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悪人の円舞曲

作者: 猫田 トド



 目の前には可愛らしい令嬢。その令嬢が腕を絡め、胸を押し付けている相手は、わたくしの婚約者。


 ああ、面倒だわ。


 本日何度目かわからない溜息を零す。



 令嬢の名前は、マリア・ルシオント。ルシオント男爵家の一人娘。

 対してわたくしは、ルビアーナ・クレッシェンド。クレッシェンド侯爵家の長女。

 令嬢に腕を絡め取られ、にこにこと笑う不実なわたくしの婚約者は、アリオス・ゴルティアナ。この国の第三王子。

 本来、マリア様が話しかけて良い相手でも、あのような態度をとって良い相手でもない。けれども、この貴族御用達の学園内では認められている。なぜなら、婚約者のわたくしを差し置き、アリオス王子の寵愛を一身に受けている方だから。


 ああ、面倒だわ。


 何度言っても、婚約者のいる相手、それも爵位と見た目の良い相手にすり寄るのを止めなかったマリア様。

 その方は、いずれ臣籍降下されるのだから、王子なんて身分、今のうちだとわからないのかしら?

 その方は、わたくしを娶るから、いずれ侯爵の地位を手に入れる事が出来るのだと、知らないのかしら?

 その方は、もともと素行不良で、わたくしを逃せばあとがない、というのは伯爵以上の高位貴族の間では有名なのですが、誰も教えなかったのですわね。


 ああ、面倒だわ……。


 またも溜息が零れる。

 ちらりと視線を周囲にめぐらせた。

 あちこちに隠れた淑女の皆々様。

 まぁ、実に尊敬に値しますわね。いくら学園用に地味な作りのドレス、とはいえ、貴族の令嬢が着るドレス。けして真実地味なものではないというのに、皆様綺麗に隠れていらっしゃる。

 王子もマリア様も気づいていらっしゃらないわね。

 こくり、と頷けば、頷きがかえる。

 ええ、準備は整いましたわね。

 わたくしも、アリオス様のお相手はほとほと疲れましたのよ。いい加減、解放していただきたいのです。そちらからネタを提供してくださるのです。謹んで、お受けいたしますわよ。

 ゆっくりと、優雅な足取りで近寄る。

 アリオス様たちまで後三歩程度の距離で、ようやくわたくしにマリア様が気づかれた。

 アリオス様に見えない位置で、にたりと笑うその顔は、自分にこそ寵愛があると理解した上でのいやらしい笑み。


 馬鹿じゃないのかしら?

 いらないわよ。わたくし、その方。


 ぎゅぅっとしがみつく手に力が入り、アリオス様が不思議そうにマリア様を見た。そして、ようやくわたくしに気づく。


 馬鹿ですかね?


 この距離まで気づかないとか、どれだけ危機管理能力がないのかしら。

 流石、わたくしを逃せば、王籍から排除、一生子の生せない体にされたうえで、修道院行きが決定されている方。

 あからさまに嫌悪に顔を歪めていらっしゃるけど、わたくしのほうがよほどそうしたいのだ、と教えて差し上げたいですわ。


「お話し中失礼いたします。マリア様、以前から何度も申し上げておりますが、婚約者がいる男性に、婚約者がいない貴方様がみだりに近づくのははしたない事です。そしてアリオス様、貴方様も、わたくしという婚約者がいる前で、そのような行いをするのは、不義理と存じます。今すぐ対応を改めてくださいませ」

「お前こそ何度言えばわかる! 私とマリアは友人同士だ! 友人同士がどのような場所で接しようが問題なかろう! 友人同士の仲を疑うお前の言こそ不愉快だ!」


 友人、ねぇ……?

