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ミスベルの光

「……この私に、そんな攻撃が通用すると思ったか?」


ゼノンの攻撃をいとも簡単にかわした男は、ゼノンを見下すように言った。


その言葉は、ある意味ではなによりも絶望的で。


もしかしたら、唯一の希望さえも通用しないのかもと、嫌な想像ばかりが過って。


そして、その唯一の希望は、黙ったまま、その男を見ているだけで。


そんな、なんてことない光景が、今まで見てきたどんな絶望よりも、深く、暗いものに見えた。


「……あなたは、誰です?」


無表情のまま空を見据えるゼノンが、その男に聞く。


「……オルディム」


男はそう答えると、避難していたルルカたちに向かって、


「くれぐれも余計なことは考えるな。じきにこの世界は終わる。貴様たちは、希望も持たず、ただひたすらに、終焉の時を待て。あがいたところで、絶望が増すだけだ」


そう忠告し、消えてしまった。


女王を討伐したにも関わらず、周りの静けさがやけに重い。


なんだかんだ、いつものように面白おかしく終わると思っていた結末は、悲劇でも、喜劇でもなく。


大きな『影』を残した舞台に、最後に締め括られた言葉は――――


「……私の攻撃が、当たりませんでしたね」


宙を見つめ、ボソリと呟いたゼノンの、事実上の『敗北宣言』だった。


―――――――――――――――――――――――――――


「起きて~!」


耳元で、ルルカの甲高い声が響いた。なんか前にもこんなことあったな。


「うーん……」


「ほら、もう生き返ってんでしょ!? 起きてっ!」


「……ったくうるせぇなぁお前は。こっちは死んでたんだぞ? もう少し優しく起こせないの?」


ゼノンの力によって、再び現世に戻された俺は、首を擦りながら起きた。


「……あぁ……ほんとに生き返ったんだっ……」


俺が起き上がるなり、ルルカが嗚咽しながら抱きついてきた。


「は!? なにやってんのお前!? 恥ずかしいから離れろって!」


「だってぇ~! もうダメだと思ったんだもん~! ゼノンもぜんぜん来ないしぃ~!」


そう言いながら、より抱擁を強めてきた。……あれ、以外と女の子って小さいんだな……あと、全体的に柔らかい……。


ちょっと待てそういうキモい感想を脳内で言うために生き返ったんじゃない。


「分かった、分かった! ほら、ほかのみんなが見てるから、一旦離れよう、な?」


「うんっ……」


ぐずぐずと顔をくしゃくしゃにしながら、ルルカは離れた。だがもういろいろと遅かったらしく、松田さんはにやにやしてるし、リンファは放心状態だし、ノアは暗黒微笑を浮かべて……ノアさん?


ともかく、あまりいい反応ではないことは理解できた。そして、だいたいこういう時に一番よくない反応をするやつはもう決まっている。


「やれやれ。生き返らせた途端、ルルカさんとイチャイチャですか。女王相手に手も足も出なかったくせにいいご身分ですね」


今回の最大の功労者、ゼノンがくすくすしながら言った。


「イ、イチャイチャしたつもりねーし!? 勝手にあいつが抱きついてきただけだし!?」


必死に弁解するも、ルルカはまだ泣きじゃくっていて、全く加勢してくれない。……こいついっつも泣いてんな。


「お前もいつまで泣いてんだよ。いい加減そのすぐギャン泣きする癖やめろ」


「むりぃ~……」


そう言いながら、ルルカはノアに抱きつき始めた。ノアは聖母のように優しく包むと、「よしよし」と頭を撫でた。


その様子を、ゼノンが指指しながら俺に言った。


「……ほら、ああやってやればいいんですよ」


「お前正気?」


シスターでもなければ女の子でもないただの陰キャがあれをするとか地獄もいいところじゃないですかね……。どう見たってイケメンしか許されないやつじゃん……。


俺がげんなりしていると、それまでにやにやしていただけの松田さんが感心したように言った。


「……それにしても、本当に生き返るとは……。女王との戦いのときもそうだが、ゼノンさん、あなたは一体どんな力を使ったんだい?」


「力とかじゃないです。超強いからできるんです」


「……うーん、やっぱりよく分からないねぇ」


松田さんは考えるのをやめた。まぁ実際俺なんかとっくに考えるのやめてんだけど。


……だが、そんな超強いゼノンの攻撃が、効かない相手が現れた。あんなの初めてだ。ただでさえ女王にボコられて、もはや俺の存在意義とかあんのかよとか思い始めているのに。


けれど、旅を止めればゼノンは今度こそ、本当に帰ってしまうだろう。そうなれば、完全に希望が潰えるも同然だ。


くそ、女王よりヤバそうなのを、たった今目の当たりにしたばっかだってのに……。あと何回死ぬんだ俺……いや、それこそ考えるのは止めよう……死にたくなる。


俺は切り替えがてら、元気よく言葉を発した。


「ま、これで女王は倒されたわけだ。いろいろ思うとこはあるけど……とりあえず、よしとしようぜ」


実際、気がかりなことはある。


アリスの行動や考え方は、どのくらい本心だったのか。


それらの中に、作為的な悪意の介入はあったのか。


どうせ本人に聞いていたところで、自分の中の純粋な悪意なのか、作られたものなのかなんて判別、つくわけがないのだろうけど。


―――『私、こんなに性格が悪かったかしら』


ただの何気ない独り言だったのだろうが、俺はどうにも気になって仕方がなかった。


そんな中、リンファが何かに気付いたらしく、放心状態から解放された顔つきになった。……今の今まで放心してたのかよ。


「おい、何か視線を感じないか?」


リンファの一言に、みんなが辺りをキョロキョロと見回す。まさか、まだミスベルには敵が潜んでいるのか……?


