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悪女の哲学

――――――また転生者がやってきた。


やってくる転生者たちは、皆、目の色を変えて、その国の門を叩く。


――――――何がそんなに、気にくわないのかしら。


窓から見渡す街並みに、色はなく。


あるのは、ただ時を重ねるのみの、ひどく退屈した世界だけ。……いや、どちらかといえば、時さえも進んでいないのかもしれない。


私は、いつしか見た、あの『時止めの転生者』を思い出していた。


絶望を愛し続けるその様はどこか、鏡に映った自分を見ているようで。


「……私、こんなに性格が悪かったかしら」


嘲る相手もいない空間で、一人、自身に問いかける。そしてまた、それにこう返すのだ。


「仕方がないじゃない。こんなやり方しか知らないんだもの」


かつての悪役令嬢は、その口元に残酷な笑みを浮かべた。


―――――――――――――――――――――


自分が意図しない、不可思議な力で、俺は大門を通過させられた。


そして、前のめりになりそうな勢いで、城の目の前にある大広場へと、その体が投げ出された。すかさず体制を整え、なんとか転倒を回避する。みんなも臨戦態勢だったこともあってか、しっかりと、その足を地面につけていた。


「な、なんだ……今のは……?」


リンファが周囲を注意深く観察しながら言った。


「わ、分からない……。だが、女王の台詞通りに、僕らは今、動かされていた。……あのときと同じように」


そう言って、松田さんは、大広場からまっすぐに続く、石畳の先を睨み付けた。道の両辺に、いくつも立てられた、赤い国旗。そして、その紅で彩られた先には、より一層――――まるで血のような色をした城が、俺たちを拒むようにそびえ立っていた。


その、趣味の悪い城のバルコニーに、その城と同化するかのように、ワインレッドのドレスを身に纏い、日傘を手にした女性が立っているのが見えた。


「……あれが、僕たちが倒すべき敵だ」


松田さんの、鬼気迫る声色とは逆に、バルコニーで、ただただ目の前の出来事が愉快だと言わんばかりに、クスクスと笑い続ける女性。そして、その女王――――――


「『敵』だなんて、失礼な表現。私にはちゃんと、【アリス・カーラント】という名前があるのに」


―――――アリスは、その口元に手を当て、首を傾けながら、意地悪く微笑んだ。


その振る舞いに、背筋に冷たいものが走る。まだ戦ってすらいないのに。こんなにも仲間がいるのに。力だって、十分あるはずなのに。そのどれもが無に還り、奈落へ堕ち続けるような感覚。


直感的に、目の前の存在が敵わない相手であることを、どこかで察していた。


「淑女の前であるというのに、礼儀がなってないわ」


焦り、不安を差し置いて、アリスが再び口を開く。今までの流れから、奴の口にする『言葉』そのものが、何かしらの影響をこちらに与えていることは、うっすらと分かっていた。


その次の言葉が放たれる前に、と思ったのだろう。半ば不意打ち気味に、リンファは《アイスランサー》を、右手から射出しようと構えた。


相手に次の手を譲らず、かつ、先手を打って、不可思議な能力の戦いになる前に猛攻する……。戦況を捉えるなら、おそらく、その方法が最善手だった。


――――だが。


(ひざまず)きなさい」


そう、アリスが呟いた途端。


俺たちは、その場で膝をつく形となった。


「……っ!!」


まただ。また『命令』通りに、俺たちは身動きを封じられた。いくら体を動かそうにも、膝が地面から離れない。それは、転生者である俺と松田さんはもちろん、リンファ、そして《女神の加護》を持つノアでさえも、全く同じ姿勢を取らされていた。


間違いない。松田さんの話や、これまでの一連の出来事を照らし合わせると……彼女の能力は……。


「知らなかったのかしら。女王の『命令』は絶対よ」


日傘をくるくると回しながら、女王、アリス・カーラントはつまらなそうに呟いた。その顔に、もう笑みはない。彼女にとって、また一つ、楽しませてくれるものが消えた。そんな退屈さを訴えるような冷たい表情だけが、紅い城の高みで、こちらを見下すように、そこに在り続ける。


相手の能力は把握した。あとは攻略だけだ。いつものように、頭を回せ。例え膝を地面に付けようと、思考だけはできるはずだ。考えろ、考えろ。この状況を打破する、奇をてらった一手を。考えろ、考えろ…………!!


