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ノアの過去

俺がふてくされながら、そのまま、ルルカに引っ張られていると、道の先に、男女が二人、立ち止まってこちらを見ているのが確認できた。


やれやれ、まーた俺のファンか。仕方ない、また適当にあしらって……と思っていると、そのうちの女性の方が口を開いた。


「もしかして……ノア?」


想定していなかった人物が呼び掛けられ、俺は「え?」と、固まった。それと同時に、ルルカも手を離す。


だが、それ以上に想定していなかったのは、ノアの次の台詞だった。


「……お母さん」


……え?


その一言に、ルルカと二人して目を丸くする。俺の頭はすっかり異世界ハーレムから離れ、目の前の男女を深々と観察する方向へと切り替わっていた。


男性の方は、口元に髭を蓄え、恰幅のよい容姿をしている。見るからに優しそうな雰囲気で、見ただけで、警戒心も薄れていく感覚があった。


女性の方はノアとそっくりで、ノアがこのまま順当に育っていけば、ああなるのだろうと思えるほどの美人だった。こちらも男性と同じく、慈愛の心に満ち溢れているような雰囲気を醸し出している。


「あれがノアのご両親かぁ……」


俺の横で、ルルカが感慨深そうに言った。その表情は「納得」という言葉が書かれてるのかと思うくらい、納得していた。表情豊かな上に分かりやすくて助かる。


まぁ、俺もそういう顔で見てたんですけどね。


そんな中、なぜかリンファだけは、険しい表情で、その様子を見ていた。


「……リンファ?」


俺が小声で呼び掛けると同時、父親と思われる方の男性が、低く、くぐもった声で言った。


「……なにしに戻ってきたんだ?」


見た目からは想像できない、トゲのある言い方。明らかに、娘の帰還を歓迎していない者の発言だった。


「えと……その……」


ノアが、手を握りしめながら、なんとか答えようと、口をパクパクさせる。……だが、その口から返答が出ることはなかった。


両親との感動の再開、とはならず、なぜか険悪なムードに包まれている。俺とルルカが顔を見合わせるなか、ゼノンまでもが、その様子を興味深そうに、顎を擦りながら見ていた。


そして、次に口を開いたのは、母の方だった。


「……用がないのなら消えなさい。あんたみたいな子、どうせここにいたって何もできっこないんだから」


「ちょっと、さすがに言い過ぎ……っ」


「ルルカ」


ルルカが、ノアの両親に抗議しようとしたところを、リンファが止めた。


「なんで止めるの? あれが親の言うこと!? 私、もうキレそうなんだけど!」


「いやもうキレてんだろーが。でもリンファ、ルルカの言う通りだ。正直、胸糞悪いぞあれ」


てか、こういう場面で一番怒りそうなのはリンファな気がするんだが……と、考えていると、意外な答えが返ってきた。


「……あれはあの家庭の問題だ。我々が口出しするものではない」


「そりゃそうだけど……」


人の家庭の問題に首を突っ込むな、か……。


確かに正論ではあるが、それを、リンファは腑に落ちた上で言っているのだろうか。そんな理屈さえもぶっ壊して、思わず行動に出てしまいそうな方が、彼女には合っている気がする。


そんな感じで、考えを悶々とさせている間に、ノアの両親は去ってしまった。


「ノア……」


ルルカが心配そうに、ノアへと近付く。だが、ノアは苦笑しながら言った。


「あはは……変なとこ見せちゃいましたね。すいません」


ぺこりと頭を下げる様子が、見ていていたたまれない。


俺は、いてもたってもいられなくなり、さっき自分を崇めてくれた人々の方へと駆け出した。


「ちょ、ちょっとコータ!? どこ行くのよ!」


「さっき宿を勧められたんだ! そのうちのどれかに泊まらせてもらう! とりあえず、いったん休憩しようぜ!」


こんな状態で、冒険だとか情報集めだとか言ってられるほど、俺は合理的なやつじゃない。


まずは仲間が第一優先だ!


―――――――――――――――――――――――


「いや、ちゃんと金は払いますんで」


「いいんですよ、勇者様! お気になさらず!」


宿に来るなり、それまで取り巻きだった宿の主人が、無料を勧めてきた。


「勇者様が世界を救った暁には、きっとこの宿も有名になります! だから今はタダでよいのです!」


「下心丸出しじゃねーか! いや別になんでもいいですけど、お金は払わせてください!」


そう言い、カウンターに、おそらく足りるであろう額の金袋をドサッと置くと、俺たちは二階へと上がっていき、さっさと借りた部屋へ足を運んだ。


宿についた頃には、すっかり辺りも暗くなっており、俺たちの部屋を照らすものは、窓から差し込む月明かりだけだった。


「いやー、なんでもかんでも手に入りそうになると逆に怖いわ。めちゃくちゃ申し訳なくなるし」


疑似チート転生ライフを謳歌した俺は、そんな感想を呟くと、ベッドに座った。みんなも、ばらばらにベッドに座っていく。


「ほんと小心者ね、コータは。もらえるもんはもらっときゃいいのよ」


「最初は俺もそう思ったよ。でも満たされていくと、だんだんその有り難みを忘れていくっつーか……」


「んー、まぁ分からないでもないけどね」


と、ルルカが腕を組みながら頷いていると、横からゼノンが言った。


「コータ君は満たされないどころかマイナスでしょうに。周りからもてはやされてようやくゼロです」


「俺をなんもない奴みたいに言うなや。俺、こんな自分のこと結構好きなのよ?」


満たされないからこそ、人は努力をし、有り難みを知る……。ある意味、今回の経験は大切なことを教えてくれた気がする。そんな話でした。(締めくくり)


