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荒地の影

「おいどうしたんだリンファ……。落ち着けって。俺たちは転生者だぜ? この世界の魔物ぐらい余裕だって」


今までに見たことのない焦りっぷりを見せるリンファをなだめるように、俺は言った。それに続くように、ルルカもふんぞり返りながら言った。


「そうよリンファ! よく分かんないけど、あんなの私が魔法でちょちょいと……」


「いいから馬車に乗ってくれ! 話はそれからだ!」


「「あ、はい、すいません」」


リンファに怒鳴られ、つい謝罪してしまう転生者二人組。いやだってリンファさんおこなんだもん。めちゃくちゃ怖いんだもん。シンプルに怒鳴られるのとかゆとり世代にはちょっときつい。


こうして、俺たちはそそくさと馬車に乗り込んだ。リンファの合図で、御者が馬車を発進させる。馬車は、黒い影からどんどんそれていき、真正面にあった影は、いつの間にか窓から見えるようになっていた。


「迂回してやり過ごす。少し時間はかかるが、許してくれ」


そう言って、リンファは頭を下げた。別に、到着時間が多少遅れても問題ないが、なぜここまで、リンファがあの影を警戒するのかが分からなかった。


「リンファさん、あの影は一体なんなんだい? 邪神がどうとか言ってたけど……。おじさんにも分かるように説明してくれないかい?」


そう言って、松田さんは、優しく笑いかけた。リンファは窓の外に映る『荒地の影』を横目で見ながら、語り始めた。


「……あれは、この世界の神話に出てくる魔物だ」


「……!」


転生者たちが、声にならない驚きを見せる。そんな中、続けて口を開いたのはノアだった。


「私も、本で見たことがあります。そこには、邪神の力が強大になると現れる、不吉の兆候だと、記されていました」


「とりあえず、あれがやばい奴ってのは分かった。だけど、倒せないことはないだろ? エクスカリバーなら一撃よ?」


「あれ、影なんですよコータ君」


今まで口を開かずにNi○tendo Swi○chをプレイしていたゼノンが、いきなり割り込んできた。てかお前それ持ってたんなら馬車の中でみんなでやろうや……って今はそれどころではない。


「影……要するに『物理無効』ってことか?」


「なんなら魔法だって当たりません」


「いや、ゆーて転生者三人もいるんだぜ? 誰かしらなんとかできる奴が一人くらい……」


いやいねぇわ。あれ、マジで倒せないじゃんこれ。


「ね、無理でしょう?」


ニコニコで言うゼノンは相変わらず殴りたい面をしている。が、奴の言う通り、こちらに何かできる術はない。そうか、どんなに強い武器だろうが魔法だろうがステータスだろうが、当たらなければ効かない。それは、相手が転生者じゃなくても、同じことが言える。


さらにゼノンは、あくびをしながらノアに話しかけた。


「あと、『荒地の影』には、影を奪う力があるんですよね、ノアさん」


「はい……。本に書かれていた内容は『対象の影を奪い、己の力へと変える。影を抜き取られた者は脱け殻となり、荒地と共に朽ち果てるのみ』……と」


「え、脱け殻ってなに!? 人形みたいになっちゃうとかそういう話!?」


ルルカが震え声で聞き返す。ノアはそれに小さく、こくん、と頷いた。


「倒せない上に、えらい能力だなぁ……。でも、こうして迂回してるわけだから、もう大丈夫だよね!」


松田さんが、はつらつとした笑顔で言い切った。言い切ってしまった。日本でオタク文化履修済みの俺だけが、とてつもなく嫌な予感に襲われる。


「ま、松田さん……あまりそういう『フラグ』をたてるような言い回しは……」


俺がやんわりと咎めようとしたその時だった。


窓の外で、『荒野の影』が、(わら)った。


いや、嗤ったように見えた。影の中心部が、ぱっくりと裂け、それは左右に上っていき、まるで口角をあげているかのように映る。その様子を、こちらから認識できるということは……。


「……『アレ』、こっちを向いてますね」


ゼノンはその影に倣うように、口角を上げた。


次の瞬間、荒野の遥か向こうから、まるでヘビが這っているかのように、一線の細い影が、こちらに向かって地面を伝い始めた。


「ねぇ! あれこっちに来てない!?」


「見りゃ分かるわ! おい今倒せねぇって話したばっかだぞ! どうすんだあれ!」


「な、なんかごめんねぇ……! おじさんが余計なことしちゃったのかな!?」


パニックに陥る転生者組。やはり、チートでどうにもならなかった時の頼りなさはえげつない。それに対し、聖騎士とシスターは冷静に話を進めていた。


「ノア様……ここは私がおとりになります。少しでも時間を稼ぐので……その間に……」


「リンファ、待ってください。私の《女神の加護》なら、もしかしたら影を奪われずに済むかもしれません。ですから、おとりなら私が……」


だめだ、解決策が悲しい結末しかない。畜生、まだ女王にすら辿り着いてないってのにここで全滅かよ……!


