女王の招き
「瘴気?」
「はい。えっと、なんというか、ざっくり言うと『悪い空気』のことなんですが……。私たち聖職者の間では、心に何か黒いものを秘めている人から発せられるオーラのようなもの、といったのを瘴気と呼んでいます」
「ノアにはそれが見えるのか?」
「ほんのちょっとだけですが、見えます。相手が善人を演じていたり、距離が離れすぎていると見えません。実際に、私が瘴気を確認できたのは、村を襲った転生者だけでした」
ノアはそこで「すいません、力不足で……」と、頭を下げた。
「いやいや、謝ることなんてないぞ。それで、その瘴気の話がどう繋がっていくんだ?」
「はい。実はただ瘴気といっても、対象によってそれぞれ微妙に違う形、色をしています」
「まぁ、それはなんとなく分かる。同じ悪でも内面が違うだろうからな」
「はい……。それで、ここからが本題なのですが……。あの転生者と、『荒地の影』から発せられた瘴気が酷似していたのです」
ノアの言葉に、俺は思わず息を飲んでしまった。
「それは……どういうことなんだ?」
「……分かりません。あくまで、似たようなものに見えただけで、それ以上の意味は特にないんですけど……」
そこでノアは黙ってしまった。確かに現段階では、何がなんだかさっぱりだ。どうとでも結論じみたものは出せるが、そのどれもが確証に至らない。
だが、個人的に今の話はとても重要な気がした。
「話してくれてありがとう、ノア。今の話はしっかり頭に入れとくわ」
「もしかしたら、見間違いかもですし、関係ない話かもしれません」
「別にそうだったとしてもいいさ。仲間なんだし、そんなの気にしなくていい。迷惑かけちゃう勢いでばんばん話してくれていいぞ」
なんならもっとお騒がせなやつもいるし……。
と、とある魔術師と悪魔のことを思い出していると、ノアがいたずらっぽく笑って言った。
「本当に、迷惑かけてもいいんですか? 足、ぱちゃぱちゃしちゃいますよ?」
「お願いします」
あかん、美少女がぱちゃぱちゃした水全身に浴びたい衝動が先に来ちゃったよ。無意識にお願いしてたね。気持ち悪いね。
「え……」
「すいませんなんでもないですおやすみなさい」
俺は言葉をまくし立てると、逃げるように森の中へと歩いていった。ノアが呼び止めようとしてた気がするけど無理振り返れない。
「……締まらないなぁ」
寝床に戻った俺は、恥ずかしさを紛らわすため、即寝ることにした。
翌日、馬車は再び『ミスベル』を目指して走り始めた。結局、『荒地の影』以外は、これといったトラブルもなく、馬車は、順調にミスベルへと向かっていった。
何度か見た森林を抜け、整地された道が現れ始める。視界がひらけていくと同時に、『ミスベル』の全貌が、遠目に見えた。
「あれが……ミスベルか」
リンファが呟きながら、剣の柄を握りしめた。正義感の強いリンファにとって、今回のことは見過ごせないのだろう。
だが、そんなリンファも、一瞬、陰りを見せた。そして、こちらに向き直り、言った。
「もしかしたら、足を引っ張ってしまうかもしれない。もし、私に何かあったときは、そのときは……」
「守ればいいんだろ?」
俺は当たり前のことを、ただ普通に答えた。
「い、いや、そうではなく……!」
「ん? だって助けるって約束しただろ。それは『エファリス』や『世界』もそうだけど……リンファも同じだ。てか、仲間を見捨て救った世界とか普通に気分悪いし。なんか一生夢に出てきそうじゃん」
と、情けない理由を語ったあたりで、ルルカが割り込んできた。
「あー、分かる。コータって以外と繊細だからずっと救えなかった仲間のこと考えてそう」
「メンタル弱者の思考で悪かったな!!」
「もっとカッコいい台詞とか出なかったの?」
「俺、ヒーローでもなんでもないし」
つくづく情けない男だなぁ俺は。結局、『相手を守りたい』というより『自分の気分が悪くなるから』なんだもんなぁ。こういうとこはまさに日本の高校生。いや、普通そんなもんでしょ。うん、そんなもんだ。こうやって自己弁護繰り返してるところが一番ダサい。
「コータはヒーローだよ」
突如、よく通る声で、リンファは言った。その目は真剣で、嘘偽りのない、本心で言った言葉だというのは、想像に難くなかった。
「何を思っての行動かなんて、大した話じゃない。大会のあの時、思い詰めた私を助けてくれたのは、他でもないコータだったんだ。私は確かに救われた。それだけで十分なんだ」
そこで、リンファがふわっと笑ったのを見て、俺はつい赤面してしまった。……なんだよ、めちゃくちゃ可愛く笑うじゃんか。
