女王討伐へ
――――――――――――――――――
「……あら、何しにきたの?」
燭台の火が、妖しげに揺らめく食堂。ただでさえ広いその一室を、まるで分断するかのように、赤いテーブルクロスに彩られたダイニングテーブルが置かれている。
その席に、女性が一人、座っていた。
「私のお城が、そんなに気に入った?」
その女性―――――アリスは、紅茶をすすりながら、再び、姿を現さない『誰か』に対して言葉を発した。
「『気に入った』? まさか。僕たちがいる城の方が、住み心地はいいよ。なんでこんなところにこだわるのか、理解できないね」
いつの間にか、アリスの対になる位置に、その『誰か』は座っていた。
紫芽結斗は、壁に映る、燭台の灯火の揺らぎをぼーっと眺めながめていた。そして、アリスが何も言わないことを確認すると、言った。
「なんで、時間停止能力の転生者を殺したの?」
無音に近い空間で、紫芽の言葉が少しだけ、反響したように聞こえた。本人が声量を上げたわけではない。ましてや、城の構造上の話でもない。しかし、この男の言葉はやけに、そして、不快に、耳にしっかりと残る。
言葉選び、なんて問題でもない。ただ、その存在が、そういった印象を言葉に乗せている、というのが正しいのかもしれない。そうアリスは考えつつ、カップを皿に戻した。
「なんてことないわ。一番強い転生者というのを殺してみたかっただけ。つまらなかったけど」
「もう一人、面白い剣を持った転生者がいたはずだけど、そっちは?」
「さぁ。それ以外にも妙な格好をした転生者もいたけど、興味ないわね。だって、時間停止能力者の前に手も足も出ていなかったんだもの」
アリスの言葉に、紫芽は興味深そうに、顎に手を当てた。
「へぇ。時間停止をその二人はくぐり抜けていたんだ」
「そうね。良い加護でもあったんじゃないかしら」
「……君が手を出していなかったら、どうなってたのかな」
「……」
アリスが、カップに手を伸ばしたところで止めた。紫芽はその様子が愉快で仕方がない、と言わんばかりに、含んだ笑い方をしながら、言った。
「いや、ね? もしかしたら、何もしなくても勝ってたかもしれないでしょ? ほら、あの……『碓氷 幸太』だっけ。あの幸薄そうな転生者が、もしかしたら一番強かったのかもよ。まぁそれでも君は……」
紫芽はそこで、笑いをピタリとやめると。
「亜門 伊助の方を殺していただろうね」
「……なぜそう思うの?」
「さぁ? ただ、そんな気がしただけだよ。……でも、もう何をしたところで、じきにこの世界は……いや、どうでもいいか」
紫芽は「じゃ、確認したかっただけだから」と伝えると、姿を消した。再び、一人になった食堂で、アリスは空になったカップを置くと、自問自答するように、呟いた。
「なぜ私は、“あっち”を殺したのかしら」
―――――――――――――――――――――――
大会から二日後、身仕度を終えた俺たちは、その女王がいる国『ミスベル』へ向かうため、ゼニスのすぐ外に集まっていた。
それにしても、優勝者ってのは面倒くさいなぁ。結局、ゼノンのほとんど言う通り、大会は転生者のスカウトが目的だったらしく、あの後、あらゆる国から俺へのラブコールが殺到した模様。
上級国民の品定めみたいな感じはすごいムカつくが、むしろエファリスへ行く理由としては好都合だった。俺は数あるラブコールの中、迷わず即答で「エファリスの護衛を承ります」と答え、見事、移動用の馬車やら旅費用やらを獲得した。
代わりに、ゼニスの護衛は、他の転生者の担当となったらしい。話によると、「大会で負けた俺たちが冒険なんかしたら死ぬ」とのこと。いや、君たち今までどうやって生きてきたの……。
でもまぁ、確かに転生者たち何人かで都や村に固まってた方が安全っちゃ安全か。
