悪役令嬢の物語はいつも
「ちょ……ちょうつよいっ………!!???」
もはや意味が分からない、と言わんばかりに、うわずった声で、ゼノンの言葉を復唱するアリス。敵ながら、不覚にも可愛いと思ってしまった自分がいる。殺されたんだけど。
パニクるアリスと、ニコニコで歩くゼノンの距離が、徐々に縮まっていく。意味はないと分かっているはずなのに、アリスが《要求》をし続ける。が、もうどれも発動することはなかった。
「あ……ぁ…………」
後ずさるアリスの背中が、とうとう壁にくっついた。その壁と怯えるクイーンに、ゆっくりと、ゼノンの影が覆い被さる。すでにチェックメイトなのは、誰の目から見ても明らかだった。
だが、勝負が決する目前、ゼノンは、尻餅をついたままのアリスの目線の高さまでかがみこんだ。
そして、アリスに優しく語りかけるように、言葉を紡ぎ始めた。
「あなたは、遥か昔に、この国の統治をしていた王族の関係者ですね?」
「……どうして……それを……」
アリスは、まだ怯えながらも、少し驚きを交えた声色で、ゼノンに聞いた。ゼノンはなんてことない、といった表情で答えた。
「魔術師の始祖あたりから、『前世で辛い目にあった、遠い昔の人間』が転生しているのは分かってましたからね。きっと、あなたもその類いだろう、と」
ゼノンの持つ閃光花火の光が、徐々にその光を強める。二人だけを照らす黄色い光が、まるで固有の空間を造り出しているかのようだった。
「転生のセオリーからして、あなたはおそらく、『悪役令嬢』と言ったところでしょうか。先ほど、ご自身もそんな台詞を吐いてましたよね」
『悪役令嬢』というワードに引っ掛かったのか、アリスはいつの間にか、その表情を再び冷めた物へと戻すと、自嘲するように小さく笑った。
「……そうね。あなたの言うとおり、私はそう呼ばれていたわ。今思えば、あの時はいろいろやってきたわ……。特に、自分が愛している相手を奪うためなら、どんなことでも、ね」
ゼノンは黙ったまま、アリスの言葉を聞いていた。大広場にいるルルカたちには聞こえていないのか、なにやらぶつぶつ話し合っている様子がうかがえる。
「でも、なんでも手に入れようとすると、いつの間にか、なんにもなくなっていたのよね……。……バカみたい。そんなの、前世から分かっていたはずなのにね」
「……あなたは、その過程で、重大な過ちを犯してしまったのですね。その罪を、処刑という形で償った。だから、あなたの姿は若い」
ゼノンの核心を突いたその言葉が、失望しきったアリスの目を少しだけ見開かせる。俺はその時、初めて、女王が自分やルルカとそう変わらない年齢に見えなくもないことを認識した。
思えば、俺たち転生者は、死んだときの容姿のまま、この世界に飛ばされている。その関係から推測すれば、アリスもまた、その年齢で亡くなったわけだ。
アリスは、遠い目をしながら、言った。
「……そうね。もう、どんなことをやってしまったかなんて、記憶にないわ。でもきっと、そうせざるをえないほどに、私は焦っていたのかもね」
「悪役令嬢らしい最期ですね。……だから、そんなやり方しかできなかったわけです」
そんなやり方、という言い回しに、少しだけ疑問を抱いた。ゼノンが言っているのは、きっと戦い方のことではないだろう。となれば、あいつの言う『やり方』というのは……。
「さあ、なんのことかしらね。あなたが何を言いたいのか、さっぱりだわ」
「あなたの本心なんて知ったこっちゃありませんが、結果として、国民は転生者の被害からは逃れられています。あなたの悪名そのものが、少なくとも『悪の転生者』を寄せ付けない要素となっていたわけです」
「…………」
閃光花火が、ぽとりと、静かに落ちた。空は晴れているはずなのに、突如光を失ったその空間は、やけに暗く見えた。
「もし、好きに生きたいのなら、《アントワネット》でどうとでもなったはず。世界そのものを統べるのも難しくはなかったでしょう。だが、そうしなかった。結局、過去のしがらみからは逃れられなかったわけです」
アリスは女王だった。しかし、彼女の周りに、人はいない。
