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悪意の存在

結局、その日は荒野を抜けるあたりまでしか進めず、野宿となった。


馬車が再び、木々の集う場所へ進入していく。そしてそのまま、少しひらけたところで停車した。


「はぁぁ……なんかすごい疲れたぁ~」


一番最初に降りたルルカが、ふにゃふにゃした足取りで近くの切り株に近づいていき、座った。他のみんなも、降りては体を伸ばしたり、木に寄りかかったりなど、各々の休憩を取り始めた。


なんだかんだ、俺もなんか疲れた……。とりあえず今は外の空気が吸いたい。『荒地の影』が現れて以降、道中ずっと警戒しっぱなしだった。幸い、そのあとは何事もなかったが……。


「ノア~、私を回復してぇ~」


ノアが馬車から降りるなり、ルルカがだる絡みした。ノアも疲れているだろうにあのアホ魔術師ときたら。


「え、えっと……気疲れみたいなのは、ヒールじゃどうにもならないというか……」


それに対して、慌てふためきながらも、真面目に答えるノア。その様子を、ルルカはじーっと見つめたのち、


「……もう回復した」


そう言って、ノアに頬擦りした。俺も回復した。


「コータ君、顔がいつにも増して気持ち悪いですよ」


ゼノンが怪訝そうな顔をしながら、毒を吐いた。俺、お前が馬車から降りるとこ一回も見てないんだけどまあもうなんかいいわ。


「いつもはまぁまぁ気持ち悪いみたいな言い回しやめろ」


「さすがコータ君。聞き逃しませんね」


ゼノンはそう言いながら、クスクスと笑った。そして、一呼吸置いたのち、ゼノンは信じられない台詞を言った。


「『荒野の影』まで攻略してしまうなんて……さすがコータ君ですね」


「は? 気持ち悪いんだが?」


「君も大概ですよコータ君」


なんと、いきなり褒め出したのだ。この高次元のでたらめ野郎が、人間を褒める? ありえない、急にどうしたってんだ。


俺の疑念を差し置いて、ゼノンは言葉を続けた。


「私のサポートがなくても、君たちはしっかり戦えた。素直にすごいことじゃないですか」


「お、おう……」


なんか、女王討伐の話あたりから、ゼノンっぽくない瞬間が、時々垣間見える。普段なら絶対にしない表情や台詞。最後の手段とも言える存在がそんな様子だと、不安しか出てこなくなってしまう。


「……お前さ、もしかして女王について、なんか思うことでもあんの?」


「……急にどうしたんです?」


「いや、なんか違和感あって」


「罵られたりないとかですか?」


「そういう話じゃねぇ!」


くそ、肝心な部分を聞き出そうとしたら、はぐらかされた。なんかむず痒い。だが、今の調子だと、多分こいつは真意を話す気はなさそうだ。……それか、本当に何も思ってなくて、単なる俺の気のせい……なのか?


俺が煮え切らないまま、顎に手を当て、ゼノンを凝視していると……。


「はぁ……それにしても、僕たちって本当についてないね。なーんであんないかにもヤバそうな魔物に会っちゃうんだか」


松田さんが、がうわ言のように言った。それに便乗するように、ルルカが言った。


「そーそー。 ただでさえ、この世界にはサイコパスな転生者があっちこっちにいるってのに……」


「いやサイコパスってお前……」


膨れっ面で愚痴をこぼすルルカに、半笑いで俺がツッコみを入れた時、再び違和感が脳裏を横切った。


あの時と同じ違和感だ。かつてノアと一緒に、ルルカの服を買いに行った、あの夕暮れ。その時に感じたのは不安だった。


なんだろう、やっぱり何かがひっかかる。あの時、俺はいったいどこに違和感を覚えたんだ……?





――――――『なんてったってこの世界には、もっと残虐性のある、不思議どころではない転生者がいっぱい……』――――――――――




「……あ」





――――――『ただでさえ、この世界にはサイコパスな転生者があっちこっちにいるってのに……』―――――――――






「……そうか、だから、俺は…………」


一人呟く俺に、みんなの視線が集まる。そんな空気を察してか、リンファが俺に問いかけた。


「コータ、どうかしたのか?」


「あ、いや……どうしたってほどのことでもないんだけどさ。ちょっと変だなーってくらいの話だ」


意味ありげな言い回しをするつもりはなかったが、結果としてそうなってしまったらしい。その場にいた全員が、姿勢ごとこちらに向き直り、興味深そうな面持ちで、俺の次の台詞を待っていた。


