4話 ティリオンと皇帝
巨大な黒銀の竜から強烈なブレスが放たれる。
アルサエルは咄嗟に杖をかざし結界を張り衝撃に耐えるも、ジリジリと後退させられていく。
── 瞬間移動先を狙ってくるとは……さすが皇帝。攻撃に転ずるにしても結界の維持でギリギリだ。攻撃魔法分を確保できぬとは。流石にブレスの連続は無いだろうから、このブレスを耐えきった瞬間しかチャンスは無いかもしれんな。
そんな事を考えながらブレスを止むのを待っていたのだが、これがなかなか終わらない。
── ほぅ。流石は監視者。我と数時間交えられる魔力量、我のロングブレスを耐えきれる強さを持つとは先代より戦闘能力だけは上回るか。無法者ではあるが実力は認めよう。
古代竜の皇帝エルンスト・アルバは満足気に目を細め、吐き続けたブレスを止めた。そして目の前のハイエルフに交渉成立と伝えようと口を開く。
『終わ……おわわわわわわ!』
終わりだと告げようとした瞬間、皇帝エルンストは上空から重力の塊によって抑えつけられ、思わず両腕で地を掴み伏せまいと咆哮を上げながら突っ張った。
「ちっ。これでも伏せさせられないか」
不満そうにアルサエルは皇帝エルンストを見下ろしながら、さて、どうしたものかと思考を巡らせていると、下から皇帝の怒号がアルサエルを襲った。
『終わりだ、バカ者ー! 終戦宣告位言わせろー!』
激怒した皇帝エルンスト・アルバは抗議するかの様に自分の尾をびたん、びたんと地に叩きつけ、アルサエルが降りてくるまで続いた。
何故、2人が戦うことになったのか。
それは遡ること数時間前の事だった。
───────◇───────
ラスヴェートは自分の家 ── 浮遊島にある古代竜の住処 ── に戻ってきていた。その浮遊島は古代竜の中でも皇族にあたるアルバ一族が代々住み、彼ら以外が出入りする事は殆ど無い位の秘境でもある。
世界各地に古代竜は生息しているがその数は稀少で、創世記からの記憶を受け継ぐアルバ一族ともなると、ルベルジュの世界では神にも等しい等しい存在になる。
そんなアルバ一族に生まれたラスヴェートはここ数十年、次期皇帝を継ぐ為に代々の皇帝と同様、ティリオンの元で多種族とのふれあいや情報収集を行っていた。
ラスヴェートは帰還すると、代々の皇帝達もしてきた通りティリオンの元で何を学んだか毎回報告をするのだが、今回の報告を聞いた皇帝エルンストは激怒した。【古代竜の記憶】を寄越せというアルサエルの非常識に腹が立ったのだ。
代々のティリオンと彼ら古代竜の皇帝は、創世記から常に協力関係にあった。ティリオンが神の代行として動くとき、何度も古代竜のアルバ一族が助力してきた。また、古代竜のみに蔓延した病をティリオンの知識によって助けられた事もあり、代替わりしてもお互いを友と認め、理解し尊重しあい、過度に干渉しない事で良い関係を築き上げてきた。
だからこそ、自分達アルバ一族にとって何よりも大切な【古代竜の記憶】を他人に渡せる筈もないとい事ぐらい、考えなくとも理解してくれていると思っていたからこそ、それを欲する事は自分達を信用してくれていないのではないかと感じてしまうのだった。
『父上、アルは20年後に備える為に欲しいと言ってるだけで、私利私欲ではないのです』
『我々が側に居れば済む事だ。此度のティリオンは我々を軽んじておるのではないか? 当代のティリオンには1度も会ったことは無い故、本人を連れてこい』
皇帝エルンストはグルルと唸り、これはアルサエルを連れてこない限り話は済まないと感じたラスヴェートは、直ぐにアルサエルを連れてくると言い残し、浮遊島を飛び立つ。
そして1時間後、竜の姿をしたラスヴェートの掌に乗せられ、アルサエルは飄々とやってきた。カティエルも一緒だ。
カティエルは竜の姿をしたラスヴェートを初めてじっくり見たので到着するまでずっとはしゃいでいたのだが、浮遊島の皇帝の雰囲気を察し、直ぐにアルサエルの後ろにおずおずと隠れた。
アルサエルは優雅にラスヴェートの掌から飛び降り、皇帝エルンストを前に跪く。
「皇帝エルンスト・アルバ様、お初に御目にかかります。この度ティリオンを拝命したハイエルフのアルサエル・デュ・ヴァンスと申します」
