様だ。それゆえあの方は、今回の外交に一切関与できない。だからこの多忙な時期に僕まで抜けるのは、宰相府にとっても痛手だというのに……」

 ロメウスは不満をこぼしはじめたが、その全てがカトレアの耳を素通りしていく。

 ギルディオとリューリのための集団見合い。

 言われてみれば養父も国王も独身で、周囲がやきもきするのは当然だった。

 こくり、と喉が鳴る。

 胸の底のざわつきは、養父の縁談話に対するものなのか。それとも、久しく見ていないあの闊達な笑みが、誰かのものになるからか――。

 カトレアは、カラカラに乾いた唇を開いた。

「……人族の、ご令嬢ですよね。そもそも獣人族とは寿命が違いすぎるのでは」

 未だに獣人を忌避する傾向にある国からまで、わざわざ相手を招く必要などあるだろうか。

 国内に目を向ければいい。獣人の国王が誕生し、貴族の中にも獣人族が増えてきている。獣人同士でも種族が違えば寿命は異なるが、人族よりよほど釣り合いが取れるだろう。

「確かに招待されたのは全員が人族だが、ついてくる使用人には獣人が多いだろうな」

 なぜ……と問う前に答えが分かった。

 令嬢を送り込む国側としては体面を保たねばならないため、人族を筆頭候補としているにすぎないのだ。実際には、選ばれる可能性の高い獣人の使用人達の方が本命。

「お手付き狙い、ということですか」

「カトレア嬢は、わりと賢いな。そして、とびきりひねくれている」

「……『わりと』と『とびきり』の使いどころが間違っておりません?」

 承知していたつもりだが、何たる無礼。

 貴族だ平民だとか身分の問題ではない。人としてどうなのかという話だ。

 しかし殺伐とした対話さえ楽しんでいる節のあるロメウスは、不遜な態度を崩さない。

「我が国は現在、緩やかに民主制へと移行している段階だ。陛下のお相手に身分が関係なくなるからこそ、各国もそういった手段に出るのではないかという、あくまで僕の予想にすぎない」

 ほとんど断定口調だったくせにと、胸の内だけで反論する。

 彼に不満を言えば、七歳の子ども相手とは思えない威力の皮肉が返って来ることを悟ったからだ。

 そうでもなければ、理解しているかを確かめるためだけに、養父の再婚話など持ち出さない。一体カトレアの何を面白がっているのか。

「これまでは国の立て直しに注力するためと結婚を回避していた。さすがにこれ以上の引き延ばしはできなかったのだろうな」

「……あのお二方は、なぜこれまでご結婚なさろうとしなかったのです?」

「僕が知るわけないだろう。臣下からは常にせっつかれていたが……まぁ、君への接し方を見ていれば想像に難くない」

 顔を上げると、反応を楽しむような眼差しとぶつかった。ロメウスの態度はまるで、こちらを試しているみたいだ。

「聞きたいか?」

「……」

 カトレアは、震えそうになる指先を握り込んだ。

 なぜ、動揺しているのだろう。

 何が怖いのだろう。

 彼らが結婚するかもしれないと聞いただけなのに、思いのほか衝撃を受けている。カトレアには関係ないはずなのに、なぜ。

 はぁ、はぁ。やけに呼吸がうるさい。

 はぁ、はぁ、はぁ――。

 ふと、我に返った。……この荒い息遣いはカトレアのものではない。

 顔を上げ、素早く辺りを見回す。

 等間隔で連なる本棚の陰からこちらを観察している、二対の瞳を捉えた。

 興奮に息を荒らげ顔面を崩壊させたリューリと、先日と同じく食い入るように見つめるギルディオ。彼らの周囲だけ異様な空気を放っていて、国の頂点でさえなければ騎士に捕縛されていただろう。

 正面に座るロメウスは、肩を震わせて笑っている。とうに彼らの存在に気付いていたから、カトレアの反応を面白がっていたのか。

「……宰相府はご多忙なのでは?」

「ククッ……正直僕もはじめは見間違いかと思った。閣下はこの短時間で、どのようにして厳戒な包囲網をくぐり抜けたのか……」

「変なところに感心していないで、気付いた瞬間同僚のどなたかに報せてあげてください……」

 賓客への対応以外にも、仕事はいくらでもあるはずだ。忙しい宰相府のためにリューリを野放しにしてはおけない。もちろん国王だって。

「お二方、何をしていらっしゃるのですか?」

 カトレアは冷えた声で問いかける。

 とっくに目が合っていたのに、彼らはなぜか大げさに肩を跳ねさせモジモジと恥じらいはじめた。単純に気持ち悪い人が増えただけだ。

「その、私は、愛しい娘が勉強する姿をどうしてもこの目に焼き付けたかったのです。……想像通り、見ているだけで心が浄化されていくようでしたよ。知識を吸収しようとする真剣な眼差し萌え」

「一生懸命なカトレア様があまりに愛らしく、瞬きさえ忘れていた」

 本当に浄化されたなら、あの欲望にぎらついた眼差しは何なのか。

 カトレアが彼らを傷付けるはずなのに、なぜかこちらばかり負傷している気がした。王女にそっくりというだけでここまで執着するものなのか。

 少し思案したのち、カトレアは微笑んだ。

 珍しい笑顔を拝めたギルディオもリューリも、ますます頬を赤らめる。

「お仕事をされなくて大丈夫なのですか?」

「カトレア様を愛でるのが、私の仕事です」

「おい、ずるいぞリューリ。俺だって――……」

「そうなのですね。――集団見合いのお仕事もあると、お聞きしましたが」

 ギルディオとリューリは、そのまま固まった。



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