水路の最奥
即席で考えた、アンデッド蹂躙リフレクター戦車はその勢いを休めることなく、次々に奴らを押し退けていく。本来なら爽快感抜群のはずだが、対象がアンデッドなので、見映えとしてはプラマイゼロである。
「よーし、このまま突っ切れー!」
俺が大声で叫ぶと同時、ルルカとリンファも「おーっ!」と返す。よし、このままいけば、一気に地下水路の奥へ行ける……!
と、意気揚々としていると、足下がわずかに濡れていることに気付いた。
「……なんか下が湿ってるんだが」
無意識の状態で、二人にそのことを伝える。するとルルカが、抑揚のない調子で言った。
「当たり前でしょ。地下水路なんだから」
「いや、そりゃそうだけどさ、なんかさっきより湿り気が増してるよーな……」
俺が首を傾げながら言うと、今度はリンファが答えた。
「まぁ、地下水路だしな。先に進めば進むほど、水気は多くなるだろう」
アンデッドがリフレクターにベチベチと当たる音が、地下水路に木霊する。俺はリンファの言ったことを、ぼやぁっと考えながら、再び無意識に答えた。
「……じゃあこの先に貯水槽みたいなのもあるわけだよな」
ベチベチ……。
ベチベチ……。
ベチベチ……。
しばらくアンデッドが弾かれる様子を見たのち、三人は声を合わせていった。
「「「やばい!!!」」」
「おいルルカ、ブレーキ、ブレーキだ!」
「今止めたらまたアンデッドと戦うことになるでしょー!」
「くっ、このままでは……!!」
パニックになり、それぞれが思い思いに発言する中。
目の前に、いつの間にか大きな排水口のような、丸い空洞が見え始めた。
おそらく、あの巨大管の先に、俺たちが想定しているエリアがある。なので、間違っても、あの管をぶっ壊して突き進んだりなんかしてはいけない。
「……ルルカ、あれが見えるよな? 俺たちが進むべきはあそこじゃない、その脇の通路であって」
「止まんない」
「は?」
「止まんないのよ、私」
なんだその「俺は止まらねぇからよ……!」 みたいな言い回しは。場面によっちゃカッコいい台詞だけど、今それ言われても絶望しかないぞ。
「だからお前、魔法制御できるようになれってあれほど言っただろーが! どうすんだ、このままじゃヤバいんだぞ!?」
「これはコータが考えた作戦でしょ! 私は悪くない! なんとかしなさいよ!」
「はぁ!? 片手でお前掴んで、もう片方でリンファ抱えてんのにどうしろと!? 足か? 足でブレーキかけろってか!?」
「自転車じゃあるまいしそんなんで止まるわけないじゃない! バーカ!」
「くっそ、このチビ女め……!」
もはや子供同士の喧嘩になりつつある二人に、リンファが「おい二人とも……」と、言いかけたその時。
リフレクターが、巨大管をぶち破った。
破った先に、道という道はなく。
あるのは、だだっ広い空間と、空中に放り出された俺たちと、蹂躙されたアンデッド、そして―――――
巨大な、人工の湖だった。
一緒に放り出されたアンデッドたちが、スローモーションに見える。ああ、確か脳の機能で、緊急事態時に周囲がスローになるみたいなのがあったのかもしれないけどとりあえず今は
「うぎゃああああああああああ!!!」
……今までで一番情けない声をあげながら、その巨大な水溜まりへと落ちていくだけであった。
体が重力に引っ張られていく感覚をしっかりと味わいながら、俺は目を閉じ、しっかりと心の中で思った。
地下水路なんて、二度と行くかぁあああ!!
ドッボオォォオオオオオーーーーンッッ!!!
