異質な転生者
「近づけない……?」
リンファが驚きの表情を浮かべながら、松田さんの言葉を復唱する。俺も、その言葉の意味を頭の中で転がしていた。
「ああ。僕は、女王を討つために、彼女がいる城へと向かった。城の中は恐ろしいほどに、警備も罠もなかったんだ。今思えば、あれは僕を遊び相手として招き入れただけだったんだろうね」
俺のほぼ上位互換である松田さんを『遊び相手』程度にしか見ていないだと……? チート能力を得たからって、いくらなんでも慢心が過ぎる。
松田さんは、当時の悔しさを思い出したのか、一瞬だけ歯を食い縛ったが、後を続けた。
「彼女とは、拍子抜けするほど、簡単に対面できた。すぐに僕は、貧困にあえぐ層や、奴隷として働かせられている民について話した」
「それで……彼女は、なんとおっしゃったんですか……?」
恐る恐る、話の続きを聞こうとするノアに、松田さんは、空虚な笑顔を取り繕いながら、言った。
「彼女はただ微笑んで、こう言ったのさ……『大丈夫、お人形なら代えがきく』、と」
突如、バン、と何かを叩く音が部屋に鳴り響いた。リンファが怒りに震えながら、握り拳を壁に打ち付けていた。転生者の横暴によって虐げられてきた人々を知っているリンファにとって、今の台詞は、怒りを抑えきれなかったのだろう。
「……なんだ……なんなのだ、その女王は!! 私に力さえあれば……今すぐにでも、そんな奴……!」
「リンファ、落ち着いて下さい。まだ松田さんの話は終わってません」
今まで黙って聞いていたノアが、悲しげな表情を浮かべて、リンファをなだめた。リンファは、一言、松田さんに「……すまない」と言うと、深く呼吸をし、いつもの表情に戻った。松田さんは力なく笑いながら、話を再開した。
「僕も、君と同じように、怒りに震えたさ。あの台詞を聞いた瞬間、頭で考えるより先に、僕の体は、動いていた。愚直に、無策に、ただただ女王目掛けてね。けれど……」
松田さんは、そこで一呼吸置き、言った。
「……女王が、僕に対して『寄るな』と発した。次の瞬間、僕の体は、一歩も彼女には近づけなくなっていたんだ」
「は……? それは……一体どういう……」
俺はつい間抜けな声で聞き返してしまった。それほどに、今の話が突拍子もなかったからである。
「そのままの意味さ。体は動く。剣だって振れる。でも、女王に近づくことだけは、その場では不可能になっていた。不思議な感覚さ。僕は確かに彼女目掛けて走っていた。しかし、一向に距離が縮まらない……。結局、彼女は心底退屈そうな顔で、僕の顔を一瞥すると、奥の間へと消えてしまった。彼女とは“ 戦い ”にすらならなかった」
そこで、松田さんの話は終わった。再び部屋中に、重苦しい静寂が訪れる。
だが、その部屋の静けさとは裏腹に、俺の心臓は早鐘を打っていた。
人に命令しただけで、動きを止められる。
時間停止能力も効かない。
加護を無視して、対象を殺す。
現時点で把握できている女王の能力は、すでにチートの範疇を超えている。こんなのムチャクチャだ。これじゃ……これじゃ、まるで。
「ねぇコータ……今の話…………」
ルルカが、肘で小さく俺を小突いた。おそらく、彼女もそう思っているのだろう。
「あぁ……まるで『あいつ』みたいだよな……女王ってのは」
あいつ……すなわち、ゼノンである。
もし俺たちの推測通りなら、今回の相手は『ゼノンに匹敵するデタラメ能力』の持ち主、ということになる。こうなると、もはやチート能力でどうこうできる相手ではない……。
……いや、決めつけるな。まだ女王の能力が判明したわけじゃない。そうだ、そんなデタラメな奴が何人も存在していいわけがない。なにかカラクリがあるはずだ……。
それに、万が一、俺たちが負けそうになったとしても――――――
俺は、心を落ち着かせると、まっすぐと松田さんを見て言った。
「松田さん。その女王、俺が倒しに行きます」
「無茶だ、コータ君! あれは別格過ぎる! 能力も不明なままなんだぞ……!」
「分かっています。でも、そんな存在を野放しにはできない。それに、この世界を救うってことは、いずれは戦わなければならない相手ってことですから」
そこで、俺はリンファの方へ体を向けて言った。
「リンファ、すまない。エファリスへ行くのは、もう少し後になりそうだ」
リンファは小さく笑うと、「分かっている」と言って頷いた。さっきの反応を見るに、リンファも女王を討伐する事に乗り気のようだ。
「私も行こう。お前たちのような力はないが、戦闘経験なら私が上だ。それに、魔法もルルカほどではないが、多少心得ている。これでも一応、騎士団長だからな」
「だっ、だったら、私も行く! コータだけには任せられないもん! 私が女王の顔面に一発、杖をフルスイングでぶちこんでやるわ!」
ルルカが勢いよく杖を素振りし始めた。いやだからその物騒な鈍器しまえよ。あと室内でやらないで危ないから。
「もちろん、私も行きます。回復は……あまり得意じゃないですけど、おとりくらいならできます。《女神の加護》がありますから!」
ノアが、小さくファイティングポーズを取りながら言った。かわいい。
みんなの反応を見た松田さんが、顔を歪めながら、苦しそうに言った。
「……本気で、行くつもりなんだな。これ以上は止めても無駄か。だが、これだけは約束してほしい。無理だと思ったら、すぐに逃げてくれ。死んでしまったらもう、どうしようもない」
「分かりました」
―――――そう、もしも負けそうになったとしても、最後には必ず、『あいつ』が助けに来てくれる。
そう思いながら、俺は拳を小さく握りしめた。
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それぞれが、旅の準備をしに行くため、次々と控え室を出ていく。辺りはすっかり暗くなっており、誰かが部屋を出る度に、暗さと静けさが増していく。ノアは大会の後始末、ルルカはその手伝いへと出ていった。俺も行こうとしたが、「優勝者に手伝わせるわけにいかない」とのこと。ルルカのやつ、変なとこ気にするなぁ。
こうして、最後に残ったのは俺だけとなった。
「……帰るか」
いつまでも控え室にいても仕方がない。俺は立ち上がり、部屋を出ようとした。
その時、扉が開き、ゼノンがぬるっと入ってきた。
「ちょ、おま、突然入ってくんなよ……。びっくりするだろうが」
「ノックをした方がよかったですか? まるで反抗期の男の子みたいなことを言うんですねぇ」
「反抗期に関わらずノックはマナーだと思うんだけど?」
俺の圧倒的正論をさらっとかわし、ヘラヘラと笑う姿は相変わらずのウザさである。こいつほんとどんな時も変わらねぇな……。
と、思っていた直後、ゼノンは突然、普段とは違う無機質なトーンで、呟いた。
「女王、とやらを倒しに行くそうですね」
「いつから聞いてたんだよ……。まぁ、そのつもりだ」
「……そうですか」
ゼノンはそれだけ言うと、パチン、と指を鳴らし、消えてしまった。あいつにしては、どこかそっけない態度だった。その時は、珍しいこともあるものだ、ぐらいにしか思っていなかったが。
ゼノンは、その時、笑ってはいなかった。
リアルが忙しくて全然更新できませんでした……。申し訳ない
一応、書き溜めらしきものはあるので、ちょこちょこ、投稿します……