『うむ。息子が世話になっておる。して、【古代竜の記憶】を欲していると聞いたが、我の聞き間違いであろうか』
「いえ。頂戴したく存じます」
『それはラスヴェートだけでは役に立たぬと言うことか』
「いえ。ご息子をお借り頂く事は大前提としてあり、更に【古代竜の記憶】をこの天使カティエルに与えて頂きたいのです」
アルサエルは自分の服を掴みつつ隠れていたカティエルを皇帝の前に差し出しながら、神具を新たに生成する為に異世界から人を呼ぶ予定がある事を説明する。その護衛としてカティエルを育てる事になった事と、ラスヴェートにも護衛としてついて欲しいと。
そして、同じ【古代竜の記憶】を持っていたとしても同じ判断を下すとは思えないので、カティエルとラスヴェートの2人で相談・協力しあっていって欲しいと考えている事を明かす。
『だが、それはやはり我らの導き出す答えが間違っているかもしれぬと言うことと同意義だ』
「恐れながら申し上げます。正しいか正しくないかは結果論。そして受け手によって千差万別です。判断できる材料を多くする事で個々の責任の負担を減らしてやれるなら、分かち合える仲間が居るなら分かち合えば良いのです。何もアルバ一族が全てを背負う必要はございません」
『たわけ! 我らは誇り高きアルバ一族。その責を古来より背負ってきた。今更何を……』
「皇帝エルンスト様、我らティリオンは代々貴殿方に責を押し付け過ぎてきたと私個人は思っております。同じ時を刻み、貴殿方は【古代竜の記憶】として記録を残してきた。我々ティリオンも魔術を開発し、同じだけの記録を残しております。それを見比べるだけでもお互いの考え方、捉え方の違いがお分かりになって頂けると思うのです。【古代竜の記憶】を渡して頂けるのであれば、こちらとしてはティリオンの記憶を封じた【プヴュラのオーブ】をお渡しし、対等な者としてルベルジュを共に守っていきたいと考えております」
アルサエルの申し出はわからなくもない。確かにティリオンが神託によって動かざるを得ないとき、ルベルジュの住人たちの怒りがティリオンに向かわないように矢面に立った過去もある。
だが、そんなささいな事はどうでも良いのだ。
神託を行使する上で友であるティリオンを守れるのであれば、矢面に立とうが境遇が悪化しようが、歴代の皇帝達は気にしてこなかった。友だから。
── なのに何故、この度のティリオン……アルサエルは我等を頼らぬのか……。我を認めて居ないのだろうか。であれば、認めさせてやろうではないか。
『ティリオンのアルサエルよ。我はお前をまだ友と認められぬ。そうだな……我に勝てたら【古代竜の記憶】と【プヴュラのオーブ】とやらを交換してやろう』
こうして戦いが始まり、決着が付いたのは3時間後だった。
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「では。約束通り【古代竜の記憶】の素を確かに頂戴致しました。【プヴュラのオーブ】は後日お持ちします」
にっこりと微笑むアルサエルとは対照的に、皇帝エルンスト・アルバは肘を付きながら嫌そうにアルサエルを流し目で見ている。その隣では素材の提供者である皇后が拗ねている夫に呆れつつもアルサエルに【古代竜の記憶】の使い方を説明する。
『ティリオンのアルサエル。【古代竜の記憶】は毎日少しずつ飲ませるのじゃぞ。一気に飲むと妾達アルバ一族でも即死すると言われている位の猛毒じゃ。ラスヴェートでも5年かかっておる。いくら創造神ユネトゥリクス様が手ずから創造した天使殿と言えど、決して無理はせぬように』
「心得ております」
『……ラスヴェート。そちはアルサエル殿の元で暮らせ。アルサエル殿の実力は確かだ。異世界人が来るその日までに【古代竜の記憶】を引き出せる儀式を行えるよう修行に励めよ』
「はい、父上」
『アルサエル殿、たまにはこちらに来て夫の相手をしてやってくれたも。先代のティリオン様が他界されてから久々に楽しそうな夫を見れた。感謝する』
「かしこまりました、皇后様。近々またお伺い致します」
こうして一通りの挨拶を終えると、アルサエル一行は【古代竜の記憶】を携え、王都の館へと戻っていったのだった。