どうあがいても希望
それからの出来事はもっとわけが分からなかった。
まず、タキシードの男が、フリーズしたままのシスターの目の前でぱん、と手を叩き、意識を呼び戻した。ハッと、目を見開くシスターの可愛い反応などお構い無しに、男は周囲に散らばった村人の屍を見渡した。
その後、男は、瓦礫に埋もれてしまった、無惨な姿の…………『羊飼いの娘の亡骸』を見つけると、すたすたと足早に亡骸へと近づいていった。そして、すでに燃え尽きた瓦礫を乱暴にどかしたかと思うと、突然、少女の頭を掴み始めた。
「おい、お前何やって……!」
いくら命の恩人とはいえ、やっていいことと悪いことがある。死者を弄ぶような真似など、冒涜行為だ。絶対に許されない。
にもかかわらず、男はア◯ンアルファらしきチューブをポケットから取り出すと、少女の首に塗りたくり、頭を乗せだしたではないか。なぜ接着剤なんか持ってるんだ、なんてツッコミよりも先に、さすがに頭に血が昇った俺は、男に行為をやめるよう、怒号を飛ばすつもりで口を開いた。
……はずだった。
男がフッと息を吹き掛けると、少女の亡骸から焦げが消えた。いや、火傷すらない。そこにあったのは、まるで…………『生きている』かのような質感の、みずみずしい肌だった。
そしてその直感は的中する。
「けほ、けほっ! なぁに、なんか周りが煙たい……って、家が崩壊してる!? なんで!?」
なんと、少女が生き返ったのだ。アロン◯ルファすごい。
ではなく、あんな接着剤で人が生き返るはずがない。ましてや、息を吹きかけただけで体中の焦げがきれいに吹き飛ぶのもおかしい。おかしいはずなのだ。だが。
「よくぞ生き返られました、お嬢さん。あなたの村は見ての通り、凄惨な状態です。ですがご安心を。この私が接着剤を駆使して、皆さんを復活させて差し上げましょう」
男は小声で「まぁ接着剤いらないんですけど」と言うと、人を化かす狐のように、キッキッと笑いながら、村人の死骸に接着剤を塗り始めた。
「これは真っ二つだから……こう。これは首が飛んでるから……こうやって……。あ、これ頭が散っちゃってるなぁ。めんどくさ」
そう言いながら、人体をくっ付けたり、時には雑に、村人の欠損した体を直接再生させたりして、次々に生き返らせていった。怒号を飛ばすために開いたはずの俺の口が、空いたまま塞がらない。
そうしてあっという間に、村人が全員、五体満足で復活した。元気に復活したはずの本人らも、互いに自分たちのことを確認しあうと、「は?」という表情で顔を見合わせた。そりゃそうだ。
「あ、接着面には別にアロン◯ルファなんて付いてませんから、ご安心を!」
自身の体のあちこちを心配そうに観察し始める村人たちに、男は軽々しく言った。
「お姉ちゃん……?」
突如、少女が呟く声が聞こえた。羊飼いの少女ーーーーーポーラは、自分を庇って死んだはずの姉を、目の当たりにすると。
「…………ひっく。お、……おねえちゃあ~ん……!!」
泣きながら、全快した姉に抱きついた。あのおしとやかだった姉。誰にでも微笑みを絶やさなかった、優しい心の持ち主の女性ーーーーソフィアは、自身の復活に戸惑いながらも、
「もう大丈夫だから……。怖い思いさせてごめんね……。もう二度と、離れたりしないから……っ!」
そう言って、優しく……けれども、妹のぬくもりを確かめるように、ぎゅっと、抱き締め返した。