誰も、指摘してくれない。
そんな中、無意識のうちに、かつての自分のやり方で、この国を統治した結果、今に至る……。頂点に君臨する者としての認識が、どこかで『国民の命を守った』という結果をもたらしたのかもしれない。
「……私、こんなに性格が悪かったかしら」
アリスがぽつりと言った。その言葉に、前夜話した内容が想起される。
――――もし、彼女もまた、悪意を込められた転生者だったとしたら。
――――彼女が、悪意にさらされながらも、抗った結果が、この国の統治のあり方だったとしたら。
ふと、アリスの表情を見ると、どこか後悔しているような、そんな表情をしている気がした。
「……なぁ、ゼノン。ちょっと――――――」
気のせいかもしれないが、確かめたい。
そう思い、俺が呼び掛けた、その時。
一筋の光が、アリスの心臓を貫いた。
そして、瞬く間に、アリスの目から光が失われ―――――
女王、アリス・カーラントは絶命した。
「え……なに……?」
あまりにも、一瞬のうちに起きた出来事だったからか、ルルカが呆然とした顔で呟く。
それは他のみんなや、俺も同じ心境で、ただただ、今起きた事態を眺めていることしかできなかった。
「……」
そんな俺たちに、女王からの返答は、当然なく。
もう、なにも言わなくなってしまった女王の亡骸は、目を開いたまま、空を見つめるばかりで。
まるで人形のように、力なく、壁にもたれ掛かるアリスの目を、ゼノンはそっと、手で閉じた。
そして、ゆっくりと振り替えると。
「……なんです?」
今までで最も強く、不快な感情を込めた声で、言った。
「何を長々とやっている? その女にはもう勝ち目などないはずだが」
ゼノンが振り返った先――――――『空中』に、その声の主はいた。
真っ赤に染まる長い髪は、一見すると女性に見えなくもないが、声質は、どちらかと言うと男性寄りだった。
白い服をまとっていいて、構造自体はシンプルであるはずなのに、具体的な種類を言えない、見たことのない服。その周りを、青白い光がうっすらと包んでいる。
「……どこのどなたか存じ上げませんが、いきなり出てきて、そういうことするの、やめてくれます? すでに私は、大会でそれをされたばかりなのですが」
ねぇ、コータ君?――――と、こちらにテレパシーを送りながら、ゼノンはモニターごしに俺を見た。
「二度も不完全燃焼をくらって、非常に気分が悪い。この意味、分かりますかね」
ゼノンはそう言いながら、すくっと立ち上がり、空中にいる、正体不明の何者かと向き合った。
「さぁ、どういう意味か分かりかねるな」
ポケットに手を突っ込みながら、男は言った。
「そうですか。ではさようなら」
ゼノンはそこで、わざとらしくニッコリと笑うと、指をその男に向け、どす黒い、レーザーのようなものを放った。
今までに見たこともない、ゼノン自身が出した技。直感で分かる、当たれば存在すらも危ぶまれそうな、ゾッとする光。
――いや、『当たれば』なんておかしいか。ゼノンがおふざけもなく、純粋に相手を葬り去ろうとして放った一撃が、『当たらない』なんてことはありえない。
それは、奴のむちゃくちゃ具合から導き出される当然の結果だ。万にひとつ、当たらなかったとしても、やっぱり相手は死ぬだろう。理から外れた者の攻撃など、こちらの常識が通用しなくて当たり前なのだから。
そう、それが『超強い』ということなのだ。
――――そのはずなのに。
「なんだ、それは」
その男は、つまらなそうに、ゼノンの攻撃を“避けた”。
「…………!」
ゼノンはそこで、少しだけ目を見開いた。
「嘘でしょ……!」
ルルカが口を押さえながら、今起きたことに動揺していた。彼女もまた、ゼノンをなんだかんだ、厚く信頼していた人間の一人である。
例え、何が出てこようとも、『あいつ』なら。
それは、俺たちのパーティでの共通認識であり、覆らない理論だったのだ。
相手が回避の加護を持っていようと、一瞬にして回復する相手だろうと、あるいはそれらを全て含んだ壁さえも、人差し指で破壊した、高次元の存在。
その『デタラメ』が、唯一通用しなかった瞬間だった。




