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異世界の勇者

「――――まだ足りない」


深い深い暗闇の中で、声が響く。


「――――まだ、まだ足りな―――――おや」


ふと、声が止まった。それと同時に、暗闇の中を、誰かの歩く音が響き始める。


その音は徐々に大きくなっていき、やがて、ぶつ切るように止まった。


「こんにちは」


その暗闇の中で――――紫芽 結斗は、挨拶をした。


「――何しにきた」


「いや? ちょっとご報告というか、なんというか、ね。まぁ別に大したことじゃないんだけどさぁ」


紫芽はわざとらしくもったいぶると、少しの間を置き、言った。


「……アリス・カーラントが死亡したよ」


「――それだけか?」


暗闇からの声に、これといった興味は感じとれない。そのことを不快に思ったのか、紫芽はつまらなそうに言った。


「それだけか、じゃないよ。そんなんじゃ困るんだけど」


「―――お前には――――関係ない」


「あるある。だって君がしっかりしてくれないとさ、ほら―――」






―――――――この世界が、破滅してくれないじゃないか。―――――







「頼むよ。もう君の力は十分、世界を脅威に晒せるだろう?」


「―――――失せろ」


紫芽は、そこで首を横に振ると。


「もたもたしてると、ヒーローが来ちゃうかもよ?」


最後にそう言い残し、くすくすと笑いながら、その場を去った。


「――まだ、足りない」


再び、暗闇の中で声が響く。


「――だが、少しだけ―――――――力を使うとするか」


けれどその声は、先ほどより少し、愉しそうに響いた。


――――――――――――――――――――――


「だからさぁ、俺この前死んでんだよ。分かる? だからもうちょいゆっくりしたいわけ」


颯爽と駆ける馬車の中で、俺はぶつぶつと小言を繰り返していた。


「えー、いいじゃん。ほら、エファリスにはすごい綺麗な宝石店があるんだってよ。ね、リンファ?」


ルルカが楽しそうに足をぷらぷらさせながら、リンファに問いかけた。


「ああ、私は自身の魔力で魔法耐性を備えているが、それでは足りないからな。魔法以外の耐性もつけるべく、あらゆる装飾を……」


「魔法耐性? あー、そんなのはどうでもいいよ。私、全魔法耐性持ちだし、加護でだいたい効かないし。そんなことより、綺麗な宝石が見たいの!」


「そ、そんなことって……」


転生者の何気ない一言が、聖騎士のプライドを傷付けた。


きっとリンファは、騎士団長として死ぬほど特訓してきたんだろうなぁ。そんな現地人の努力を、転生者たちは「はい、レベル9999!w」って感じで軽く凌駕しちゃってるわけだから、これほど罪なことはない。


「ノアも見たいでしょ?」


一人落ち込む乙女騎士を差し置いて、空気読めないチート魔術師はノアに聞いた。


「はい! 私も《女神の加護》があるので、装飾品はだいたい、見た目だけで選んでますし」


「うっ」


やめてっ! 聖騎士ちゃんのライフはもうゼロよ! いったいリンファが何をしたってんだ……。


あ、なんかリンファの目に涙がたまり始めてるぞ。もしかして、戦闘以外の事だとガラスのハートだったりするのだろうか。そう考えるとなんか余計かわいそうに見えてきた。


「な、なぁ、リンファ……。そういや、お前の剣術ってすごいよな。やっぱ騎士団長だわ」


「……コータの加護で全部捌かれる程度のだけどな」


そう呟いたリンファは、肩をふるふるさせていた。あれ、なんだろう。この子わりとめんどくさいぞ?


「いや、その加護持ちの転生者と対等に渡り合える時点ですげぇよ。もう実質勇者よ、勇者。よ、勇者リンファ様!」


とりあえず、いるかどうかも分からない『勇者』という言葉を使い、リンファの機嫌取りを試みる。俺の涙ぐましい努力の横では、チート加護持ちの魔術師とシスターが楽しく会話していた。君たちさぁ……。


そんな中返ってきたリンファの返答は、以外なものだった。


「……勇者、か」


何か思い更けるように、リンファは窓の外を眺め始めた。俺はてっきり、リンファが恥ずかしそうに否定するものだと思っていたが……てかその反応が見たかったんだが……。


そう思っていると、今度はノアがなぜか、うつ向いたまま、何も言わなくなってしまった。あれ、俺何か地雷踏んだ?


