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深い深い下の下

――――――――――――――


何かが、こちらに向かってきている。


そうか、アンデッドを殲滅した奴らか。


俺のわずかな力に、翻弄された人間共か。


面白くなってきた。


絶望をはね除けたその意思を、力を、勇気を。


俺は―――――――



「潰してやりたくて仕方がない」



口角が上がるのを自覚しながら、俺は呟いた。


―――――――――――――――――


「うわくっさ! 地下くっさ!」


ついつい大声で、俺は叫んだ。地下水路は横幅、天井共々低く、足元は、長い間水にさらされて、古く腐った黒い床が敷き詰められている。そのせいで、臭いという臭いが狭い通路を占めていた。


リンファやノアの地位を利用して、本来、関係者以外立ち入り禁止の地下水路に、半ば強引に侵入したまではいいが……。


「聖域都市なのに地下は聖域じゃないんですねぇ」


ゼノンがへらへらと、毒舌を吐いた。だが正直、今回ばかりはゼノンの言い分に賛同せざるをえない。


「前に遊びで侵入したときは、こんなんじゃなかったはずですけど……」


ノアがポツリと言うのを見て、ルルカがぎょっとしていた。ノアは時々、つかみどころが無くなる。また、俺の知らないノアが増えてしまった。


「は、はは……意外とやんちゃだったんだな、ノアは」


「わ、私もノア様と入ったぞ! だから私もやんちゃだ!」


「いやリンファさんなんで張り合ってるの……。別にお前のこと、堅苦しい奴とか思ってないよ?」


悪ガキっぷりを自慢しようとする聖騎士の姿は、居酒屋で武勇伝を披露するおっさんと変わらない。……松田さん元気にしてるかな。


そんな、かつてのおっさん転生者のことを思い出していたときだった。


「きゃっ……!?」


小さく、後ろから悲鳴が聞こえた。


「え……」


同時に、なにやら石が擦れるような音がし始める。一瞬で不穏な空気を悟った俺は、ほぼ反射的に振り向いた。


俺の後ろを歩いていたのはノアだけである。そして、今の悲鳴は当然、ノアなわけで―――――


「コータっ……!」





――――そこには、崩れ去る床に吸い込まれていく、ノアの姿があった。





「おい、嘘だろっ……!!」


とっさに手を伸ばしながら、俺は悪態をついた。いくら管理が行き届いていないとはいえ、いきなり床が崩れるなんて。


……いや、これも黒幕の仕業なのか……!?


くそ、今はそんなことを考えている場合じゃない!


俺は無我夢中で、ノアに手を伸ばした。一度は、ノアの手に触れた。けれど、掴めるほどではなかった。もう一度、なんとか触れようと、今度は自分が落ちかねないくらいに、身を乗り出す。


