1話 カティエル
私の名はアルサエル・デュ・ヴァンス。
ハイエルフだ。
通称『監視者のアルサエル』。
ティリオンとは、このルベルジュで問題が発生した場合、創造神ユネトゥリクス様を始めとする神々からの指示のもと、本来のあるべき形に導く役割を担っている。
時には知恵を
時には武力を
時には制裁を
それらを恙無く施行できるよう、膨大な知識や技術を身に付けルベルジュの調和を保つのが仕事だ。
神々が直接手を下すこともあるが、ルベルジュに対する負荷が高すぎるため、余程の事で無い限りは我々ティリオンが代行する事になっている。
そんなティリオンを代々拝命してきたヴァンス一族に生まれた私は、幼い頃よりありとあらゆる知識、武芸、魔術を極め、一族の名に恥じぬよう研鑽してきた。
そして、映えある任命の日……
初めてユネトゥリクス様からのお言葉を頂けると言うことで、柄にもなく緊張しつつも誇らしく任命式にあたっていたのだが……
天より聴こえたのは
『20年後に転生者か転移者が現れる。それまでにカティエルを守護者に仕立てあげよ』
何だそれは?
カティエルって誰だ?
というか守護者に仕立てるだと??
「ユネトゥリクス様、もう少し詳細を……」
天に向かい懇願してみたが、返事はない。
代わりに小さな子供が空からゆっくりと降りてきた。
その子供は人族の姿をしており、7歳位だろうか?
うっすらと翡翠の色味がかったストレートな銀髪を腰まで伸ばし、翡翠色の大きな瞳でアルサエルを見上げている。
子供は幼子独特のぷにぷにとした柔らかそうな頬を紅く染め、もじもじとしながらもアルサエルの服の裾をつんつんと引っ張る。
「私、カティエル。よろしく……です」
アルサエルはユネトゥリクスの言葉を思い返す。
── カティエルを守護者に仕立てると言っていた。つまり目の前のこの子だ。
まだ見た目7歳前後の幼子を守護者として20年間育てろと?
過去の転生者は1000年に1度のペースでやってきてはいるが、護衛が必要な事はなかった。目的が転生時に発生するエネルギーだからだ。そして今までは『転移者』は居ない。だが、今回は転移者の可能性も含まれていると示唆され、且つ守護者として育てるとなると、パーティーを組んでの戦いになる可能性があると言う事か。
魔族との均衡が崩れるとか?
いや、まさかな。
魔族の七柱は健在で今の所お互いに牽制しあってはいるものの、バランスは保たれている。
となると、この子に何か秘密があるのか?
アルサエルは思考を一旦止め、膝を付きカティエルと同じ高さの目線になり、スキルの【鑑定】を行ってみた。
名 前:カティエル
種 族:天使
年 齢:3日
役 職:熾天使
職 業:───
称 号:堕天使
レベル: 100
体 力: 2,000
魔 力:50,000
攻撃力:46,000
耐久力: 2,000
素早さ:10,000
知 力:60,000
幸 運: 500
スキル:
精霊魔術:
火 (Lv1)│水 (Lv1)│雷 (Lv1)
土 (Lv1)│風 (Lv1)│光 (Lv1)│闇 (Lv1)
治癒術:Lv1
武 術:
片手剣(Lv1)│両手剣(Lv1)│二刀流(Lv1)
槍(Lv1)│棒(Lv1)│鎌(Lv1)
体 術:Lv1
仙 術:Lv1
──な、何だこの子は……。堕天使となると1/10に落とされると言うが、1/10でこの値とは……。
しかもスキル以下はグレーアウトしているという事は、適正はあるがその能力に目覚めていない、と。
というか、生後3日で堕天使……
つまりは手に負えなくて堕天させたという事か?
「丸投げですか!?」
思わず本音がぽろりと溢れ落ちた。
そんなアルサエルの声にカティエルはびくりとし、カタカタと小刻みに震え出した。その姿を見てアルサエルは慌てて笑顔を作り話しかける。
「君のせいではない。先ずはお互いに自己紹介から始めよう。
私の名はアルサエル・デュ・ヴァンス。ハイエルフだ」
「アル……サエル様?」
「敬称は不要だ。君の事はカティと呼ぶので、君も私の事は好きに呼ぶといい」
「わかりました。アルサエル」
「よろしい。所で君は何をやらかして堕天させられたのだ?」
カティエルは俯き、ぼそぼそと聞こえるか聞こえない位の声でここに来るまでの敬意を説明した。
自分の力をコントロール出来ずに神具を壊してしまった事。
ユネトゥリクスからはルベルジュで力のコントロールや知識を身に付けて来るべきに備えなさい、とだけ言われたという事。
── 完全に押し付けられた……。
ティリオンを拝命してからの初仕事が子守りだとは……何とも嘆かわしい……。
しかし、この子を放置しておくわけにもいかぬな。生まれて間もないからこそ、悪にも染まりやすいだろう。
それに転生者か転移者の護衛となると、人族の生活にも馴染まねばなるまい。
仕方ない。
丸投げなのは気に喰わぬが、ルベルジュの為になるという意味では私の初仕事だ。どんな事態になろうとも対応できるよう育ててみよう。
子育ての経験は無いが何とかなるだろう。
「カティ、これから暫くは私と生活を共にし、あらゆる事を学んで貰う事になる。ついてこれるか?」
「はい、アルサエル。私は天界を護るために生まれたと聞いています。この力は天界やルベルジュを護るために使えと。ですから、その為に必要な知識や技術を教えて下さい」
「いい心構えだ」
アルサエルはカティエルの頭をくしゃくしゃと撫でると、任命式を指揮している指揮官に任命式の終了と、暫くはケーニッヒの森に隠る事を伝えると、カティエルを片手で抱えあげその場を後にした。