 友人、などとよくも恥ずかしげもなく言えたものですわね。でも、もうかまいませんわ。わたくしが欲しかったのはその言葉ですしね。

 久しぶりに王子の前で渾身の微笑みを浮かべる。


「友人、ですね? 友人、とおっしゃいましたね?」

「ッ! あ、ああ! 私とマリアは友人だ!」


 ああ、本当にお馬鹿さん。

 実にマリア様にお似合いだわ。

 ええ、お馬鹿さん同士で、ですけれどもね。

 パン、と両手を叩く。


「皆様、お聞きになりまして?」

「「「「「「はい、確かに聞きました!!」」」」」」


 ざっと現れる淑女たち。

 まぁ、皆様。まるで練習したかのように完璧にそろっていらっしゃいますこと。

 今この場には、一学年から三学年までの、全てのお嬢様達が勢ぞろいしています。なかなか壮観ですわね。

 流石のアリオス様たちもこの人数には怯んだようです。身を寄せ合っています。

 ぐるりと皆様を見渡す。


「皆様、これが正しい男女の友人同士の距離ですわ。わたくし達もアリオス様たちを見習い、異性の友人と楽しく過ごすことにいたしましょう。ええ、問題ありませんわ。ここ数か月、皆様もご一緒にご覧になりましたでしょう? アリオス様たちの友人としての距離、行いを。そのように行動して良い、と王族の方がお認めになりましたのよ。さぁ、わたくしたちも大手を振って、仲良くすることといたしましょう」

「「「「「「はい!!」」」」」」

「もしもわからなくなった方は、アリオス様たちを参考になさればよろしいですわ。放課後昼休みに人気のない場所で抱き合い、口づけを交わし、授業に参加せず、林の中で純潔を散らす行いも、王族である王子自らが友人同士のお付き合い、とお認めになりましたから!」

「なっ!?」

「な、何故お前がそれを……!」


 驚いている王子に笑顔を向けなおす。


「ご安心ください、アリオス様。貴方様の行いは、王家から派遣されております影により、全て報告されております。本日の事も、もうすでに王家に報告があるでしょう。ですが、何一つ問題ありませんよね? だって、王族であられる貴方様自らが、これが友人同士の距離だと公言なされたのですから!」


 ひゅ、とアリオス様が息をのんだ気がするけど知りませんわ。

 と、言いますか、何を当たり前な事を。

 見限られているとはいえ、一応、まだ、王族を名乗っていらっしゃるのに、影という名の護衛が付いていないわけ、ないじゃないですか。


 本当に、お馬鹿さんです事。


 まぁ、今まではわたくしが騒ぎにしていなかったから、王家は知らんぷりを決め込んでおりました。

 陛下からしたら、侯爵家とはいえ、たかが貴族の一つくらいの認識でしたのでしょうね。わたくしがいかに不快に思おうとも、それぐらい高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュだろう、とでも思っていらしたのでしょう。

 陛下が気になるのは、金銀財宝や、贅を凝らした食事。自らを称える声ばかり。陛下こそ、王である、という事を理解しているとは思えませんわね。

 わたくしだって一人の人間です。

 喜怒哀楽がある、一人の人間だというのに、それさえも理解しないなんてね。


 ふふふ。

 さぁ、どうなるかしら?


 王族が認めた友人同士の距離、行い。

 これの収拾ができるのかしら、ね?

 淑女の皆様にだって婚約者がいらっしゃいます。その婚約者の中には、どうしたってこの結婚をものにしないとまずい方も。そんな方々が、王族が率先して見せた友人同士の在り方を真似る令嬢たちを見たら?

 逆に、令嬢たちの姿を他の子息の皆様が見て、取り入れたら?

 それで、御令嬢様やご子息様達が本気になってしまい、婚約が破棄されてしまわれたら?

 ああ、その際には、アリオス様の行いや、王家の一方的な婚約破棄を見習えばいい、と御令嬢様たちには教えてありますわよ。

 家格が上、家格が下でも経済面でおんぶにだっこ状態の家、の方がはるかに強い貴族社会。一方的なことなんて、簡単にできるでしょうね。その時に、王家の在り方を真似ましたから、と遠回しに、けして失礼にならないよう伝えられるよう、使える言葉を沢山教えてありますわよ。


 ふふふ。楽しみですわねぇ。


 王族である、ということを理解していない王子に問題があるとはいえ、その王子をわたくしに押し付けて無視を決め込んだ王家にも問題はありましてよ?

