女王の前では
「ルルカ……?」
目の前で起きた事態を把握できず、俺はただただ、バルコニーを見上げることしかできなかった。いつの間にか、体も動くようになっている。
「あ、みんな! お待たせ~!!」
呑気に叫ぶうちのチート魔術師は、右手に物騒な鈍器、『杖』を振りながら、こっちに向かって叫んできた。俺が口をあんぐりと開ける中、一部始終を見ていたノアが、膝の汚れをぱっぱとはたきながら、俺に説明した。
「ルルカがいきなり、あのバルコニーに現れたんです。それで、女王を見掛けるなり、杖でボコッと……」
「えぇ……」
俺がドン引きするのと同時に、こちらの話が聞こえていたのか、ルルカがバルコニーから話始めた。てかあいつ耳良すぎだろ。
「なんかねー、馬車をゼニスに送った後、すぐに転移魔法使ったら、急いでたからなのか、ちょっとミスっちゃってさー。いきなりこんなとこに飛ばされたのよ。そしたらなんかコータたちの様子がおかしいし、しかも女王っぽい人が悪そうな事言ってるし……。だから、ね?」
「「だから、ね?」じゃねえよ! 人違いだったらどうすんだ!」
「え? こ、この人が女王じゃないの? 大丈夫だよね?」
「いやまぁ結果的に合ってたけど!」
なんか前もあのチート魔術師がいろいろやって魔術師の始祖倒してたなぁ。一番追い詰められてるときにひょっこり出てきて、とんでもないやり方で倒していく……。もはや俺たちにとって王道の流れになりつつある。
「つーか、これもゼノンが手心加えたのか……?」
こういうやり方を陰から爆笑しながら見ていそうな高次元の悪魔を、俺はキョロキョロと探した。が、なぜかどこにもいない。あれ、ミスベルに入る前まではいなかったっけか?
「いやぁ、なんかラッキーだったわ! やっぱり私ってツイてるわね!」
偶然の討伐に対し、なぜかどや顔のルルカ。
「ラックかよ! この世界のステータスにそんな項目あったっけか!?」
『運』なんて項目があったら、チート転生者たちはみんなlevel9999なので、全員幸運とかいうわけ分からん事態になってしまう。幸運だったらこんな世界で苦労してないんだよなぁ……。
だが、あの目の前で起きた事態はどうやら……完全に『運』らしい。女王討伐劇は、『ルルカの運がめっちゃよかった』で終劇。なんだよこの終わり方は。
「た、たはは……とりあえず、助かったよ」
松田さんが苦笑いで言う。
「え……終わった……? これで……?」
リンファも動揺を隠せないでいる。そりゃ、あれだけ気合いを引き締めて剣を握り、ときには女王の能力に、悔しい思いをしながら唇を噛んだというのに……。ここまできて、馬車を送りにいっただけの魔術師にさらっと攻略されるなんて。
「ルルカ……ありがとうございますっ! 助かりました~!」
ノアがルルカに大きく手を振った。それに応えるように、ルルカも「よかった~!」と叫びながら、杖を振り返した。
「……まぁ、いいか」
俺はため息をつきながら、小さく呟いた。こんな形で終わるとは思っていなかったが、ある意味、俺たちらしいっちゃ、らしい。決してカッコよくはないが、勝ちは勝ちなのだ。
攻略不可だと思われていた女王もあっけなく討伐し、これでミスベルにも平和が――――――
「跪きなさい」
――――――――は?
驚く、なんて感情が介入する前に、自身の膝が再び地面についていることに、一瞬、思考回路が空回りする感覚を覚えた。
そこから数秒経って、俺はようやく、状況を理解した。
女王はまだ、討伐されていないことを。
「いつも、そうやってきたのかしら?」
どこからか、アリスの声がする。だが、ルルカの前に倒れている人物は、全く動いていない。再び、思考が空回りする。一体何が起きているんだ?
