2話 ラスヴェート
私はカティエル。
天界の神具を壊してしまった為、ユネトゥリクス様から罰として20年後に出会う予定の人の護衛をするよう、今から修行しなさいと言われて堕天させられた。
堕天という処置にショックを受けている暇もなく、下界のルベルジュへと降ろされる。
そこでは何かの儀式の最中だったみたいで、吹き抜けの神殿の中に降ろされた格好でアルサエルとのご対面だった。
アルサエルはハッキリ言って美形だ。
どうやらハイエルフやエルフという種族が美形らしい。
水が凍ったような綺麗な水色の弛い長い髪にサファイアのような美しい瞳。
つい暫く見惚れてしまった程だ。
まだ生まれて3日しか経ってはいないが、ユネトゥリクス様は一般常識的な価値観位は埋め込んでくださっていたらしい。
その要らぬオマケの価値観のお陰でアルサエルに見惚れてしまった。
感覚としては成人を迎えた精神年齢なのだが、戦闘力に極振りされたせいか、見た目は幼女である。
肉体と精神のバランスは正反対だが、心は乙女のつもりだ。
だが、神具を壊してしまった時に、色々コントロールができなくなると幼女全開となる事がわかった。恥ずかしい限りだ。
そんな私をアルサエルは軽々とひょいっと抱っこし、そんな歳ではないと抗議しようとしたが、抗議する間もなく瞬間移動でどこかの森に移動した。
目の前には広大な森と大きな湖。そして湖面にポツンと浮かぶ浮島が6つ。
そして湖の畔には樹と一体化となっている家があり、家の前には菜園まであった。
天界では見たことの無い色とりどりな景色に思わず魅せられ、アルサエルの身長が高いことを良いことに、あちこちキョロキョロと見渡す。
動物や聖獣達が湖の畔で休んでいたり、妖精達が花を舞わせて遊んでいたり……見ているだけで何かが満たされる。
空気も香りもついうっとりとしてしまう程だ。
「素敵な所ですね」
「うむ。私の自慢の隠れ家だ。当面はここで暮らすことになるので、皆とも仲良くするのだぞ」
「はい!」
っと返事した時だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! お~ち~る~!!」
大きな声と、大きな何かが切り揉み状態で空から勢い良く湖に落ちて消えた。
ざっぱーん!!っと大きな水柱が立ち上がり、畔に居た動物達は蜘蛛の子を散らすように散り散りに消える。
水を被ってしまうのではないかという心配は無用だったらしく、アルサエルがしっかりと結界を張ってくれていた。
「あ……りがと……」
「カティも結界位は自在に直ぐ張れるようにならないとだな。細かい話は家の中でするぞ」
「は……い。あの……落ちてきた人……? 大丈夫ですかね?」
「あれくらいなら大丈夫だ。後で紹介してやる」
「はぁ……」
どうやら知り合いらしいので、紹介して貰うまでは忘れておくことにした。
それよりも何よりも、私はきちんと自分の力をコントロールできるようにならないといけないのだ。
ふんす!っと鼻息荒く気合いを入れてる私をアルサエルは一瞥し、樹の家の扉を開けて中に入った。
そこは書物に埋もれ、魔石や素材、不器なども散らかりまくり、足の踏み場も無かった。
呆然と立ち尽くすアルサエルを見る限り、どうやら想定外の何かが起きたらしい。ここは弟子らしく片付けを買って出るのが正しいだろう。
「あの……お片付け……しましょうか?」
「あ、あぁ……頼めるか?」
「はい、喜んで! アルサエルはそこのロッキングチェアに座っているか、お外でお待ち願えますか?」
「ではここはカティに任せて、私は3階にカティの部屋を作ってこよう」
「わぁ! ありがとうございます!」
自分の部屋を初めて持つ喜びでテンションが上がり、猛スピードで片付けていく。
本は本棚に。
書類は書類で一纏めに。
武器は刃溢れしていないか確認してから壺へ。
杖も杖だけで壺へ。
素材は素材毎に布袋に入れて名前を書いておく。
布は洗濯する物と畳まれている物と選別。
分別不明なものはテーブルの上に置き、後程アルサエルに分別して貰おう。
そんな感じで、カティエルが調子良く片付けていると、玄関からずぶ濡れになった黎明色の癖のある髪に、お日様のようなオレンジの瞳の少年が入ってきた。
「うわぁ! ききききき キミ、誰?」
「カティエル」
「……アルサエルの隠し子?」
と少年が言った所で、少年の頭から小気味いいスパーン!とい音が聞こえた。どうやらアルサエルが叩いたらしい。
「この子はカティだ。訳あって暫く私の元で育てることになった。ほら、ラスも挨拶しなさい」
「う、うん。えと、僕はラスヴェート・アルバ。古代竜だよ。ヨロシクね」
アルサエルに叩かれた頭を擦りながらもラスヴェートはカティエルに手を差し出した。
「カティ、先程湖に落ちたバカはコイツだ。そしてこの家を荒らしてるのもほぼコイツだ」
「荒らしてないって! 色々探してたらいつの間にか散らかっちゃうんだよ」
「元の場所に戻してから次の場所を探すとかしなさい、と何度言えばわかるのだ……ったく。まぁラスはこんな感じだが、この子もカティと同じく私の元で修行をしている所だ。とは言え、ラスは古代竜の里からの通いだから毎日ではないが」
「ラスも力のコントロールが苦手なのね」
「……まぁね」
「では、一緒に頑張りましょう!」
ラスヴェートは握手の為に差し出していた右手をカティに両手で包まれ、満面の笑みを向けられて耐えきれず顔を背けた。カティはお人形みたいに可愛いのだ。照れるなという方が難しい。
「さて、自己紹介も終わったことだし、今日の所は予習としての本を渡すので食事にしよう。明日から実習を交えて修行をするぞ」
「食事?」
「あぁ……カティは天界では食事が不要だったか。ルベルジュに堕天したという事は食事は必要なのか? それとも変わらずに不要か?」
「ん~……食べても食べなくても良さそうです」
「そうか。だが将来的には人族と共に行動する事を考えると、食事には馴れておいた方がいいだろう」
「そうですね。わかりました。頂戴します」
アルサエルとカティエルの会話を聞きつつ、ラスヴェートはカティエルがまさかの天界の住人だという事に驚きつつも納得もした。だって可愛いから。
「カティは食事は作れるか?」
「いいえ」
「では馴れるまで私が作るので、覚えたら以後はよろしく頼む」
「はい」
ラスヴェートはアルサエルとは50年ほど付き合いがあるが、今まで食べ物という食べ物は一緒に食べたことはない。
大抵、回復薬の試作品を飲まされて終わりだったからだ。
── アルサエルの手料理かぁ~……。
ちゃんとした食べ物だといいな……。