 たとえ、婚約者としての監督不行き、とわたくしや、わたくしの家を処罰したとしても、不満は完全には解消できません。それに、わたくしの手はこれだけではありませんことよ。


 ちらり、と視線を向けた先。一人の女性。


 分厚いメガネ。二つのおさげ。そばかすだらけの顔。恍惚とした微笑みを浮かべながら、分厚いノートに一連の流れをメモしている。

 地味で、地味で、見落としそうなその方こそ、今、この国を含め、近隣諸国で大人気の舞台作家。本来はこの場にいられないのですが、わたくしの侍女と言う名目で、今この場におります。と言っても、嘘ではありませんわ。ちゃんと侍女としての仕事をさせておりますもの。

 わたくしの身に何があろうとなかろうと、今回の件を劇にする約束をしております。

 勿論、他国からはじまり、最終的にこの国で、という流れになるだろうから時間はかかるでしょうけど。それでも、王族貴族のふざけた愛憎劇や不始末は、民衆にウケが良いのです。

 噂が噂を呼び、あっという間に広がるでしょう。

 この国では公演できなくとも、隣国で公演されれば噂は届く。

 それに踏まえ、わたくしの領地では、アリオス様のわたくしへのなさりよう、王家のなさりようは全て筒抜け。領民は今にも反乱を起こしそうなほど怒ってくれておりますわ。それもこれも、先祖代々、良政を心がけ、民と多く触れ合い続けた当主の善行のおかげですわね。


 ふふふ。

 さぁ、どうなることでしょうね。


「さぁ、皆様、お友達をつくりにまいりましょうか」

「「「「「「はい!」」」」」」


 真っ青になって何も言えないアリオス様を尻目に、御令嬢の皆様を連れ、わたくしは早々にこの場を立ち去る。


 この先が楽しみですわね。


 アリオス様の婚約者となって十年以上、楽しいと心から笑える日はありませんでしたわ。でも、今日は心から楽しいですわ。こんな日が来るのでしたら、今までの苦行のような日々も、愛しく感じてしまいますわね。

 御令嬢たちはわたくしに挨拶をすると、学園中に散っていく。

 残ったのは、わたくしと、舞台作家の侍女だけ。


「疲れましたので、本日は体調不良、ということで帰ることにします」

「はい、お嬢様。その方がよろしいかと。おそらく、このまま学園に滞在すれば、あのアホ王子が気を持ち直し、反省した、とか、あれは間違いだった、とか、有耶無耶にするための何かしらの行動を行うおそれがあります。それは主格であるお嬢様がいなければなりません」


 ええ、そうでしょうね。

 彼女は本当にこういったことへの想像力が逞しいですわ。

 だからこそ、相手の行動を先読みするために雇ったのですが。

 本人は嬉しそうにノートをとっており、今までは想像の域でしかないネタ場所に、こうして入れる幸運に感謝しているようですけど。

 それにしても、次から次に彼女がアリオス様達の行動を言い当てる姿は圧巻ですわね。

 この方、本当は未来が見えるのではないのかしら?

 彼女を連れ、わたくしは寮へと帰る。

 全寮制の貴族学校。

 わたくしも、アリオス様も、等しく寮で生活している。

 男女は当然ながら別。

 殿方は女子寮に、令嬢は男子寮に、どんな理由があろうとも、入ることは許されない。もしも入ったら、貴賤問わず退学。

 厳しいようですが、こんな場所(学園ごとき)で一生をダメにしたくなければ、大人しくしなくてはなりません。

 まぁ、それを過去、無理に押し通ろうとして、一度退学になりかけたどこぞの王子様がいないわけではないのですが。流石に寮母と寮の護衛に完全に阻まれ、揚句国王から直々にお叱りがあったらしく、以来そのようなことはないのですが。