影がさらに迫る。やばい、このままじゃ……! 影さえどうにかできれば……。


……いや、どうにもできないわけじゃない。だが、それをしたところで攻略できるかは不明だ。


だが、なんとかできる余地があるなら、抗うまでだ!


「ルルカ! 前にサンダーボルトがどうとか言ってたよな。あれ使ってくれ!」


「え? 《サンダーボルト》? でも影には当たらないし、使ったこともないし……」


「なんでもいいからとにかく使ってくれ!」


俺の指示に、ルルカは困り顔をしながらも、窓を開けて身を乗り出した。そして、『荒野の影』に向かって杖を向け……。


「もう、どうなっても知らないからね!」


そう言い放ち、「サンダーボルトっ!」と叫んだ。


次の瞬間、『荒野の影』の上空に暗雲が立ち込め、それはみるみるうちに、荒野全体を被い始め……。


分厚い雲が、光という光を遮断し、辺りはすっかり、暗くなった。そして……。


ズドンッ! と、雷が雲から放たれ、空気をぶち破る音と、地面を抉るような音が重なった。轟音と同時に発生した地鳴りが、馬車を小さく揺らす。『荒野の影』がいた地面に、巨大なくぼみが一瞬にして出来上がった。


その凄まじい威力を目の当たりにした俺たちは、しばらく放心状態だった。


だが、無論『荒野の影』に、《サンダーボルト》は通用していない。相変わらず、俺たちより少し離れた場所に位置している。


「ほらやっぱりダメだったじゃない~!」


「いや、これでいいんだ。正直、こっから先は神頼みだ。この状態で、どういう反応になるかが大事なんだ」


そうこの状態……。暗雲が生み出した、巨大な影のフィールドで。


『荒野の影』が這わせた影は、その姿を失っていた。


「……コータ、もしかしてお前……」


リンファが目を見開きながら問う。


「ああ。影の中に、影を溶け込ませた。サンダーボルトを発動した時の『暗雲』でな」


荒野を照らしていた天光が遮断され、その地面は、一面の影となる。それはすなわち、『荒野の影』はもちろん、俺たちの影をも、その姿を失うことになる。


影が消えてしまえば、こちらに影を伸ばせない。同時に、こちらの影がなくなれば、奪いようがない。ようは単純な科学の話だ。問題は、神話生物にそんな手段が通用するかだが……。


「頼む……! これでなんとかなってくれ……」


歯を食い縛り、手を合わせる。こっからはガチの願掛けだ。……まぁでも? 吸血鬼とか口裂け女とかも対抗手段あるし? 案外こういうのが弱点だったりするのとか都市伝説系ならよくある話だし? 


頼むよ神様……都市伝説と神話を同列で語ったのは謝りますから……!


そんな訳の分からない祈り方をしていると、俺の思いが届いたのか、いつの間にか、『荒野の影』は、その奇妙な笑顔を模した“裂け目”を閉じた。


やがて、徐々にその姿は消えていき、サンダーボルトのくぼみだけが、そこに残った。


「……やった……のk」


「はい松田さんそこまで。くれぐれも『やったか!?』とか言わないように」


松田さんの口を塞ぎ、なんとか事の顛末を見届けた。しばらくして、ゼノンがクスクスと笑いながら、言った。


「いつまでビビり散らかしてるんですか。もうとっくに『荒野の影』はいなくなりましたよ」


「…………よ、よかったぁ」


ルルカが安堵しながら言ったのに合わせ、皆、へなへなと床に座り込んだ。


「いやー……マジで通用するとは思わなかったわ。今回はルルカのおかげだな」


「や、やめてよー、普段褒めないくせにぃ」


ルルカが照れ笑いをしているところに間髪入れず、


「お前のやたらバカでかい魔法なら、荒野一面を覆う雲ぐらいいやでも発生しそうだなーって」


……と、真意を告げた。


「ちょっと! 魔力調節できないとこまで計算に入れてたの!?」


ルルカが照れ笑いから鬼の形相へと変わる。こいつほんと表情豊かだなー。


そんなルルカの様子を見て、みんなも笑い始めた。ルルカも最初は抗議していたが、いつの間にか混じって笑い出していた。緊張から解放されたら、ついつい顔が(ほころ)んでしまった。どうやらそれは、みんなも同じだったようだ。


だが、ひとつだけ、気がかりなことがあった。


「リンファ、あの魔物って、邪神の力に関係した存在なんだよな?」


「あぁ、そうだが……」


「邪神ってのは、いったいなんなんだ?」


その問いに、リンファは少し、難しい顔をしながら言った。


「この世界に災いをもたらす、災厄そのものらしい……。詳しくは、私も分からないのだが……」


そう言って、それきり黙ってしまった。


俺は、さっきまで『荒地の影』がさまよっていた場所を見ながら。


「……女王の仕業じゃ、ないよな」


そんなことを呟いた。

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