「そうだねぇ。コータ君がいたから、こうして僕ら、ミスベルに向かってるわけだしね。僕からも、感謝させてもらうよ」
ま、松田さんまで……。みんな俺を買いかぶりすぎだろ。俺なんてただの自己中野郎よ? そんな立派な人間なんかじゃないのに……。
「……ま、私も、コータのそのカッコ悪いとこ、嫌いじゃないんだけど」
ルルカが、髪をくるくるといじくりながら言った。ノアがそれに便乗するように、うんうんと頷く。
「み、みんな……」
「ハンカチ要ります?」
ゼノンが空気を読んでいるのか読んでないのか分からないが、紫色のハンカチを渡してきた。
「い、いらねーし!」
俺は、目に溜めた涙が引っ込むまで、窓の方へと顔を背け続けた。
――――――――――――――――――――――――――
そして、とうとう馬車は『ミスベル』に到着した。俺は、馬車から降りると、国を囲む巨大な外壁を見上げながら、この先にいるであろう女王のことを考えていた。
未だ、能力不明の存在。一見すると、やっていることはめちゃくちゃだ。だが、むちゃくちゃなやつなんて、今まで嫌というほど、相手にしてきた。だから、今回も同じようにやるだけだ。
それにこっちには、秘密兵器がいる。むしろだいたいそいつのおかげでなんとかなってるわけだが……まぁ、そこもまた、今まで通りのはずだ。
全員が降りきった後、ルルカは御者と二言三言、言葉を交わし、こちらに向かって言った。
「じゃ、私は馬車をゼニスに転送するから」
「……あー、そっか、一度訪れた場所なら、転移で行き来できるんだったな」
「そ。後で追い付くから、先入ってて」
まぁ、馬車を再び荒野に向かわせるわけにも行かないしな……。そういうところは、やはり姉御肌的な部分が垣間見える。
「それじゃ、行ってくるね。《転移》!!」
次の瞬間、馬車と共に、ルルカの姿は消えた。
「……優しいな」
本人がいなくなったあとに、俺は一人呟いた。横で、ノアがくすっと微笑む。わ、笑うなよー、恥ずかしい。さらにその横で、ゼノンがくすっと笑った。わ、笑うなよー、殺すぞ?
そんな、羞恥と殺意の感情を交互に出していると、松田さんが、はっきりとした声色で言った。
「さて……ここからは、本当にどうなるか分からない。いいか、みんな。まずいと思ったら、すぐに逃げるんだ。巻き込んでしまった立場から言うのもなんだが、君たちにはできるだけ、無事でいてほしいんだ」
「頼む……」松田さんはそう言って、深々と頭を下げた。その様子に、いたたまれなくなったのか、ノアが慌てて松田さんに言った。
「だ、大丈夫ですっ! コータやルルカはとても強いですし、リンファも、まだ若いですが騎士団長です。それに私は、こう見えてけっこう丈夫なんですよ?」
ノアは、力こぶを作ると、そうおどけて見せた。確かに、ある意味この面子で一番丈夫ではあるな……。
「だから、大丈夫です。絶対に、大丈夫ですよ」
……ノアのこういう部分が、先に進む力を、俺たちにくれている。本人に自覚はないのだろうけど、きっとその言葉で救われた人たちが、今までにも多くいたことだろう。
「……ありがとう」
松田さんは、再び頭を下げた。その顔に、何が映し出されているのかは見えない。だが、先ほどまでの『罪悪感』ではないことは、言葉の雰囲気でなんとなくに把握できた。
「さて……そろそろ行くか」
正面の大門を見上げ、俺は言った。こいつをくぐれば、そこはもうミスベルだ。このまますぐにでも、女王の待つ城に向かって―――――――――――
『いつまでそこにいるのかしら? 早くこちらに来たらどう?』
「………っ!?」
声だ。
声が、国の中心部から。
直接、こちらに向かって放たれている。
「なっ………!」
松田さんが、声にならない音を、喉から出す。状況を察したのか、リンファはすでに剣を抜いていた。
「…………松田殿。今の声は、あなたが以前聞いた、女王の声とみて差し支えないな?」
「……あぁ。どうやらもう、彼女には全て、お見通しらしい」
なんとか己を奮い立たせるためか、松田さんは額に汗をかきながらも、にやっと笑い、剣を抜いた。
「へっ、女王直々にお迎えかよ。だったらぜひ、姿も見せてほしいところだけどな……!」
俺はそう吐き捨てると、みんなに倣い、エクスカリバーに手をかけた。まさかいきなりボス戦になるとは思わなかった。 これも全部、女王の思惑通りってか……?
そう考えるやいなや―――――――――
『早くきなさいと、言ったでしょう?』
再び、その声が響き渡ると同時――――――
俺たちの体は、勝手に『ミスベル』へと引き寄せられていった。




