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絶望決勝戦

俺は小刀を構え、目の前のふざけたタキシード野郎に向かって走っていった。


奴は自分の窮地に気付いてないのか、あるいは戦意を喪失してしまったのか、俺のことをポカンとした顔で見ている。やはりただの雑魚だ。俺の能力を攻略したところで、純粋な戦闘で勝てなければ意味がない。


「残念だったな、あともう少しだったのに」


俺はそう吐き捨てると、奴の喉元に向かって刃を薙ぎ払った。……防御動作もない。これは確実に入った。やれやれ、やはり大した奴ではなか


「あ、ちょっと待って下さい」


…………あれ?


まただ。


またおかしなことが起きた。俺の刃はもう、奴の首数ミリの位置にあるというのに。今、まさに喉を掻っ切ろうとしていた瞬間だったのに。


体が、動かない。


いい加減にしてくれ。


「ちょっと待ってて」の一言で本当に待つやつがあるか。


だが俺の意志とは関係なく、実際に今こうして『待たされている』。


さっきからなんなんだ。 時間が止まった世界でも平気で動き回るし、こちらを動けなくしてくるし……。やりたい放題ってレベルじゃない。そのすべてが、あまりにもデタラメ過ぎる。


「まったく、観客である私に攻撃とは何事ですかねぇ」


台詞に嘲笑を含ませながら、奴はそう言うと、固まって動けないでいる俺をよそに、コツ……コツ……と、わざとらしく靴音を鳴らしながら、歩き始めた。


そして、そのまま碓氷 幸太の前に立つと、くるっとこちらに向き直り、


「君の相手は、私じゃないでしょう?」


そう言って、ニヤリと笑いながら、碓氷 幸太の頭を叩いた。


―――――――――――――――――――――――――


「いって」


突然、頭に衝撃が走った。なんか今、誰かに叩かれた気がする。……てか、いきなり人の頭を叩くとかどんな奴だよ。俺は顔をしかめながら、その無礼者の顔を確認しようと顔を上げた。


「なに呑気に固まってるんですかコータ君。大会の途中ですよ」


そこには、あのデタラメ悪魔がニコニコしながら、俺の顔を覗きこんでいる姿があった。


「……お前なんでここにいんの? てか俺固まってないけど?」


もはやいちいち驚くのもめんどくさい。こいつはそういう奴だからだ。大会中にいきなり目の前に現れて頭叩いてきてももう『あ、そう』ぐらいにしか思わない。


「いや固まってましたよ。だって今時間止まってますし。ほら、よく周りを見なさい」


ゼノンがやれやれ、と首を横に振り始めた。いや振りたいのはこっちなんだけど? 大会の邪魔してまで俺をひっぱたいてきたのはお前じゃねーか……って…………は………?


「あーっ!?」


さっき驚かないと思ったばかりなのに、俺は情けない叫び声をあげてしまった。


観客が全員、固まっている。それどころか、雲の流れも、鳥の動きすら、ピタリと動かないままだ。これじゃ……これじゃまるで……。


「時間が……止まっ」


と、言いかけたあたりでもう一回ひっぱたかれた。


「いってぇな! なにしやがる!」


「もうそういうくだりはいいですから。時間を止めたのはイスケ君。そして今固まっていた君を叩いて起こしたのが私。あ、そういえばイスケ君も固まっていましたね」


ゼノンはそこで指をパチン、と鳴らすと、言った。


「はいこれで動けますよイスケ君。では決勝戦スタート!」


「ちょっと待って理解が追い付いてないんだけど」


「それはこっちの台詞だっ!!」


突如、前方から声がした。聞き覚えのある声だ。


イスケは、今まで見たこともないような憎悪に満ち溢れた眼差しで、こちらを睨みつけ、言葉を続けた。


「何もかもめちゃくちゃだ……! そこの、そこのわけの分からないタキシードの奴のせいで……何もかも……!!」


「お前……イスケ、なのか……?」


決勝戦が始まる前の人間とは違う、明らかに敵意を剥き出しにした存在が、そこにいた。顔を歪め、髪を掻きむしっている。そこには、まるでイスケの面影はない。だが、見た目も声も、イスケであることは間違いないのだ。