と、警戒していると。


「あー、多分この子のことじゃないですか?」


ゼノンがいつの間にか、小さな女の子の首根っこを掴んでいた。


「ちょっとゼノン、あんた何やってんの! 早く離してあげなさいよ!」


さっきまで泣いていたルルカが、ノアの抱擁から飛び起き、怒鳴った。


すると、松田さんが驚いた表情で言った。


「き、君は……最初に僕がここに訪れた時にいた……」


その声に、女の子がピクッと反応する。


「おや、お知り合いですか?」


ゼノンがそう言うなり、パッと手を離すと、女の子はパタパタと松田さんの方へと駆けていった。


「おじさん……大丈夫だった……?」


見るからにみすぼらしい衣服を、両手でぎゅっと掴みながら、女の子は聞いた。


松田さんはかがみこんで、姫に跪くような姿勢で、女の子に言った。


「ああ。もう悪い女王はやっつけたよ。えっと、まぁ正確には僕がやっつけたわけじゃないし……というか活躍もしてないんだけど……」


カッコよく跪いた割に、だんだんとその声は小さくなっていった。こういう所はいかにも松田さんらしい。


だが、女の子にはそんなこと、関係なかったようだ。


「ううん……私、おじさんがこの国を守る、って言ってたの、聞こえてたんだ。女王様に、必死に抗おうとしてたのも、私たちのために大会に参加してくれてたのも、全部、知ってるよ」


「……だけど……僕は……」


全く、肝心な時に煮え切らないおじさんだなぁ。


「松田さん。俺は、あなたの『なんとかしたい』って感情に応えたかったから、ここまできたんですよ。それは、みんなも同じはずです」


「……コータ君」


「必死に戦ってる人間を見て『なんとかしてあげたい』ってなるのは、松田さんだけじゃなかったってことですよ。その連鎖が、こうした結果に繋がった。功績がどうとかじゃない。みんな、あなたの心の在り方から生まれた必然なんですよ」


松田さんは思うところがあったのか、俺の言葉に、はっとした顔をした。


「……なんか、生前を思い出しちゃったな」


「松田さんの……生前?」


ルルカが身を乗り出して聞く。松田さんは「あぁ」と言いながら、後を続けた。


「会社勤めだったときさ。僕自身に、大した能力はなかった。取り柄なんて、ひたすら頑張ることぐらいで……。今思えば、すごく無能な社員だったろうな。けど……」


松田さんは、そこで優しく微笑んで、女の子の頭を撫でた。


「……けど、なぜか人だけは集まってきたんだ。その人たちはみんな、コータ君のような事を言っていた。別に見返りがほしかったり、評価がほしくて奔走してたわけじゃないんだけど……みんな、助けてくれた。……まぁ結局、僕はそれでも頑張りすぎちゃったせいか、会社帰りに事故に遭っちゃって今に至るんだけど」


また、いつものようなおじさん臭い笑い声をあげた。


「いや事故に遭っちゃったのは笑えないっすよ」


「ありゃ、それもそうか。……まあなんというか、無能なりに頑張ってきてよかったって、思えたよ。みんな、ありがとう」


松田さんが頭を下げると同時、女の子も、それに倣って頭を下げた。それに合わせるように、みんなの顔がほころんでゆく。


正直、勝手に討伐しにいこうと思ったのは俺だし、実質戦ったのはゼノンなんだが……まぁそういう野暮なことは、今はいいだろう。


「さて……それじゃ、これからどうする?」


俺がそう言うと、まず先に松田さんが答えた。


「僕はこの国に残ることにするよ。この国を、再び建て直さなくちゃいけないしね。女王を倒し……まあ僕は倒してないけど、その後の責任は、しっかり果たさせてもらうよ」


「どうせ着いていっても役立たずだし……」と、小さく呟く松田さんは、やはりやつれたおじさんそのものである。


すると、ゼノンが。


「あ、そういえばこの城の地下に死ぬほど財宝が眠ってますよ。再建の足しにされてはいかがですか?」


また訳のわからんことを言い始めたのである。


「へぇ……って、えぇえぇっ!? なんでそんなこと分かるの!?」


おじさんの迫真の声にゼノンはいつも通りに、


「超強いんで見通しました」


……と、あっけらかんと答えた。


「そもそも、アリスさんには《アントワネット》がありますし、お金なんていらなかったはずです。国民に労働を強いていたのも、悪役令嬢の性がそうさせていただけで、それによって発生した金も多分、普通に城内にあるかと」


「あ、そう……」


……とりあえず、ミスベル再建はわりと難しくはなさそうだ。


「というか、城に秘密の部屋とか隠し地下なんてよくある話ですよ。かつてコータ君が戦った魔術師の始祖が住む城にも、地下に大量の財宝がありましたし」


え、ちょっと待って今こいつなんて言った?


「ゼノン……?」


「あ、しまった」


「ねぇ、今お前「しまった」って言った? 言ったよな? なぁ、おい?」


「……もう瓦礫の下です。諦めて下さい」


「あのさぁ! 財宝あったなら俺大会出ずに済んだよなぁ!? あの時に言ってくれたら瓦礫どかして持って帰ってたんだけどぉ!?」


「それだとコータ君が悠々自適に暮らしてしまいます。お話が進みませんし、なによりコータ君がひどい目に遭いません」


「俺ちょっと今からお前をひどい目に遭わせたいんだけど? エターナルドリンク(煉獄味)って知ってる? 死ぬほどうまいんだけどさぁ?」


怒り狂う俺にくすくすと笑う、高次元の悪魔。その様子を見て、なぜか笑っているみんな。笑うな、見せもんじゃねえぞ!


その笑い声は、俺がゼノンを追っかけ回している間、途絶えることはなかった。

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