「なんせ大会で負けた人たち……すなわち、転生者の中でも雑魚の部類に入る人たちですからね。群れないと怖いんでしょうね」
「突然俺の心読んでしかも会話するのやめてくれる? あとそんなこと思ってないからね?」
突如現れた、相変わらずタキシードのゼノンがくすくすと笑った。なんでまたいつの間に横にいんだよ。心臓に悪いからやめてほしい。
「コータ君の心臓の一つや二つくらい、なんてことないでしょ。水風船みたいなものです」
「だから心読んで会話すんのやめろって言ったよね。水風船うんぬんはもう面倒だからツッコまないね」
わざとらしく悲しい顔をするゼノンを無視して、俺はルルカに話しかけた。
「いやぁ、それにしても助かったな。まさかエファリスに向かう途中に、ミスベルがあったなんてな」
馬車に繋がれた馬とじゃれていたルルカは、馬に頭突きされながら答えた。
「ほんとだよね。方向が真逆だったらどうしようって思ってたし」
幸い、ミスベルとエファリスはそう遠くはない距離だった。つまり、感覚としては『寄り道がてら国救っちゃう』感じになるが……。まぁそう簡単な話ではないだろう。
「でも、屋敷をしばらく離れることになってしまうのは、少し寂しいです……」
同じく、馬とじゃれあっていたノアが、馬にめちゃくちゃ懐かれながら言った。……馬も人を選ぶんだなぁ。
「まぁな。でも、旅の費用はゼニスの援助でなんとかなったぶん、優勝賞金は浮いたし、全額家賃としてぶち込んだから、しばらくは屋敷を空けていても大丈夫だろ。ポーラとソフィアも、定期的に屋敷を見にきてくれるらしいしな」
ともかく、なんだかんだ、こうして旅の都合はうまくついた。これぞチート転生者ならではの『ご都合主義』。やるじゃないか異世界ライフ。今までご都合主義の一つも見せなかったくせに。もっと見せていいのよ? いやほんとマジで頼むから。
「……結果として、君たちを巻き込む形になってしまった。すまない」
松田さんが、顔に影を落としながら言った。それに対し、近くにいたリンファが、笑みを浮かべながら首を振った。
「なに、それを言ったら私だって、みんなを巻き込んでしまっている。確かにそれは誇れることではないが、それでも……」
リンファはなぜかそこで、手をもじもじとさせながら、ちらっと横目で俺の方を見ると、
「……手を差し伸べてくれる人がいる。優しい言葉を投げ掛けてくれる人がいる。それらを振り払ってまで、一人で戦わなくてもいいんだと、私は……思うんだ」
そう言って、こちらを向きながら小さく笑った。俺もそれに笑顔で返すと、小さく頷いた。
「リ、リンファさん……!」
松田さんが、感極まった顔で、リンファを見つめる。松田さんもきっと、大会に参加するまで、いろんな思いがあったんだろうな……。それらを抱えて、エントリー会場で、力なく笑っていたんだと思うと、なんだかやりきれない気持ちになった。
「え、ちょっとまって、リンファ『さん』? え、私はルルカ『ちゃん』なのに? ねぇ、なんかおかしくない?」
おかしいのはお前だよチート魔術師。せっかくいい雰囲気だったのになにつまんないとこで引っ掛かってんだよ。どうでもいいだろそこは。
「え? だってそりゃ、ルルカちゃんはまだ中学生くらいだろ? リンファさんは多分、成人なんじゃないかなーと」
松田さんがあわてて弁解する。だが多分それは地雷なんじゃないかな?
「はー? 私こう見えてじゅーきゅー……!」
「あーもう分かった分かったほら行くぞアホ魔術師」
俺はこのままだと長くなりそうなルルカの首根っこを掴むと、そのまま馬車へと引き摺った。
「私は……まだ十七なのだが……」
ギャーギャーわめくルルカを馬車に放りこんだ後、リンファは小さく呟いた。…………同い年だったのかよ。え、てことはその歳にして騎士団長? 才能やばない? もしかして勇者だったりする?