「えーっと、すげぇ初歩的なこと聞くんだけどさぁ……。『勇者』って、この世界にいんの?」


勇者。それは、魔王を倒すために生み出された、ファンタジーにおける超重要人物。


当然、こんな剣と魔法の世界なら、いてもおかしくはない存在なのだ。チート転生者がその役割なのかと思っていたが……。


そんな俺の考えとは裏腹に、リンファはキョトンとした顔で言った。


「ああ、存在する。というより、エファリスはその勇者を選出する、重要な役割を授けられた聖域都市だ」


「「えーっ!?」」


転生者組の驚く声が、馬車の中で響いた。



パキンッ。



「え、マジでいんの? ってことは、今もこの世界のどこかでその勇者は戦ってるのか?」


「いや、それが……」


リンファの表情が、急に曇り始めた。


「勇者、という概念は存在するのだが……。今回は、この世界に勇者は現れなかったのだ」


「勇者が……現れなかった……?」



パキンッ。



ルルカが首を傾げながら復唱する。確かに、勇者が現れないってどういうことなんだ?


「今回は、ってことは、今までは勇者がちゃんと現れてたんだよな?」


「ああ。歴史上では、世界が危機に晒される度に、エファリスから勇者が現れ、脅威を打ち砕く、とされている」



パキンッ。



なるほど。その理屈でいくと、まさに今がその世界の危機である。……というより、魔王がどうのこうの以前の問題で、チート転生者たちが脅威の存在なわけだが。


俺は勇者不在の理由を確かめたくて、ゼノンに一つの可能性について質問した。


「なぁゼノン。『もしかして勇者が現れなかった』ってのも、その……いわゆる出目の悪いサイコロが生み出した事象である可能性は……」



パキンッ。



「あああああああうるせぇなさっきから!! なんなのパキンパキンって!」


とうとう我慢できず、俺はつっこんだ。音の正体は分かりきっている。ゼノンが手元で転がしている知恵の輪だ。それをあいつはさっきから力業で解いて……いや、引きちぎっている。


「これ簡単過ぎますね。IQ250の難題とか聞いてたので、どんなもんかと思ったら……。次、IQ400でもやりますか」


「IQ400だろうが500だろうが変わんねーよ!」


知恵の輪解くのさえ、このむちゃくちゃっぷり。仮にIQ8000とかのやべぇのが出てきても引きちぎって終わるわけだから、まさにこの異世界でこいつがやってきたことの縮図である。


「あ、いいなーゼノン。私にも貸して」


せがるルルカに、ゼノンは快諾し、知恵の輪を渡した。ほらすーぐゼノンが持ってるもの欲しがるんだから。お前は子供か。


ルルカがうんうん唸りながらやかましくカチャカチャとやってるのをスルーしながら、俺はゼノンに言った。


「……で、さっきの話だけど、どうなん?」


「まぁあるでしょうね。不幸というのは大きく分けて『悪いことが起きる』のと『良いことが起きない』の2つですから。勇者が現れなかったのは、まさに後者を指しますね」


良いことが起きない……。人生山あり谷あり、なんて言葉もあるが、多くの場合、マイナスもあればプラスもあるわけだ。だからプラマイゼロで帳尻が合うわけで……。


「……この世界、運悪すぎんか?」


「今更ですよ、コータ君。だから面白いんじゃないですか。攻略しがいがあります。女王戦では私が直々に戦いましたが、しばらくはまた、プレイヤーとして参加させてもらいますよ。せいぜい死なないでくださいね、PCのコータ君」


「PCってお前俺の命をなんだと思ってんだ! 普通はコンティニューできないんだぞ!?」


NPC(ノンプレイヤーキャラクター)からPC(プレイヤーキャラクター)に昇格したんですよ? あと君は死んだ方が爆笑を誘えます」


「どうでもいいし、人の死を芸風みたいにとらえるのやめて? 死亡芸とかいくらなんでも体張りすぎでしょ」


俺が殺意の波動に目覚めていると、リンファがくすくすと笑いながら、窓の外を指差した。


「ほら、コータが喚き散らしてる間にもうエファリスが近づいてきたぞ」


「うぐぅ、リンファまで笑うか……」


そう思いながら窓の外を見ると、全体的に白で統一された建物が密集している土地が目に入った。要塞のような壁はなく、代わりに周囲を青々とした水が囲っている。


「おぉ、なんか水で囲まれてるぞ……すげぇ綺麗だな」


俺が窓の外をぼーっと眺めていると、ゼノンが言った。


「さぁ、あれが次の舞台……聖域都市エファリスです。また、楽しくなりそうですね」

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