「もう終わりなのかしら。せっかく、一度は見逃してあげた命だというのに、どうしてまた、現れるの?」


バルコニーの手すりを触りながら、それに沿うようにアリスは歩き始めた。靴が床を叩く音が、歩くことさえも許されなくなった今、とても懐かしく思えた。


「このミスベルを……救うためだ……!」


松田さんが、その目に光を宿しながら言った。まだ彼は諦めていない。いや、きっと、諦められないのだ。どうにもならないと分かっていても、この国で見たことを、彼は葬り去ることはできないのだろう。大会で見せたあの眼差しは、今思えば、そのジレンマを映し出していたのかもしれない。


この人の正義に(こた)えたい。俺は、素直にそう思った。


「救う? 綺麗な言葉だわ。じゃあ、あなたなら、この転生者にあふれた世界から、ミスベルを救えるというのね」


どこか吐き捨てるように言うアリスに、松田さんは口をつぐんだ。そして、アリスがさらに続ける。


「この国は、言うなれば要塞なのよ。誰も助けず、誰も襲わず……。箱庭の中で、人々は生き続ける。貧困? 奴隷? ……笑わせる。この世界で死を待つより、よっぽどマシでしょうに」


そう言って、アリスはそこでピタリと歩を止めると。


「こんなやり方しか知らないんだもの。前世のときから、ずっと」


感情のない、淡白な声色で、そう呟いた。


前世……。つまりは、この転生者も、あの魔術師の始祖……ヴァンと同じ、遥か昔から来た存在なのだろうか。かつての彼女が、どういう立場にあり、どういう扱いを受けてきたかは分からない。だが、どこか、ヴァンと同じ雰囲気が、その言動、立ち振舞いから感じ取れた。


「確かに……こんな世界じゃ、絶対安全なんて、保障はできない。けど……けど、このままでいいのか? 死よりも惨い現状を生きている人だって、この国にいるかもしれないんだぞ!」


松田さんが、今までで一番大きな声で叫んだ。対照的に、アリスはさらに冷たい声で、それに返す。


「だったら死ねばいいじゃない。生かしてあげてるのに、そんなところまで見てられないわ」


「お前っ……それでも女王か……!!」


「ええ、そうよ。かつても、そうして上り詰めた。悪役令嬢、なんて昔のおとぎ話でもあったけど、よく言ったものね。そんなの、言わせておけばいい。私は、私が一番幸せなら、それでいいの」


自身を悪役令嬢と語った、女王アリスの瞳に、一切の迷いは感じられない。その台詞は、演技でもなんでもない、アリスの本心であり……そして、『純粋悪』である。彼女の行動は、結果的に国民が死ななくて済んでいるだけに過ぎないのだ。


「お話は終わりかしら」


再び、感情のない声色になると、アリスは、ため息をついた。


ここまで、いくら考えても、なにも打開策は思い付かなかった。すぐ横で、ノアが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。俺を信じてくれた仲間がいるというのに。守るとか、任せろとか、さんざん言ったあとなのに。


その仲間を、(ひざまず)かせてしまっている自分に腹が立った。もっとうまくできると思っていた自分を殴りたくなった。結局、俺はどこまでも無力なんだ。


「コータっ!」


ノアが、より一層、大きな声で呼んだ。その声に思わず顔を上げると――――――――


視線の先に、倒れたアリスが映っていた。そして……そのすぐ横には、ルルカの姿があった。

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