――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
やつれきった顔で、俺は水から上がると、浅い呼吸のまま言った。
アンデッドがプカプカと浮く貯水槽を、悪臭を我慢しつつ、気絶したルルカを引っ張りながら泳ぐのはさすがにこたえた。
「お疲れ様、コータ。すまない、私がもう少し動ける格好であれば……」
「いいって。鎧着たまんまじゃ、さすがに泳ぐので精一杯だったろ。……学校で着衣水泳習ってて良かった」
「コータ?」
「あ、いやこっちの話だ」
そう言いながら、うんうんうなされているルルカに呼び掛ける。
「ほら、いい加減起きろよ」
「……うーん…………」
「……チビ」
「はぁー!?!?」
「起き方がお約束過ぎるだろお前」
飛び起き、今にでも掴みかかかって来そうなルルカを抑え、リンファに言った。
「とりあえず、どこに行きゃいいんだ……?」
水辺からは上がったものの、この大空洞には似たような通路がたくさん存在しており、ちょっとした迷路のような状態だった。
「向こう岸にある通路もひっくるめたら、数知れない量だし、俺もう泳ぎたくねえぞ……」
「じゃあリフレクターを水面に張って歩く?」
「お前天才かって一瞬思ったけど、リフレクターじゃ弾かれるからバリアで頼むわ」
すると、リンファが突然「待て」と遮った。
「その必要はない」
「え、なんでだ?」
「この空間に入ったとたん、強い瘴気を感じるようになったんだが……特に、あの先から、それを感じる」
複数存在する通路側リンファが指差した先に、細い通路があった。
「きっとあの先に何かいるはずだ」
「お~、リンファすごい。悪人探知機じゃん」
拍手するルルカに対しなんだそのネーミングセンスは……とか思いながら、俺は立ち上がると。
「じゃあ行くか。こんなとこ、さっさと出てやる」
そう意気込みながら、その通路へと向かった。
通路の先にはすぐ『階段』があり、それを下っていく形となった。俺は一段一段、しっかり降りながら、辺りを観察した。
壁には、鉄さびなのか、血液なのか分からない、赤い何かが付着しており、足下は、相変わらず、少しだけ浸水している。
かなり深いところまで落ちたのか、外の音は一切聞こえず、聞こえるのは、ひたひたと、濡れた地面を踏む音だけ。敵が迫ってくる気配も感じられず、不気味な闇だけが、その先に広がるだけだった。
「……ねぇ、もうだいぶ下ってるけどー。まだなのー?」
気味悪そうに、辺りをキョロキョロしながら、ルルカが愚痴を垂れる。
「かなり瘴気が強くなってきた。あともう少しのはずだ」
暗い階段を、指先から光魔法『フラッシュ』を出して照らしつつ、リンファは言った。……へぇ、フラッシュってあんな小さく使えるのか。
目眩まし以外にフラッシュを使ったことがなかった俺は、リンファのその繊細な魔法技術に感心しながら、その様子を見つつ歩いていた。すると……。
「……扉だ」
先導していたリンファが、急に立ち止まり、呟いた。
リンファの言う通り、目の前に、地下水路には似つかわしくない、黒く、怪しげな扉が、俺たちを拒むかのようにたたずんでいた。
「この扉の先から、とてつもない瘴気が漂っている」
リンファは剣を手に持ちながら、扉を注意深く見据えつつ、言った。その動作に倣い、すぐさま俺たちも身構え、臨戦態勢へと移る。
空気がピリピリとし始める中、緊張で体が固くならないように、俺はできるだけ軽口を叩くようなトーンで言った。
「この先の奴なんかちゃちゃっと倒して、さっさとノアとゼノン連れて帰ろうぜ。風呂入りてぇし」
「……ふふっ、そうだね」
「全く、コータ……お前って奴は」
いい感じに、二人から笑顔を引き出した俺は、改めて扉に目を向け、言った。
「……行くぞ」
言うと同時、勢いよくその扉を開け、剣を構える。何がどこから来てもいいように、自然と三人の陣形は背中合わせとなっていた。
扉の先は、思った以上に広く、天井が高かった。地下水路であるにも関わらず、一種の大広間のようになっており、一瞬、自分達がどこにいるのかが分からなくなる気さえした。
「地下水路にこんな場所が……」
ぼそりと呟くリンファを見るに、地元の人間ですら知らない空間らしい。俺はそのことに不安を覚えながら、そのまま、敵の襲撃を待ち構える。
やがて、空間内に俺たちのではない声が響いた。
「我が住処へようこそ、冒険者たちよ」