イスケは俺の質問に答えることなく、小刀を構えた。


「殺してやる……お前ら二人……殺して……殺して……!!」


「おい、イスケ……!」


俺が語りかける前に、イスケの体が動いた。


慌ててエクスカリバーを構えたと同時、イスケの小刀が俺の首元に迫ってきた。それを間一髪、剣の腹で止める。武器と武器が、キリキリと高い音を奏で始めた。


「イスケ……なんでこんなことを……」


エクスカリバーに集中しながら、イスケに問う。するとイスケは、わずかに口角を上げて、言った。


「絶望を生み出したかったからだよ」


「絶望……?」


こいつは何を言ってるんだ。


ただでさえ絶望的な世界なのに、さらなる絶望を、人々に振り撒こうとしているのか。


一体、今までどれだけの人が苦しんできたと思ってんだよ!


「そんなもん生み出して、どうなるってんだ……!」


俺は、怒り任せに剣を薙ぎ払った。鈍い金属音がなったと同時、イスケは後方へと退いた。


「意味? そんなの俺が楽しいからに決まってるだろ? だが、この世界には……まだ絶望が足りない。足りないんだよ。もっと、もっと苦しんでもらわなくちゃ」


「……っお前………!!」


単なる自分の趣味で、人々を苦しませるだと……!? 正気の沙汰じゃない。それが人の考えることかよ……!


……だめだ、冷静になれ。あいつの言い分に踊らされるな。もうあいつは、時雨の森を一緒に駆け抜けた仲間でもなければ、決勝戦でひよっていた転生者でもない。


あれはただのゴミクズだ。


俺のやるべきことは、あいつにこの剣を振るうこと。あれを、あの存在を、ここで残してはいけない。


――――せっかく、友達になれると思ってたのに。


「……だったら、なぜさっさと俺たちを殺さなかった? ルルカと戦った時にも、その力を使っていたはずだ。その力さえあれば、俺たちを殺すことなんていつでもできただろ」


「そうそう! ルルカさんの時も使ってましたね! いやぁあの時はほんとダサかった! 時間が止まってる間、「まずは遊んでやるか」とか「俺こそが最強の……」とかブツブツ言ってましたよね!」


ほら出たよシリアスブレイカーが。こちとら真剣にかつての戦友と向き合ってるってのに。


「おい雰囲気ぶち壊すのやめろや。え、てかお前が言ってた「ダサい」ってそっちのことだったの?」


「……絶対に殺す」


イスケがとんでもなく冷ややかな口調で言った。そしてしばらくして、再び口を開いた。


「確かに遊んでいた部分もある……。だが本質はそこではない。……コータ君、絶望って、どうしたら生まれると思う?」


微笑を浮かべなから、唐突に質問してくる姿は、不思議と邪気は感じられない。その様子が、(かえ)って不気味さをさらに増長させる。


俺が質問に答えないでいると、イスケは、心の底から愉快そうに言った。


「『あがける』余地があるから、絶望が生まれるんだよ。あがくことすらできないものは、単なる『虚無』に過ぎない。意味、分かるかな」


俺の中で、信じられないほどの怒りが沸き上がってくるのを感じる。剣を持つ手が、より一層震え出した。イスケはそんな俺の様子を見て、悪魔のような笑みを浮かべて、悪魔の台詞を吐いた。


「『梯子がない』より、『梯子を用意した』上で、登りきる直前に外した方が、人は良い顔をするんだ。この大会においても、一番の盛り上がり時に、少しずつ、少しずつ殺していく。天国からの地獄。この落差こそが、絶望の正体なんだよ」

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