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革命の夜

新作です!

どうぞよろしくお願いいたします!

 痛い。苦しい。苦しい。苦しい。

 脆弱な体を引きずって、カトレア・レディラムは塔の最上階を目指す。

 ベッドから起き上がることがほとんどなかったから、ここまで体を酷使した経験がない。おかげで頂上までが、とても長い道のりに感じる。

 顎を伝い落ちる汗を乱暴に拭う。

 熱い。裸足の足が踏みしめる石段の冷たさでは誤魔化しきれぬほど、体が熱を帯びている。

 雑音の混じる自分の呼吸音がひどく耳障りだ。

 螺旋状の階段を幼子よりもゆっくり上る姿は、きっと傍から見れば滑稽だろう。

 それでもカトレアは、必死で足を動かした。

 石段を踏み損ねた体がよろける。石壁に受け止められ事なきを得たものの、病みやつれ骨の浮き出た体が悲鳴を上げた。

 節々が軋む。痛まない箇所を探す方が困難な体が、ずっと忌々しかった。

 けれどそれも、今日で終わる。

 長い階段の果てにたどり着いた重い鉄製の扉を、最後の気力を振り絞って開ける。

 途端、弱った体に容赦のない雨が打ち付けた。

 夜空を切り裂く稲光と、心臓を揺さぶる雷鳴。吹き付ける突風がごうごうと、うなりを上げている。そして時折聞こえてくる――激しい怒号。

 革命が起きていることを教えてくれたのは、カトレア付きの侍女だった。

 レディラム王国は、近隣諸国の中でも獣人族に対する差別がとりわけ激しい。

 身体能力の高さから、多くの獣人が兵として重宝されているというのに、彼らの地位は決して高くなかった。どれほどの武勲を上げても人族のように叙爵されることはなく、ただ使い勝手のいい駒として消耗されていくだけ。

 人族に従うことが当たり前とでもいうかのように、家畜のように扱われ続ける。そんな彼らが、圧政に苦しむ民衆を巻き込んで暴動を起こしたのだ。

 一斉に城内に駆け込んでくる憤った民衆に、レディラム王国の王族達は、なすすべもなく呑み込まれたという。父も、母も、兄姉達も、おそらく無事には済んでいない。そしていずれは、生来の病弱さゆえ塔に隔離されている、末の王女カトレアも――。

 その侍女は革命の首謀者の名を告げると、あとはカトレアなど見向きもせずに逃げ出した。

 引き留めることはできなかった。普段から手を抜いて仕事をこなしていた侍女に、王女と命運を共にする気概を求めてはあまりに不憫だ。

 稲光が王城を照らした。

 内部からの協力者により、民衆はあっさりと城の深部まで攻略したらしい。あちこちに揺れる松明の明かりが、城という生きものを内側から舐め上げているようだった。

 あのどこかで、父はもう首を獲られているのだろうか。母は、兄は、姉は、もうこの世にいないのか。カトレアより先に逝ってしまったなんて未だに信じられない。自分が先に逝くだろうと疑いもしなかった。

 体の弱い末の王女として、それなりに可愛がられていた。

 優しい両親に、思い出したように見舞いに訪れる兄姉。我が身の脆弱さを恨みはすれど、周囲に対する不満など一切なく、概ね幸せだったように思う。

 足元で貧困にあえぐ民の姿に、気付かないほどには。

 呆気ない、王政の幕切れ。

 仕方がない。

 病弱を理由にしても、十七歳の王女が無知であることなど許されなかった。

 仕方がない。

 民の苦しみに無理解だった、そのつけを支払う時が来たのだ。ぬくぬくと守られながら暮らしていたカトレアにも、王族としての責務がある。

 水を吸って重くなった夜着を引きずりながら、何とか塔のへりをよじ登った。

 一際大きな稲光が、昼間のように周囲を明るくする。遠く見下ろす地面に、群生する小さな白い野花が見えた。

 一瞬、暗い感情に囚われていたカトレアを照らす、光のように思えた。

 様々な感情が込み上げる。

 なぜ、どうして。苦しい、痛い、ひどい、怒り、悔しい。

 そしてほんの一欠片の、感傷――。

 ……在りし日、彼はあの花を携えて見舞いに訪れた。

 カトレアが大げさに喜んで見せてからは、毎回必ず摘んでくるようになった。その無骨な気遣いが、くすぐったくも嬉しかった。

 僅かでも、このちっぽけな存在を心に留めてくれる者がいる。自ら相手の許へ赴くことができず、いつ忘れ去られてもおかしくないカトレアを。

 それが何よりの心の支えとなるのに、そう時間はかからなかった。

 闊達な笑みに、いつも見惚れていた。笑うと白く尖った犬歯が覗いて、騎士らしい体つきにもかかわらず、少年のような印象になる。

 許されるのなら、鋼のように輝く褐色の頬に触れてみたかった。彼の熱を感じたかった。

 胸を締め付ける甘い感情を、カトレアは首を振って追い払う。

 この期に及んで彼との幸せを願うわけにはいかない。

 あの思いやりも、笑顔も、全てが嘘だったのだから。

「――カトレア様!!」

 悲鳴じみた呼びかけに、カトレアはゆっくりと振り返った。

 ――待ち人が、来た。


書きかけの作品の続きを待ってくださる皆さま、更新できなくてすみません!

長い目で見ていてくださるとありがたいです!

m(_ _)m

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