そんな中、女王に一番近い位置にいたルルカが、真っ青な表情で、こちらに何か、伝えようとしているのが分かった。口が上手く回らないのか、跪いた状態で、何かを繰り返している。
「おい、ルルカ! どうしたんだ、いったん落ち着いて……」
「……から……………」
「……ん?」
「……後ろから、女王の声がする」
「え……」
ルルカが台詞を言い終わると同時、目に焼き付くような、あの紅いシルエットが、バルコニーの奥からこちらに向かってくるのが見えた。
「ごきげんよう」
アリスは、愉快そうに挨拶すると、日傘をくるくると回した。
次の瞬間、ルルカの目の前にあった『女王だったもの』は、一瞬にして灰になり、ミスベルに吹く風と共に、完全に消え失せた。
自分の仲間たちの瞳から、徐々に光が失せていくのが見える。なんとか自分だけでも思考を働かせようと、頭がおかしくなりそうになるのを無理やり抑え込み、ひたすらに、現状把握に努める。
きっと、なんらかの《加護》によるもののはずだ。おそらく、ゲームでいう残機のような仕組みをもったもので――――
そう考えていた矢先、女王はルルカの首を掴んだ。
「っっ!!! おいっ! ルルカから手を離せっ!」
考える余裕なんてなかった。俺は、ただがむしゃらに、叫びという叫びを上げ続けた。だが、それを嘲笑うかのように、ルルカの体が、徐々に地面から離れていく。
「ぅ………かっ……ぁ」
苦しそうなうめき声が、大広場に届く。松田さんが、リンファが、ノアが、思い思いに、声をあげ続ける。
空間を、人々の絶叫が埋め尽くした。
「私は死なないわ。だって女王だもの」
その中で、唯一、なんの感情もなく発せられるアリスの声は、あまりにも不釣り合いで。
「試してみる?」
その後の台詞を認識することさえも、俺には難しかった。
「な……何を……言って……」
アリスに問いかける俺は、自分の体が自由になっていることに気が付きながらも、エクスカリバーを握れないでいた。この剣を振るって、女王に届いたとして……。
その先を想像するのが、不安で仕方がない。倒せるビジョンが見えない。その先にはおそらく、たどり着きたくない真実があるような気がして――――
「こっちにきなさい」
アリスの命令が、俺に振りかかる。まだ覚悟もできていない中で、俺の体は一瞬にして、バルコニーへと移された。
「コータっっ!!」
下から、ノアの絶叫に近い声が聞こえる。自分の仲間が、ましてや正体不明の力を持った宿敵の前へ追いやられている状況を、ノアはどんな思いで見ているのだろう。
「ほら、お友だちを助けたいのでしょう? 早くしないと、お友だちがかわいそうだわ」
女王は、いつか見た『荒地の影』のような笑みを浮かべた。
目の前に……剣が確実に届く距離に、倒すべき相手がいる。その横で、俺の仲間が、首を締め上げられている。もう、ためらっている場合ではなかった。
俺は、女王めがけて、エクスカリバーを振りかざした。
剣先が、アリスの首元に差し掛かる。今、まさに自身の喉がかっ切られようとしているのに、アリスは動かない。もう、結末など分かりきっていた。
エクスカリバーは、アリスの首にはじかれたた。
「ほら、言ったでしょう?」
アリスはケラケラと笑いながら、ルルカから手を放した。
「っごふ、………けほっ……はぁ……はぁ……!!」
ルルカが間髪入れず、今まで見たこともないような動きで、アリスから離れると、魔法を唱えた。
「《ファイアボール》っ!!」
上空に、巨大な火球が生まれた。ただでさえ紅い城に、さらに覆い被さるように、赤い光が差し込む。
ルルカが、本気で戦おうとしている。その表情は真剣で、いまここで、女王を確実に倒すことを覚悟しているのが分かった。