さて、じゃあ本題に移るとして。


「……なぁ、ノア。さっきのご両親について聞いてもいいか?」


俺は思いきって、聞いてみることにした。ノアの横に座るリンファが少し、背筋を伸ばしたように見えた。


「……そうですね。いずれ話そうとは思っていたのですが……」


――――――――――――――――――


聖域都市エファリスは、聖職者の町です。そこで育った人たちは皆、神々の祝福を受けた職に就くことになっています。


ですが、私にはもともと、シスターとしての才能はありませんでした。かといって、戦闘の経験や剣術の才能があるわけでもなく、あるのは自分だけを守ってくれる加護……《女神の加護》だけでした。


それでも、両親は私に優しく接してくれたのです。……あの日が来るまでは。


その日は、私の十六歳の誕生日でした。十六になった者は、勇者適性診断を行い、後日、その子に勇者の素質があるかを知らせる手紙が届くようになっています。


私は、その結果がどうであろうと構わないと思っていました。それはきっと、両親も同じはずだとも。


ですが、その手紙が届いた日……。私が教会から帰ってくると、明らかに、二人の様子が今までと違うことを悟ったのです。テーブルの上には、すでに封が切られた手紙。二人は、私の適性診断の内容をすでに見ていたのです。


唖然とする私に対して、お母さんとお父さんが放った台詞は、こんなものでした。




――――『もしかしたら勇者になるかもしれないって思って、ここまで育ててきたのに。勇者にすらなれないなら、もういい』



――――『ここに金がある。これでどこか遠くに行ってくれ。もう、家には帰ってくるな』




言うまでもなく、私に素質はありませんでした。……私の能力の低さは、『勇者の可能性』であることによって許されていたに過ぎなかったのです。ですが、その可能性すらも無くなった今、もはやそこに残ったのは『できそこないの娘』だけ。


……一気に現実に戻されたような気がしました。私は、逃げるように家を飛び出し、エファリスからも出ていきました。


自分も役立つなにかでありたい。そんな、すがるような気持ちで、私は王都へと向かいました。エファリス出身であることや、他の職よりはまだ、治癒魔法が使えるということを強みに、なんらかの職につけると思ったからです。


――――――――――――――


「まぁその結果、転生者調査隊として駆り出されたわけですから、人生そんなうまくはいきませんよねぇ」


「ゼノンさぁ……人がシリアスな話してるときに割り込むのやめない? そういうとこだぞ?」


空気を読まず、相変わらず毒を吐く高次元さん。ノアはそれに対し、小さく「うっ……」とうなりながらも、苦笑して言った。


「いずれは、自分も両親と向き合わなきゃいけないと思ってはいたのですが……まさか、あんなすぐに会うとは思ってなかったです」


なるほど、ノアがやけに自身なさげだったのは、そういう経緯があってのことだったのか……。


「てか、その診断って、なんのためにあるんだ? 何もしなくたって、エファリスから勇者は現れるんじゃないのか?」


「伝承によると、この都市のどこかに眠っているとされている、『聖剣ルナ・エファリス』が、勇者のもとに現れるそうです。そのため、勇者の素質がある子達は、エファリスに滞在し続ける規定となっていました」


俺は「ほーん」と頷きながら、なんかいろいろと面倒な話だな、と内心思っていた。


「リンファはどうだったの? 勇者の診断みたいなやつ」


ルルカは、ふと思い付いたように、リンファに問いかけた。ノアが横にいる手前、なかなか答えにくかったのか、歯切れ悪く答えた。


「まぁ、一応……素質はある、らしい」


あるのかよ。思いっきりエファリスの外に出てたけどいいのか? どうすんだよ、リンファが勇者だったら……。


とか考えていると、ノアは便乗するように言った。


「リンファは、剣術の才能に恵まれていた上に、本人の努力も凄まじいものでしたからね。階級の壁を越えて、騎士団長になったのも、その努力によるものだと思ってます。……なので、そろそろノア『様』はやめてほしいのですが」


ノアはわざとらしく、ジト目でリンファを見た。明らかに冗談と分かる仕草であるにも関わらず、リンファは慌てふためくと、頼りない声で言った。


「い、いえ、ノア様は大切な友人ですが、その、一応上流階級の方でありますから……」


「え、ノアってお金持ちなの? すごーい!」


呑気にパチパチと拍手するルルカに対し、ノアは「そんな大したものでは……」と謙遜していた。……てか、このお嬢様に俺たちは貧乏生活を強いていたのか。申し訳なさすぎる……。


と、思っていたその時だった。


「うわぁぁああああっ!!!」


窓の外から、何やら声が聞こえた。声色で、ただ事ではないことがなんとなくに分かる。


「なんだ今の叫び声は……!」


不穏な予感を察知し、すぐさま窓を開け、町を見下ろす。すると、そこには……。



「だ、誰か助けてくれっ!」


「なんだこいつらは! く、来るなっ!」


「ひぃっ……!」


大量のアンデッドが次々に地面から現れ、人々に襲いかかる光景が広がっていた。

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