「どうなるかしらね」

「まぁ、楽しい事になるかと思われます」

「貴女的に?」

「ええ。ひいては劇を見る民が、ですね」

「貴女の劇ができたとき、わたくしが生きていたら、観劇に行ってもいいかしら?」

「あら、光栄ですわ。もしもお嬢様が生きていなければ、お嬢様のために、一席、永遠に空けておきますよ。そのことも劇に含めますけどね」

「まぁ、素敵」

 二人で微笑みあう。




◆◇◆◇◆◇◆




 数か月後、王命により一人の王子と、一人の令嬢が、全く逆の方向にある修道院に、秘密裏に押し込められた。

 その数か月後、学園の規律を乱し、性の乱れの横行を許した元凶として、一人の侯爵令嬢が処刑された。

 令嬢の一家は伯爵へ降爵処分となったが、爵位返上の上、他国へと亡命。他国にて同じ侯爵位を得た。

 噂が噂を呼ぶ。

 学園の噂は、国民の知るところ。

 第三王子の素行の悪さを知らぬ国民はいない。同じく、その王子の寵愛を得ていた男爵令嬢の、平民への愚行の数々。第三王子の婚約者であった、侯爵令嬢の素晴らしさを知らぬ者がいないのと等しく、誰もが知るところ。

 国を出て行った侯爵家。処刑された令嬢。消えた第三王子。

 パーツは揃っている。

 誤魔化されると思っている王家の方が不思議なほどに。

 人々は噂する。

 銘々思い思いに。

 第三王子が、愚かな男爵令嬢に懸想し、ないがしろにした。そしてその姿を他の貴族が真似たのだろう。第三王子の素行を正せなかったのは王家なのに、王家は侯爵令嬢に擦り付けた。王家にはない、民からの人気を一身に受ける侯爵家が憎かったから。

 そんな噂が蔓延ったころ、隣国から噂が流れてくる。

 一つの劇。

 ある時代、ある国の話。

 一人の王子が居た。

 王子は金品を求め、女を求め、権力と暴力を振るう、まさに暴君。

 王家の威信を次々乏しめる王子の婚約者は、花のように美しく、月のように気高い一人の令嬢。

 勝手に決められた婚約者。

 自分より優秀な婚約者。

 王子様は自分に従わず、自分に真っ直ぐに意見する婚約者が気に入らない。

 婚約者よりもはるかに家格の低い女を寵愛し、乏しめる。

 女としての矜持を。

 貴族としての矜持を。

 傷つけ、踏みにじる。

 それでも婚約者は凛として、けして汚れず、折れず、美しく気高いまま。

 王家は厄介者の王子を令嬢に押し付け、知らんぷり。

 王家よりも人気のある令嬢の家が気に食わないから、王子と共倒れを望んでいる。

 やがて王子に追従する者があらわれ、王家の威信が揺らぎそうになったとき、慌てて動き出す。

 王子と王子の寵姫は修道院へ。王子の婚約者は全ての罪を押し付けられ、ついでに王家の薄ら暗い話を押し付け、処刑された。

 酷いのは誰か。

 王子か、王子の寵愛を受けて好き勝手していた令嬢か、王家より人気のある婚約者の令嬢か、それとも、王家か。

 許されざるべきは誰か。

 観衆への問いかけで幕は閉じる。

 人々はわかりやすい悪に飛びつく。

 誰も口にしないけれど、誰もが一つの国を想像した。

 そんな中、渦中の国が勅令を出す。

『下賤な舞台は、我が国での公演を禁ず』

 そんなことをすれば、その舞台が真実である、と公言したも同然。

 民達は騒ぎ出す。

 かの侯爵に、令嬢に、救われた者達は武器を手に、立ち上がる。

 王家、許すべからず。

 今こそ、彼らに報いるべき。

 けれども、ただの民。けして訓練を受けた兵ではない。

 決起するも国王が派遣した軍に取り囲まれる。

 全滅を覚悟した彼らを助けたのは、侯爵令嬢に己の矜持を守る術を与えられた令嬢達。そして、王子のせいで令嬢たちを失いかけた、その婚約者達。自ら私兵を率い、王国軍を蹴散らした。

