認知不可の悪
俺の背筋を、ヒヤリとしたものが伝う。まるで、かなしばりにでもあったかのように、俺はその場で固まってしまった。
「じゃ、健闘を祈るよ」
何事もなかったかのように、レイは立ち去っていった。背後で、徐々に足音が遠ざかっていくのを聞きながらも、俺はその去り姿を、目で追うことはできなかった。
レイが言ったことは、ただの可能性の話だ。もっと言えばブラックジョークに近いもの。「脅かすなよ」ぐらいの返しで、そのやりとりはただの『からかい』に終結するものなのだ。そこまで気に留める内容ではない。……なのに。
第六感……だろうか。仕組みはともかく、どういうわけかレイの言葉を聞いた時から、俺の中で、警告音が鳴り止まない。
それは彼に対するものなのか、大会に対するものものなのか、あるいはその両方か。……いや、考えるのはよそう。もともと直感的なものに、理屈を当てはめたところで明確な答えが出る気がしない。
俺は、深呼吸をし、両手で頬をパン、と叩くと、意識を決勝戦へと切り替えた。そして、もう自分以外、誰もいなくなった通路を、確かな足取りで歩いていった。
―――――――――――――――――――――――――――
『さぁいよいよ決勝戦! 泣いても笑ってもこれが最後です!』
実況が、ありふれた口上で場を沸き立てる。大会の勢いは、今まで以上に強まり、歓声が上がる度に、地面から僅かな振動が伝わってくるほどだ。
「うぅ……吐きそう」
真正面にいるイスケが、自身の胸元を擦りながら呟いた。無理もない。この盛り上がりっぷりはもちろん、勝てば優勝というこの状況で、落ち着いている方がおかしいのだ。かく言う俺も、少しだけ手が震えていた。
気分を紛らわすため、観客席の方を見渡す。すると、相変わらずバカ騒ぎしている、うちの魔術師の姿が目に映った。杖を高々と上げ、すごい勢いでぶん回している。あれ応援してるつもりなのか?
などと思っていたら、そのすぐ横ではゼノンが白旗を上げていた。やめろ縁起でもない。なんなら杖ぶん回してくれてた方がまだマシだわ。
「……まったく」
つい呆れ言葉が、口から漏れた。なんて滑稽な応援だ。あれがうちのパーティだなんて、紹介するのも恥ずかしい。だが、そんな奴らのおかげで、いつの間にか、俺の手の震えは消えていた。
あんなバカバカしい奴らとの時間を、もっと楽しんでいたい。
そのためにはまず、目の前の『優勝』だ。
『では、間もなく開始致します!』
腰を低く落とし、エクスカリバーを構える。実況の言う通り、泣いても笑ってもこれが最後だ。やれるだけやるしかない。
《瞬間移動》の攻略法は、結局思い付かなかった。あの速度で攻撃されても、俺の《獅子王の加護》で捌ききれるのか分からない。ましてや、イスケの加護も分からないでいる。正直、不確定な要素ばかりだ。
だが、それはきっと向こうも同じはずだ。イスケの《瞬間移動》が先か、俺の《獅子王の加護》が先か……。通用しないとしたら、また別の方法を考える。大丈夫、今までもそうしてきたはずだ。
『それでは……試合、開始っ!!』
実況が開始の言葉を発した。俺は、『約束された勝利の剣』を強く握り、勝利への気持ちを昂らせながら、イスケの方へと駆け出した。
「絶対に優勝してやる! いくぞ、イスケ―――――――――――――――」
――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
―――――――――――
「…………」
今日は良い日だ。
こんな晴れた日に大会があるなんて。
こんなに人々が盛り上がるなんて。
それを確かめるように、辺りを見回す。
だが、そこにあるのは静寂。
静寂。
静寂。
かつての熱気はない。あれほど震えていた地面も、今や微動だにもしない。まるで自分だけが、世界に取り残されたような気分だ。
今日は良い日だ。
こんなに転生者が参加してくれるなんて。
――――そして。
「こんなに、どいつもこいつも雑魚だなんて」
俺―――――――亜門 伊助は、何もかもが静止した世界で一人、ケラケラと笑いながら、これから死ぬであろう人間共の面を見渡した。




