7話 学校へ行こう
街路樹達が紅葉し、哀愁漂う中、カティエルとラスヴェートとウォルターを乗せた馬車は学校へ向かっていた。
お子様組は初めて館の外に出たので、窓から目が離せないようだ。本当は窓にかぶりつきたいであろうに、言い付け通り貴族らしく優雅に眺めている体で目だけは世話しなく動いている。
暫くすると校門を抜け、馬車が停留所に停まる。
ウォルターが先に降り、2人を降ろすと周囲がざわついた。
「ヴァンス侯爵家の御二人だわ」
「何と麗しい」
「アルサエル様が大変可愛いがわれているそうよ」
「まるで天使だ」
いや、本物の天使ですけど……と心の中で返しながら受け付けへ向かう。ウォルターが必要な手続きをしている間、2人はぐるりと周りを見渡してみた。
貴族や豪商、獣人も居るが、平民は居ないらしい。所謂上流階級の社会である。
「ラスヴェート様は途中からの入学となりますので、後程教師の方が迎えに来られるまでは、客室でお待ちくださいとの事です。カティエル様は入学式に出席しなくてはなりませんので、あちらの先生の元へお行きください。授業終了の時間になりましたら、先程の馬車を降りた場所近くの待合室でお待ちください」
2人ともウォルターの説明をきちんと最後まで聞き、それぞれの行き先を確認する。
「では、いってらっしゃいませ」
2人ともここからは初めての単独行動だ。
今までは必ず誰かしらが側に居てくれた。人族の社会に人族として紛れ込む第一歩である。
ウォルターは2人を見送りつつも、周囲の目線や噂話などを拾い上げ、アルサエルの代理として入学式の式場へと向かった。
そう。
結局、アルサエルはスタンピート討伐の事後処理が終わらず、帰ってこれなかったのだ。討伐自体は終わったものの、1つの村がほぼ全壊の状態となったらしい。現在は一時的な家を建て、インフラ整備を行っていると聞いている。
本来ならばアルサエルの仕事の範疇を超えているのだが、怪我人が多く治癒師が少ない為に残っているとの事。今朝、神殿から治癒師達が到着する予定で、彼等が到着次第、こちらに来るとは言っていたが、どうやら遅れているらしい。
ウォルターは主の心配は全くしていないが、入学式というイベントに出れない主を気の毒に思いつつ、カティエルを遠くから見守った。
焦げ茶色の制服は、銀色に所々薄く緑がかった腰まで伸びた緩い波を立てる髪を映えさせる。髪はハーフアップにし、品の良い髪飾りで留められており、どこから見ても完璧な令嬢である。
スカートは動き難い方が無茶をしないだろうとの理由でロングスカートを選んだが、目立ってしまっていた。
制服の上着は全校生徒統一だが、スカートやパンツの丈は決まりがない。1年生には膝丈が殆どで、ロングスカートはカティエルしか居ない。高学年になる程ロングスカートの比率が増えていく増えていくようだ。
ウォルターが1年生全体の雰囲気を眺め、カティエルが浮きすぎていないか、問題児となりそうな人物が居ないか確認しているところに、入学式のホール後方入り口からキャーキャーと甲高い悲鳴と、人がバタバタ倒れる音が響いた。
何事かと全員が振り返ると、青い軍服に身を包んだポニーテール姿のアルサエルが騒動の中心に居た。どうやらハイエルフ特有の眉目秀麗なアルサエルの顔にあてられ、気を失うご婦人方が続出したようだ。
だが当の本人は周囲の事はお構いなしに、ウォルターと合流するという目的を果たすためにカツカツと早足で立ち去って行く。その颯爽とした姿に見惚れて気絶するご婦人方が更に追加される。
「間に合ったか?」
「はい。これから校長先生のご挨拶予定です。カティエル様は最前列の左から5番目にいらっしゃいますよ」
言われた場所へ目を向けると、カティエルと目があった。何だか嬉しそうにしているので、無理して来た甲斐があったと感じた。
「カティが退場したら、私は王城に行って今回の件の説明に行かねばならぬ。」
「アルサエル様がわざわざ?」
「私一人で相手していた時間が長かったのでな」
「左様ですか。殆ど寝ていらっしゃらない様ですので、なるべくお早めにお帰りくださいませ」
「あぁ」
顔を正面に向けたまま、口も殆ど動かさずに小声でやり取りを終えた頃、校長の話が終わり、1年生退場となった。
「やはりロングスカートで良かった。よく似合っている」
カティエルの全身制服姿を見たアルサエルは満足気に顎に手をやる。
── この方はバカ親の自覚が無いのが笑えますねぇ。自覚をされてしまうと私の楽しみが無くなってしまうので、それはそれで困りますが。
何にせよ、他人には無関心を突き通してきたアルサエル様にとって良い変化です。
生徒が退場した後、父兄は解散となり、アルサエルと縁を繋ごうとした連中がやってくる気配を感じると、アルサエルは早々に瞬間移動で居なくなった。
残されたウォルターは、気配を消してそそくさと人の波の合間を縫うようにして消えて帰りの馬車に乗る。
── 本日のお夕食は入学祝いとアルサエル様の慰労を込めて、料理長に腕をふるって頂きましょうかね。
3人の賑やかな食卓を思い浮かべ、家路につくウォルターであった。
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~ カティエル編 ~
うわぁ~……アル……目立ってるよ……。
軍服初めて見たけど格好良すぎる!
しかもポニーテールって……ぶはっ!