「……じゃ、話はこれくらいにして、そろそろ行きますか!」
俺はあえてリンファの十七発言に取り合わないようにすると、わざとらしく出発の言葉を発した。それに合わせ、みんなも「おー!」とか「私は中学生じゃない」とか言葉が飛び交ってあれなんかまだなんか言ってるやつ混じってんなまぁいいか。
こうして、俺たちは『ミスベル』へと出発したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
馬車が、荒野を駆け巡る。
干からびた大地とは、まさにこういうことを言うのだろう。周囲にあるのは、ひび割れた地面と、それを叩く、馬の蹄の音。王都を囲む森林を抜けた先には、そんな殺風景が広がっていた。
「こっち方面は来たことな~い」
ルルカが窓に顔をくっ付けながら言う。はしたない。
「ほら、窓が汚れるから、ちゃんと座れ」
「コータも外、見てみなよ! ほらほら」
俺の注意を無視し、はよ隣に来い、と言わんばかりに、俺の服をぐいぐいと引っ張る。そんな水族館に来たバカップルみたいなこと、死んでもしたくない。
「ち・ゃ・ん・と・座・れ」
「……はぁい」
ルルカが頬を膨らましながら、ちょこんと、座り直した。その様子を見ていたノアが、苦笑しながらルルカの頭を撫でる。ルルカはそれに答えるように、ノアに引っ付き、俺をジト目で睨み付けた。お前は子供か。
「――――といった感じで、魔術師の始祖を攻略したのです。ほら、コータ君ってすごく弱いのでね、私がいないとほとんど冒険が進まないのですよ」
こっちはこっちで、ゼノンが、べらべらと今までのことを、リンファと松田さんに話していた。しかもちょいちょい俺を貶しながら。
「へ、へぇ……。ゼノンさんってすごいんだねぇ」
「ふむ……。ゼノン、あなたがいれば、女王など簡単に討伐できるのでは?」
ゼノンの強さを初めて聞く、松田さんとリンファ。どうやらこの二人は俺の弱さうんぬんより、純粋にゼノンの強さについて興味があるらしい。よかった、傷つくものはいなかったんだいやよくねぇよ。
「それは…………」
そこで、ゼノンは珍しく、なんだか煮え切らないような表情を浮かべた。こいつ、この前からなんだか様子がおかしい。妙に冷めきった顔になったり、かと思えば、こうして困った顔をしたり。
……いつものゼノンらしくない。それが、ここ最近のゼノンに抱いた感想だった。
ゼノンが返答を渋っていた、その時だった。
凄まじい地鳴りと共に、馬車が大きく揺れた。ゼノンとノア以外の皆が椅子から転げ落ち、遅れて馬車が急停車した。
「いったーい! もうっ! 危ないじゃない! 死んだらどうするのよ!」
ルルカが俺を下敷きにしながら言った。余談だが、こういう状況になった時ってなんで毎回男が下敷きなんだろうね?
「レベル9999だしこれくらいじゃ死なねぇよ。てか重たいんでどいてくれません?」
「は?」
「体重の話じゃないよ防具とかが重たいとかそういうことだよだから杖しまって危ないから」
椅子から転げ落ちても死なないけど、杖で殴られたら最悪死ぬ。その最悪の結末を回避するため、俺は目から光が消えたルルカをなだめ、なんとか杖を持った腕をおろすことに成功した。
「み、皆さん……!」
いつの間にかゼノンにお姫様だっこされていたノアが、心配そうに声をかける。松田さんは無様に顔面からいったようだが、リンファは剣の鞘を床に突き立て、なんとか体制を保ったようだ。やはり、現役聖騎士は反応が速い。
と、感心していると、御者の大きな声が聞こえた。
「な、なんだ……ありゃあ……!」
ただならぬ雰囲気を感じとった俺たちは、一瞬にして真剣な顔つきになると、すぐさま馬車から降りていった。
すると、馬車の遥か前方に、なにやら巨大な影のようなものが動いているのが見てとれた。
全身の全てが、うっすらとした黒で構成されている。生き物の形をしておらず、歪んだ曲線で縁取られた、なんとも禍々しい存在だった。荒野というなにもない舞台ゆえか、その不気味さは、より一層、際立っている。
「あ……あれは……まさか……『荒地の影』……!? いや、そんなはずは……!」
リンファが、険しい顔つきで言った。どうやら、あの正体不明の影の塊に、見覚えがあるらしい。
「『荒地の影』? それは一体……」
俺が聞きかけた時、リンファがすごい剣幕で叫んだ。
「みんな、馬車に戻れ!!! あれは……あれは、邪神の存在を意味する、不吉な魔物だ!」