 蹴散らしたのは王国軍のほんの僅か。

 王家に追従した残りの貴族と、王国軍全軍が、彼らを飲み込まんと動き出す。

 そこに現れたのは、他国へと亡命したはずの侯爵家。

 王家の不正等々の証拠を手に、王国へ宣戦布告。

 王家と、それに追従した貴族たちは、一気に挟み撃ちの状態となった。

 結果は言わずもがな。

 鬱憤を晴らすかごとくの一方的な蹂躙。

 娘を、理不尽に奪われた父親の、怒りとはかくもすさまじいものか、と誰もが震え上がる。

 王家に追従する者の誰一人として、逃すことはない。

 苛烈に蹂躙しつくし、屍の絨毯を踏み込え、王宮を破壊する。玉座にしがみつき、震える国王の前に立つ男は、悪鬼のごとし。

 心優しい侯爵の姿は、ない。

 返り血で頭からつま先まで真っ赤に染まり、赤い足音を残しながら、ゆったりとした足取りで近づく侯爵の顔には微笑み。けれども、その目が微笑むことはない。

 あの日から、ずっと。

「ああ、お久しぶりですなぁ、ゴルティアナ国王陛下」

「ひっひぃいい、こ、この、このような、ことをして、許されると、お、思っているのか! クレッシェンド侯爵!」

「別に許されなくて結構ですよ。これは、戦争ですからなぁ」

 くつくつと響く笑い声。

 歪に歪む口元に、それでも王はなんとか生き延びる道を見出そうとする。

「お、お前の娘の事、まだ恨んでいるのか! たかが貴族の娘ではないか! 貴族なのだから、王家のために泥を被り、死ぬのは当然だろうが!」

「それが、正当な事なら、それもまたよろしかろう。しかし、今回の事に、正当性はあったと、本当に思っているのか? いや、思っているからこそ、だったのだろうな。だが、この声を聞いて、なお、それがまかり通ると、思うのか?」

 侯爵の後から入ってきたのは、民兵。

 口々に、王の、王家の不当性を叫び、国王を殺せと叫んでいる。

 それは、今ここにいる民兵だけではない。外で、城を破壊し、逃げ惑う王国軍や、城で働く者達を殺す民全員が、王家への呪詛を吐き出していた。

「ふざけるな! たかだか平民ごときが、王である儂の、家畜程度が!」

「民あらずして、国はならず! 王や貴族は、国と民の奴隷である! 王や貴族が民より恵まれるのは、それだけの責任と義務を負っているから! その事実を忘れた者は、最早貴族でも王でもない! 連れて行け! そやつに、最期くらいは王の仕事をさせてやれ!」

「やめろ! 離せ! 離せぇええ! 儂はこの国の王だ! 不敬だぞぉおお!」

 騒ぎ立て、喚きたてる醜悪な姿をさらしながら、怒りに燃える民兵に引きずられていく。

 三日後、王は処刑された。そして、その死骸は、骨となるまで王城跡地にて放置された。




◆◇◆◇◆◇◆




 誰もいない劇場。

 広い観客席。一段高い、ボックス席。

 中央に陣取るその席の前に、一人の女が立つ。

 手には花束。

 そっと椅子に捧げられた。

「終わったよ、お嬢様」

 女は、囁く。

「これで、貴女は満足?」

 緩やかなウェーブを描く髪を、面倒そうにかきあげる女の顔には、はっきりと不満が浮かんでいた。

「ねぇ、本当に、満足? 貴女は命を賭けて、それであの国は滅んで、貴女の思い描いたとおりになったけど、そのおかげで、何人が死んだ? 罪のない、領民、義憤に彩られた民草。彼らの命は、貴女の思い描く未来の為なら、死んで良かったの? 貴女はあっさり死んだからわからないだろうけど、貴女を慕う人たちは泣き暮らしているよ? 貴女と、あの愚王と、馬鹿王子と、馬鹿女。どれくらいの違いがあったのかな?」