まだ俺の仲間が、諦めていない。その中で、俺が諦める理由がなかった。
「《剣波》!」
できる限りの、ありったけのパワーを込めて、俺は奥義を放った。同時に、チート魔術師による、魔力を最大まで詰め込んだ火球が降り注ぐ。
苦楽を共にした、転生者二人による『本気』が、女王をめがけて迫る。その状況に、アリスは。
「騒がしい」
その一言で、自身に迫る攻撃を打ち消した。
「……嘘…………」
「……なんだよ、これ…………」
チートの限りを尽くした攻撃。対し、アリスはたった一言、呟いただけ。たったそれだけで、力の差が歴然であることが、証明されてしまった。
それだけではない。アリスはたった今、『人に対する命令』以外で、この状況を生み出したのだ。
……最初から、分かっていたことじゃないか。本当は、とっくに気付いていたんだ。単なる命令なんて、そんなちゃちな能力じゃないことを。
にも関わらず、ただ、なんとかなるかもしれない未来を見たくて、現実から目を背けて。
――――だから、彼女に剣を振るいたくなかった。その先にある現実が、嫌でも見えてしまうから。
「あなたたちが死ぬ前に教えてあげるわね」
アリスは、いつものように、日傘をくるくると回し、世間話をするかのような調子で。
「『どんな要求をも現実にすることができる』能力……それが私の持つ力、《アントワネット》よ。ごめんなさいね。あなたたちが持っているような加護や能力……いや、考えうる素敵な能力は、もう――――」
そして、初めて見せた、屈託のない笑顔で。
「全て、『要求済み』なの」
最強の転生者にして、最凶の女王、アリス・カーラントは言った。
気が遠くなるような絶望が、辺りを埋め尽くす。どうにもならないという目を背けてきた現実が、ようやく、追い付いた。
もはや希望の欠片もない。どれだけ考えようと、どれだけ転生者を集めようと、絶対に敵う相手ではないことが、これでハッキリした。
「もう、いいかしら」
絶望の権化が、再びその口を開く。
そして、目に見えない力で、俺の首が締め上げられていくのが感じ取れた。もう、大広場からは、声も聞こえない。その静けさが、人が全てを諦める瞬間を、物語っていた。
「ほら、あなたたちのヒーローが死ぬわよ?」
微笑みながら言うアリスの存在は、まさに悪魔そのもので。
……そう、これだけ、絶望的な状況だから。
――――きっと、“あいつ”が動く。
脳に、酸素が回らなくなってきた。視界がぼやけ始め、走馬灯に近い何かが、うっすらと見え始める。
その中で、ふと、”あいつ“の今までの様子が、不自然だったことを思い出した。歯切れが悪く、俺たちが女王を倒しにいくことを、どこか冷めた眼差しで見ていた。
「……ゼノ、ン…………」
すがるような声で、あいつの名前を呼ぶ。
そういや、あいつはあのとき、笑ってなかった。
一つ一つのあいつの言葉が、行動が、パズルピースのように埋まっていって。
―――コータ君――――
脳内に、あいつの声が響き渡る。だが、そこに、いつものような安心感はない。その声を、必死に追いかけるように、俺はあいつの名前を呼び続けた。
―――君はまたそうやって、私の力を借りようとするのですね―――
遠のく意識の中で、本当の絶望が、その頭角を表し始める。
―――――ああ、そうか。
―――――俺は、まだ絶望してなかったんだ。
―――――だって、本当の絶望に、まだ直面してなかったから。
最期、ルルカの泣き叫ぶ声が聞こえた。どうやら、俺のために泣いてくれるらしい。ルルカも同じで、どこか、あの『ヒーロー』が、いつものようになんとかしてくれることを望んでいたのだろう。
そして、そのヒーローは、死にゆく俺の脳内で、はっきりと言葉を残した。
「私はもう、飽きました」
そこで、俺の意識は途絶えた。