……だが、その手が届くことはなかった。


「ノアーー!!」


俺は、奈落の暗闇へと飲み込まれていく仲間の名を叫んだ。


俺の声が、奈落の底で反響する。だがもうそこには、ノアの姿はなかった。


「嘘……」


ルルカが、あまりの突然の出来事に、口を抑える。その横で、リンファが歯を食い縛りながら、うつ向いていた。


歩いていたら、床が突然崩れて仲間とお別れだなんて。


いくらなんでも、こんなのってないだろ。運が悪いのは十分承知してるけど、こんなのって……。


「……私が様子を見てきます。きっと、ノアさんなら大丈夫です」


ゼノンが奈落に広がる暗闇を覗き込みながら、小さく呟いた。


「……ああ」


失意の底に落とされた俺は、なんとかそれだけを言うと、手を引っ込めた。


……そうだ、ノアだって俺たちと戦ってきた仲間なんだ。こんなところでくたばったりするもんか。


「悪いなゼノン……。ノアのこと、頼んだぞ」


「……はい」


ゼノンはそれだけ答えると、穴の中へと飛び込んでいった。みるみるうちに、その姿が奈落へと吸い込まれていく。


「ノア……本当に大丈夫かな……」


「ノア様……」


憔悴しきった二人の顔を、見るのが辛い。だが、今はノアを信じるしかなかった。


「大丈夫に決まってる。それにゼノンがいるんだ。最悪の事態は回避してるはずさ」


「……うん、そうだよね」


ルルカが自身の顔をパンッと両手ではたき、気を取り戻した。それに倣うように、リンファは深く、息を吸って、長く吐き出した。


さすがに、これまでの旅で修羅場をかいくぐってきただけあってか、俺を含めてみんな、切り替えが早かった。俺は、望まずして手に入れたその精神力を、今後も大事にしていこうと思った。


……だが、その精神力をこのあと、すぐに試されることになる。


「……瘴気を感じる」


突如、リンファは険しい表情で言った。その不穏ではない言葉と振る舞いに、俺とルルカも身構える。


「くそっ……次から次へと……! ルルカ、リンファ、覚悟はいいな?」


「う、うん。怖いけど……頑張るからっ」


「無論、問題ない」


仲間が二人ほどいなくなったとたん、すぐこれだ。だがこのパーティの戦闘力なら、申し分ないはずだ。今はとにかく、前へ進む。また都市があんなことになる前に、親玉を叩かなければならないのだ。


「……瘴気が濃くなってきた。来るぞ」


リンファがそう言いながら、剣を、暗い地下水路の先へと構える。すると、前方から徐々に、ベタベタと気色悪い音が響き始め、やがて、それは大きな音となり――――


「来やがったな!」


大量のアンデッドが、再び俺たちに襲い掛かってきた。


俺が先陣を切り、迎撃する勢いで、エクスカリバーを振り回す。相変わらずのチート補正で、一撃で倒していき、そのままの勢いでさらに前進していくが……。


なんだか、いつもと違う感覚を覚えた。なんだ、この感じ……。確かに一撃で倒してるし、加護もちゃんと機能しているのに……。


「……コータ……なんか……ちょっと変かも……」


最初に症状を訴えたのはルルカだった。猛攻を捌きながら、横目でルルカの方を見てみると、なにやら、額を抑えながらふらついている。


「おい、どうしたんだルルカ……って、あれ……」


それに続くように、今度は俺にも似たような症状が現れた。体が重く、頭が痛い。


「コータ、ルルカ! いったいどうしたんだ!」


体調を崩しかけている転生者二人を、リンファが庇いながら問いかける。リンファはその症状が出ていないらしく、現状、最も動けているのはリンファだけだった。


「……これ……多分毒とか呪いの類いだろ……!」


ひどい倦怠感に襲われつつも、かろうじて剣を振りながら、俺は言った。


そもそも、ここはアンデッドの巣窟みたいな場所だ。そんな中、それらの状態異常をまとったあいつらと戦っていれば、倒したとしても、なんらかのペナルティを食らうことなんて、ゲームではよくある話である。


けど、こっちは転生者だぞ……! レベル9999のステータス持ちを、ここまで追い詰める毒や呪いってどういうことだ。通常のアンデッドを相手にするだけなら、こんなことにはならないはずだ。


「……くっ」


いろいろ考えていると、いつの間にか、リンファがアンデッドに圧されていた。リンファは転生者ではないが、時雨の森の凶悪モンスターたちを無傷で倒すほどの実力だ。


そのリンファが、体のあちこちに傷を負いながら、ギリギリの状態で戦っているのである。……これは、まさか……。


「コータ……なんかこいつら……さっきの奴らより……」


「あぁ、そうだなルルカ……。明らかに、こいつらの方が強い」


アンデッドたちのレベルが、異常に高いのである。それゆえに、俺たちのステータスを持ってしても、カバーしきれていないのだ。


「ぐあぁっ……!」


「リンファ!」


アンデッドに蹴り飛ばされ、リンファはその体を床に打ち付けた。やはり、今までと違って敵の力が強すぎる。助けようにも、うまく体が動かない。加護の力で敵の攻撃を捌くのに精一杯だった。


