プロローグ
「今日も調和が保たれておるようだの。さすがワシ……ふふっ」
創造神ユネトゥリクスは、自分が創った世界を天上から愛しそうに眺めていた。
── ルベルジュ ──
そこは、正も悪も含めて調律された平等な世界。
争いが起こるのも、調和を取るため必要不可欠とみなされ、調和が保てなくなった時(例えば行き過ぎた正義や、行き過ぎた悪)は懲罰対象とし、神々が各々の僕を遣わせて調和を重んじてきた。
そのお陰で、今日も人間を始めとしたルベルジュの住民達は貧困や貧富の差や戦いはあれど、ユネトゥリクスからしてみれば平和な日々であった。
調和の取れたルベルジュをうっとりと眺め、齷齪と働く人間を覗き見ては愛でていると、周囲が急に騒々しくなった。
「ユネトゥリクス様! ユネトゥリクス様!」
「ここに居るわ、騒々しい」
長椅子に寝そべってルベルジュを覗いていたユネトゥリクスは面倒臭そうに体を起こす。それと同時に天使達がわさっとユネトゥリクスの前に現れ、隊長を先頭に一斉に跪く。全員、カタカタと小刻みに震えている。
これはただ事ではない、と感じたユネトゥリクスは隊長に話の続きを促す。隊長は非常に言い難そうにしていたが、深呼吸をしてから落ち着いた声で報告した。
「申し上げます。神具の【ペルピナル】が……破壊されま」
最後まで言い切らない内に、ガタンっと大きな音を立ててユネトゥリクスは神具が納められている神殿へと瞬間移動した。
そこには、神具を護る柱が2本砕け、神具の【ペルピナル】が台座ごと砕け、最早破片となり原型を留めていない。
その残骸の前には、6枚の翼を持った幼い天使がわんわんと号泣してへたり込んでいた。
幼い天使は、ユネトゥリクスを視界に入れると、ペタペタと這いながら固まっているユネトゥリクスにすがり付いて謝罪する。
「ユネトゥリクスさまぁ~ごめんなさ~い……」
「お、落ち着け、カティエル。怒らないからまずは何があったのか報告するのだ」
6枚の翼を持つ天使……カティエルは、両手で涙を拭いながらぽつりぽつりと話し出した。
ユネトゥリクスに創造されて3日……。日が浅いカティエルは、力のコントロールが苦手で練習をしていたらしい。先輩の天使からは、自分の限界を知っておくといざという時に判断を間違わないと言われたので、限界ギリギリまで魔力を高めてみた所暴走し、調和を保つ神具のペルピナルから大きな光が放たれ、気付いた時には粉々になっていたとの事だった。
正直言って、ユネトゥリクスの想定外だった。
カティエルを創った時には天界を護る一翼とし、成長すれば魔王と比肩する位になる程度の力を与えていたが、神具と同等の魔力までは与えていない。
そもそも神具とは、異世界からの人間を転移か転生させる時に生じるエネルギーを封じ込めたものであり、ルベルジュの調和を保つために大地に魔力を届けて恵みをもたらしている。そして、その魔力はユネトゥリクスを軽く凌駕する程膨大で、その魔力と相殺に持ち込んだカティエルの魔力は、生きる神具と言える。
(カティエルは生まれたばかりで善悪もわからぬ。正しい教育をせねば何れ禍となろう。まずは力をコントロールする方法を覚えさせ正しく導く事と、神具を今一度生成するのに異世界から転移か転生をさせねばならぬか……。異世界から呼ぶ準備をするのには色々手間がかかる。また面倒な事を引き起こしてくれたものだのぅ。今の状態であればルベルジュの年月で20年位は他の神具で維持できるが……ぎりぎりかのぅ)
自分にすがり付いているカティエルの頭を撫でながら、ユネトゥリクスは最善の方法を考える。どうせなら一石二鳥と言わず、三鳥や四鳥位は得たい。
少し考えた末、名案を思い付いたユネトゥリクスはルベルジュに居るハイエルフのアルサエルに連絡した。
「20年後に転生者か転移者が現れる。それまでにカティエルを育てて守護者に仕立てあげよ」
「は? 丸投げですか!?」
アルサエルは反射的に突っ込まずにいられなかったが、その言葉はユネトゥリクスは届かず、一方的に通信は切られた。
こうしてユネトゥリクスはアルサエルに丸投げした事で、己の心の調和を取り戻す事に成功したのだった。