「それを言うなら、君もそうだろう?」

 ゆっくりと劇場に入ってくる紳士。

 その手には花束。

 女の捧げた花束と、クロスするように置かれた。

「君は、こうなることを知っていて、娘に知恵を授けた。考え得るあらゆる方法を教えた。君だって、現状を招いた一人だ。君に、彼女に問う資格はあるのかな?」

 女は静かに佇む。やがて、小さく笑った。

 ゆるゆると左右に振られる頭。

「ないですね。貴方も私も、知っていて、わかっていて、選んだ。お嬢様も、そう」

 ただそれだけ、と零す女は、ひどく悲しげだった。

 その姿を眺め、紳士は踵を返す。

「帰られるのですか?」

「ああ、帰るよ。何しろ、最近修道院から、寄付の礼に、と家畜を二匹もらってね。これから見に行く予定なんだ」

「左様で……。どうぞ、お楽しみください。新、クレッシェンド国王陛下」

「ハハハ。冗談でもよしてくれ。アレは、名ばかりで領地をもたぬ侯爵である私の、新領地でしかない。少々広くはあるが、国ではないよ」

「そういう、話になっているんでしたねぇ」

 何食わぬ顔をする男。だから女もそれ以上は言わない。

 とある少女の齎した『ネタ』で書き起こした劇。それは女の劇場を、世界一と言えるほどに輝かした。

 それこそ、女の願い。

 世界一の劇場で、世界一の舞台。

 娘の死で怒れるはずの紳士は、蹂躙した国の、元自領と、王家直轄地を手に入れた。

 戦争の際に元王家についた貴族は、王族と共に処刑し、自分たちについた反乱軍にその領地を分割したため、反乱軍側にいた貴族たちの忠誠は厚い。

 実質、元王国は、紳士の亡命した国に取り込まれたはずだが、紳士を新王とした属国扱い。

 優しい顔で、民を思う領主の仮面を被っていた紳士の内側にあったのは、醜悪なまでの権勢欲。

 誰も彼も、汚く醜い欲でまみれている。

 一人の尊い命の犠牲をきっかけに、沢山の欲望がぶつかり合い、残った者だけが、勝利の美酒を手に入れる。

 その味に、女はにやりと笑った。

 捧げた花に送る視線は冷たい。先程までの愁傷な光はない。

「ありがとう、お嬢様。おかげさまで私はとっても幸せですよ。ああでも、ホント残念ですわ。貴女様が、私と、実の父に見事に踊らされていたっていう事実を知った時の顔が見れなくて」

 けらけらと響く声。

「私ね、貴女のこと、嫌いだったんです。醜い心を上手に隠して、自分の命さえ駒にして、平気で他人を転がす。そのことに何の疑問も持たない、生粋の御貴族様。私の大嫌いな生き物」

 うっとりと、楽しげに声は弾む。

「騙しあいをするのが貴族だけ、なんてどうして思ったんですか? 私が真実味方だと? 貴女の御父上が、清廉潔白なご立派な方だと? 貴女が、いかに表面しか見えていなかったのか、よくわかります」

 まだまだ子供ですねぇ、と嘲りながら、くるくると踊り出す。

 楽しくて、楽しくて、しかたがないと言わんばかりに。

 頬が高揚し、赤くなる。

「ふふふ、本当は侯爵様のお話も書きたかったのですけど、それは流石にあの男に殺されますからね。私が知っていることも、気づいていることも、けしてばれてはいけないからやめておきます。私は、これからも目に涙を溜め、この席を未来永劫、愛しいお嬢様のために、空けておきますよ。それだけで、私の株はうなぎのぼり。この劇場はますます繁盛ってね」

 恍惚とした笑みを浮かべなら、両手を広げ、心の底から紡がれた言葉。それを聞く者は、誰も、いない。

 貴女の代わりに悲劇のヒロインの座は私がもらいます、と笑う。

 死んだ人間より、健気に生きているほうが印象が良い。

 どうせやるなら生きていれば良かったのにね、と女は、馬鹿にしたように口にした。


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[一言] 前にも出てますが、この作家が勝利に酔ってるうちに最後口封じで殺されてたら完璧だったかも、と思いました。 というか、令嬢の父が作家が思うように自分の欲の為に娘の命さえ利用する腐った貴族なら、計…
[一言] 9000字弱とは思えない満足感、たたみかけるようなスピード感、とてもお見事です。 楽しませて頂きました。ありがとうございます。
2019/09/12 20:32 退会済み
管理
[一言] 一つだけ、劇作家の女は可能性を見逃している それは、令嬢が劇作家の女の思惑を理解していた可能性 それすら承知で、自らの命を思うがままに使い果たしたのだとすれば、真に敗北者たるのは劇作家の女で…
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