若作りも良いところだわ。所詮526歳の行き遅れなのに。
無駄に色気を振り撒いて、あちこちに被害をもたらせてるとは恐るべし……。
侍女達がこっそりペンダントにアルサエルの肖像画を入れていたり、ファンクラブに入っているのも頷ける美しさだわ。会報の絵師もアルサエルの特徴を良く捉えて居て、アルサエルに会えない乙女達を癒してくれる優しい絵が多かったから、余計に軍服モードの不機嫌極まりないドSモードに胸きゅんよね。
わかるよ、わかるよ! アルは格好良いもの!
こ、この際、今日からアルサエル様と呼ぼうかしら。結婚したら名前で呼び会うだろうし……。
あぁ、ダメ!
侍女達の入れ知恵のおかげで、精神年齢が7歳に留まらないわ!
どうしよう……
だって、だって!
私の入学式の為だけに仕事を抜けてきてくれるんだもの。しかもあんな素敵な格好で。
アルサエル様は誰にも渡さないんだから。
堕天使となった私を見捨てず、手ずから育ててくれるなんて……悶絶してしまいそうだわ。
もうもうもう、早く大人になって異世界人の面倒をぱぱぱっと見たら、創造神ユネトゥリクス様に婚姻を認めて貰うのだわ。
それまではこの気持ち、誰にも悟られないようにしなくては。
ツンとしたお澄まし顔の下で、よもやそんな事を思ってるだのとウォルターですら気づかなかった。この二面性はラスヴェートすら知らない。知っているのはカティエル専属の侍女達だけである。
そんな心の中はお祭り騒ぎのカティエルが、平静を装ってアルサエルの方を向く。にこり、と令嬢らしく微笑むと、アルサエルの表情が似かに緩んだのが見て取れたので満足して前を向いた。
あぁぁぁぁ~……
アル……アルサエル様……
普段は能面の様な顔なのに、今日は微笑んでくれたわ。
あれは「よくできた」と褒めてくれているときの顔だわ。
私、絶対にアルに認めて貰えるように、淑女として大人しく卒業して見せるわ。
脳内で何度も何度もアルサエルの微笑を再生し、表情を崩さないまま悶絶していると、教室への移動となった。
これはアルサエル様の全身を見るチャンスだわ!
逸る気持ちを抑え、ゆっくりと歩き前の生徒に続いて歩いていく。そろそろアルサエルの座る席の近くだ。そこだけ輝いて見えるとは重症かもしれないと思いつつ、ガッツリとアルサエルを見る準備をした瞬間、アルサエルが立ち上がって瞬間移動で消えてしまった。
のぉぉぉぉぉ~……。
せっかく全身を見られると思ったのに……。
軍服姿なんて出会ってから1度も見たこと無かったのに……。
ん? あれ?
アルサエルって王城で何のお仕事しているのかしら?
今回は本来騎士団の領分の魔獣退治に、瞬間移動できるからって先行で駆り出されたって言ってたでしょ?
王城には毎日通って居たようだけど、魔導師の緩い服が殆どだったし。本来は文官なのかしら。ウォルターは知の賢者と言われてると誇らしげに言っていたわね。
ん~……貴族のお茶会や舞踏会に出てる様子は無かったし、外交官という訳でもなさそうだし。
ってか、ティリエルなのに一国の王族に仕えてるのがそもそもおかしくない? ルヴェルジュ全体の監視者だもの。
あ、だから始めは森の館に居たのか。
ティリエルの存在は王族にしか知らされていないので、アルサエルは一般的には『知の賢者』『ハイエルフ』としての認識だ。爵位も先祖が便宜上貰っただけで、特に領地を治めたりもしていない。
元来、他人が大嫌いなアルサエルが毎日王城に行く事になったのって、私達が原因なのかなぁ。だとしたら嫌だなぁ。
そんな事を悶々と考えがら歩いている内に、教室へと到着した。黒板に席順が書いており、カティエルは1番後ろの窓側だった。
1番後ろの一列を除き、男女交互の席順だ。
前はロッテンマイヤー子爵の子
右はブロワ侯爵の子
後ろはクレトワ公爵の子とその更に右にはエリュー第二王子が居る。
うっわ、面倒臭そうな席順……。
できるだけ無口で失礼にならない程度の接触で済まさないと。
目上から声をかけない限り、言葉を発する事はマナー違反だから、声をかけられない限り大丈夫なはず。今のところ目立ってないし、大丈夫よね……。
後ろを振り返ると目が合ってしまいそうなので、鞄に入れていた本を開いて声をかけられないように牽制を張る。
ふぅ、これで良し。
目線だけ本に向けると気配を消し、教師の到着を待った。室内は雑談に応じている子も居れば、自分と同じように本を読んでいる者も居る。
さすがに富裕層の子供達だけあって、お行儀は良いらしい。
暫くすると、教師が入室してきた。
狼族でまだ若い青年だが、なかなかに野性味が溢れており、褐色の肌が触りたくなるほど綺麗だ。
ついふらふらと手が伸びないように腹の下に力を入れ、顔を崩さないように気合いを入れる。
そうこうしている内に教師の自己紹介が始まった。
「1年Sクラスを担当するルドルフ・ライベルク。狼族だ。先月までAクラスの冒険者だったが、学長に頼まれてこのクラスを受け持つ事になった。このクラスには何かしら能力が秀でている者達が集まっている。それぞれ得意分野は違うので、お互いに良いところを認めあえる関係性を築いて欲しい。では、自己紹介を1人ずつ前に出てやってくれ」
低くも若々しい良く響く声に思わずうっとりしかけ、カティエルはグッと歯を噛み締めた。
私は7才、私は7才、私は7才……大人の男にドキドキしちゃダメ……
この心の呪文は自分の自己紹介の番が来るまで続けられる事になるのだった。