今は、ゼノンもいない。このままでは全滅するのも時間の問題だ。


逃げようにも、余りにも敵の量が多すぎるし、いつまで走れるか分からない。……くそ、呼吸が浅くなってきた。せめてこんな狭いところじゃなければ、もう少しなんとかできたかもしれないのに……。


……いや、逆に考えろ。


……この狭さは、利用できる。


「おい、ルルカ! まだ魔法使う気力はあるか!」


息も絶え絶えに、ルルカに問いかける。ルルカはふらふらした状態のまま、グッと親指を立てた。


「よし! じゃあ、まず、リフレクターを、通路の前方に、張って、くれっ……」


「わ、分かった」


ルルカは頷くと、アンデッドたちのいる前方に向かって、両手を広げ、「リフレクター!」と唱えた。いつものように、バカみたいに分厚い壁が、通路の中に展開される。


「よ、よし、とりあえずアンデッドは退けたなっ……!」


「で、でも……いつまでもは、持たないよ……!」


ルルカが、目をギュッとさせながら言う。分かってる。そこまで時間かけるつもりはないし、そもそも、一時しのぎのために出させたわけでもない。


「ルルカ、リフレクターを手に維持しながら移動できるか?」


「うん。私が移動するのに合わせて、リフレクターも動くやつでしょ? 簡単簡単っ……」


「じゃあそこからさらに《クイック》を使ってくれ!」


「それも簡単! 私、チート魔術師だからっ……ヤバい、吐きそう」


「いいから早く使えっー!!」


俺の叫びに、ルルカは慌てて、自身にクイックを発動した。リフレクターを発動してる上、ルルカ自身の体調が悪い今なら、クイックが強力になることもないはずだ。


「よーし、よく、やった……。……じゃあリンファ、俺に捕まってくれ」


「ふぇ!?」


あからさまに赤面し、高い声を出すリンファ。なかなか珍しいものが見れた……が、今それを堪能していると本当の意味で昇天しかねない。


「頼む、リンファを守るためなんだ!」


「う、うぅ……わ、分かりましたぁ……」


リンファはそういうと、その体を俺にゆだねた。俺は残りの力を振り絞り、リンファを抱き寄せた。


「お、おいコータ……! いくらなんでも、だ……大胆……すぎ……!」


「すまん、お前を守るためなんだ」


俺はそう言いながら、今度はルルカに抱きついた。


「は、はぁ~!? ちょっとコータ!? いくらなんでも、乙女が弱ってるとこを狙ってセクハラすんのはどうなの!?」


「ち、違うから! こうでもしないと大変なことになるんだって!」


確かにやってることは、片方に聖騎士を抱き寄せ、もう片方で魔術師に抱きついているという図である。


ここだけ見るとただの変態だ。だが今は両手に花とか言ってる場合じゃない。


「ルルカ! 進行方向に向かって地面を蹴るんだ!」


俺の発言に、ルルカは何かを察したのか、パァっ、とした顔になると。


「よーし、じゃあ行くわよー! レディー……」


そう言って、足を踏み込み……。


「ごぉー!」


思いっきり、地面を蹴った。


次の瞬間、ルルカがすごい勢いで地下水路を()()()。ルルカが両手で維持しているリフレクターは、しっかり術者の支配下で共に移動し、前方のアンデッドを蹴散らしていく。


だが……。


「きゃああああ! ちょっとコータ、これヤバい! リフレクターにアンデッドがベタベタ張っついていってる! キモいなんてレベルじゃないよ!!」


当然、押されている側のアンデッドたちは、その腐敗した体をべったりとリフレクターにつけていくので、その様子は、B級ホラー映画でバリケードを壊そうとするゾンビたちに見えなくもなかった。


「しょうがねえだろー! 今はリフレクターが消えないようにすることだけに集中しろー!」


なんとかルルカに捕まりながら、俺は叫んだ。そんな中、リンファはというと、ひたすら俺たちに回復魔法を使ってくれていた。おかげで、徐々に体調が回復していった。

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