「本当に大した話じゃないぞ? ただ疑問に思ったっていうか……」


「もったいぶってないで早く話しなさいよ!」


「あ、わりぃわりぃ。えっと、じゃあ言わせてもらうわ」


俺はそこで、自身のチート武器『エクスカリバー』を手に取り、


「これって、神から授かった武器だよな?」


ごく当たり前なことを口にした。


「どうしたんだいコータ君? そんなの決まってるじゃないか。僕はそれで《アンリミテッド》を授かって、こんなステータスなわけだし」


「松田さんの言う通りよ。それに《加護》だってもらってる。ゼノンも言ってたでしょ? 『この世界の運命を少しでも好転させるために、転生者が誕生した』って。だから私たちのは、れっきとした、神々の聖なる力によるものであって……」


最初は勢いよく喋っていたルルカだったが、台詞の最後の方は、ほとんど聞こえないトーンになっていた。


ルルカもバカではない。いや、ときどき羽目を外すことはあるが、それでもしっかり考える頭はある。きっと自分が言った言葉に、徐々に違和感を覚え始めたのだろう。


俺は、ルルカがその先の台詞を言わないことを確認すると、それに続くように言った。


「そう。これは、この世界を救うための、聖なる力。それがチートってやつだ。……だったらおかしいじゃねえか。なんでそんな神聖な能力に、《悪》を彷彿とさせる要素が混じってるんだ?」


それを聞いた途端、最初に反応を見せたのはノアだった。


「コータと私が、あの村で襲われた時の転生者の能力は確か……《ジェノサイド・レーザー》……」


「そう。要は『虐殺光線』だ。ずいぶん禍々しい名称の能力だよな。それに、王都に行く途中に遭遇した《コンダクター》も、よく考えたら不思議な能力だ。本来の《テイマー》スキルと違って、モンスターがアンデッド化するまで使役できる……。今思えば、ゾッとする能力だと思わないか?」


ノアがゴクリと、喉を鳴らす横で、次に口を開いたのはルルカだった。


「その理屈でいくと、《ウタカタ》もそうよね。人を消す能力なんて、邪悪そのものでしかないじゃない」


「その上、あれは『禁じられた古代の呪術』らしいからな。少なくとも、聖なる力で与えるような代物かっていうと、首を傾げるわな」


そうなのだ。確かにこの世界には、それこそサイコパスと言えるような転生者が蔓延っている。だが、それ以上に。


チート能力そのものが邪悪すぎるのである。とてもじゃないが、この世界を救うために授けるような力だとは、俺は思えなかった。


みんなが考えにふける中、俺は話を続けた。


「……まぁ、神様が与えるような力じゃねぇよなって思ったわけだ。そうなると、『神以外の何者かが、そいつらに能力を渡した』、って話になるわけだが……正直、憶測の域を出ないし、確証もない。それに、イスケとかは、特に邪悪な能力ってわけでもないしな」


「それはそうだけど……。そのコータの言う『神以外の何者か』ってのが、必ずしもそういう能力を渡すとは限らないじゃない? あくまで、そういう傾向にあるってだけで……」


そこで、ルルカは少しうつ向きながら、


「……結局、どんな能力だろうが、この世界を絶望に陥れることができたら、それでいいんだろうし」


どこか悔しそうに、そう呟いた。


「……あのー、僕からも少しいいかな?」


それまで、ずっと黙って聞いていただけだった松田さんが、申し訳なさそうに手をあげながら口を開いた。


「能力が邪悪なイメージだ、というのは分かった。けど、そんな能力を、偶然、その……なんて言ったかな、さいこぱす? な人たちに授けられるものなのかい?」


確かに、それは疑問に思うところである。転生システムに干渉できる存在がいたとして、そいつが悪人を厳選し、能力を賦与している、とも考えられるが……。


「それに、これは僕の感覚的な話でしかないんだけど……。なんか、今まで遭遇してきた悪い転生者ってのは、どうも『絶望』に拘り過ぎな気がするんだよねぇ。ほら、犯罪を犯す人たちだって、その行動理由は十人十色だろ? でも、僕らが戦ってきた奴らは、なんとなく、やたら絶望的な状況にこだわってる、というか……」


そこまで松田さんが話したあたりで、俺は思わず、勢いよく立ち上がってしまった。


「お、おい、どうしたんだコータ君……」


「もしかしたら……逆なんじゃないか?」


「え?」


暗い森の中に一瞬、静寂が訪れた。俺は、この答えを言うには格好の舞台だな、と見当違いな感想を抱きながら、言った。


「転生者たちは……『悪意』を埋め込まれた状態で、転生しているのかもしれない」


俺の言葉が終わると同時に、森の鳥たちが一斉に羽ばたいた。

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