おっさん転生者
「てか、なんであんな無茶したんだよ。本当は加護だけでも勝てることくらい、分かってたろ?」
俺の問いかけに、ルルカは鼻をすんすん言わせながら、なんとか空気を取り込んで自分を落ち着かせると、ぽつりと言った。
「……だって加護だけの魔術師だなんて思われたくなかったんだもん」
「えぇ……」
なんじゃその理由は。もしかして、ルルカとしては、優勝は二の次で『転生者としての自立』が本来の目的だったりするのか……? まぁ気持ちは分からんでもないけど……。
「そんな無理すんなって。お前は十分頑張ってるよ」
俺は素直な感想を述べた。実際、隕石を加護で跳ね返したり、危険を承知で、家賃という目的も兼ねて大会に参加もしている。魔法が多少コントロールできなくたって、彼女は立派に活躍しているのだ。俺はそれだけで十分だろう、と思った。
「うん……。ありがとう」
ルルカはそこで、無邪気にニカッと笑った。よかった、どうやら立ち直ったみたいだ。
「そうだよね、《クイック》をうまく使えば物理特化魔術師として無双できると思ってたけど、やっぱり無理はしちゃだめね!」
「おい」
あれれー? なんか思ってたのと違うぞー? まさか単純に時雨の森で物理無双したからそっちに目覚めちゃったって感じ? そういやよく見たらこいつまだあの杖持ってね?
「でもやっぱ冒険するなら、敵は殴ってなんぼよね! 大丈夫、今度は《マキシマム》を使って攻撃力MAXにするから! これで私が吹っ飛ぶことはないわ!」
「いや敵の頭が吹っ飛んじゃうから。魔法上手く使えないからって物理に逃げるのやめよう?」
「私だってちゃんと活躍したいのぉ!」
そしてルルカは再びワーワー喚き始めた。め、めんどくさ過ぎる……。もうこいつはほっとこう。それより今は大会だ。優勝して、家賃をゲットし、エファリスへ向かう。大丈夫、目的は明確だ。俺ならできる。できるはずだ……。
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「松田さんが勝ったみたい」
観客席に戻るなり、ケティが言った。いやちょっと待て。俺がルルカを救出に行くのに、大した時間は経ってないはずだが。
「どういうことだ?」
「どういうこともなにも、松田さんが相手を瞬殺しただけのことですよ」
ケティの代わりに、ゼノンがクッキーを頬張りながら言った。その流れで、ケティにもクッキーを渡している。てかそれ買ってたのね。
「瞬殺って……。まさか、松田さんも瞬間移動を?」
ルルカが勝手にクッキーを袋から取り出しながら言った。え、なんでこんな緊張感ないの? 瞬殺したって話はクッキー食べながらするものなの?
それとも、これから戦う者と戦わざる者の温度差なのか……と、納得いかない感情に満たされている俺をおいて、ケティは答えた。
「いや、普通に戦っただけ。それで、普通に勝った。だから能力もなんも分からない。ただただ強かったから瞬殺した……。そういう風にしか見えなかったけどね」
「そうなんすよっ!」
今度はどこはからともなくイスケが現れた。手にはクッキー袋を持っている。麻薬か何か混ざってんのかあれ。いくらなんでも流行りすぎだろ。
「松田さんの戦いが早く終わったせいで、準決勝も早々と開始されたんすけど……。自分の準決勝の相手、松田さんの戦いを見て棄権しちゃったんすよ。いわゆる不戦勝っすね」
「マジか……。そんなに強いのかよ松田さん。てか今お前、不戦勝つった? ってことは、もうイスケは決勝確定なの?」
「ひひ、そうなるっすね~。ま、このあとの試合はコータ君と松田さんっすから、どちらかが自分と戦うことになるっすね」
「お前は棄権しないのか?」
「しないっすよ! だって決勝出たってだけでモテまくるチャンスなんすよ? 死ななければ大丈夫っす、リターンは大きいっすよ!」
イスケはそんなゲスい理由を捲し立てると、そこで小さくニヤっと笑い、
「じゃ……“ 上 ”で待ってるっすよ……」
そう言い残し、去っていった。うん、決勝の事『上』とかいうのやめてくんね? てかあいつ運良くトントン拍子で上り詰めただけじゃねーか。ちくしょう、絶対勝ってやるからな。敗北したルルカ(自滅)のためにも!
俺は去り行くイスケの背中を睨み付けながら、ケティに手渡されたクッキーをバリボリと音を立てながら食べた。こうなったら何がなんでも優勝してやる。松田さんがどれくらい強いのか知らんが、もうやるしかねぇ。
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『さぁさぁ、あっという間に続いての準決勝となりました! 果たして、決勝へ上がるのはどちらか……! 目が離せません!』
実況がいろいろ盛り上げる内容を語る中、俺はそれを聞き流しながら、目の前の男を観察していた。エントリー会場で出会ってから、結局何一つ情報を得ることができなかった、一見すると人畜無害のおじさん。だが、『瞬殺』するだけの能力があることは間違いないのだ。戦う場だというのに、なぜかニコニコしている松田さんに、俺は言った。
「俺は、すぐにはやられませんよ」
松田さんは一瞬、目を見開いた。だが、その後すぐにあの頼り無さげな笑い声を上げると、「お手柔らかにね」とだけ言った。
『では、お二人とも、準備はよろしいですか?』
実況の声に、俺と松田さんがほぼ同時に剣を引き抜く。それを了承とみたのか、実況は、微かに息を吸う音を闘技場に響かせた後……。
『では、試合開始ですっ!』
元気よく言い放った。
……と、同時。
「手加減は無しだ」
松田さんが『大剣』を振るってきた。距離を詰める速度も凄まじいが、なによりも注目すべきは身のこなしだ。大きな剣を持っているのにも関わらず、速さはおろか、剣の振り方にも全くブレがない。
「あっぶね……!」
加護が働く事は分かっているが、つい相手の勢いに気圧され、情けない台詞が溢れてしまった。そんな俺の心情とは裏腹に、獅子王の加護はしっかりと松田さんの剣を捌いていく。……はずだったが。
「…ぃ」
俺はわずかに顔を歪めた。おかしい。今、確かに相手の剣撃を捌ききったはずなのに……。俺の手には、まるで固い壁を棒でおもいっきり叩いた時のような、鈍い痺れが伝わってきていた。今までそんな感覚に遭ったことはない。……まさか、これって。
相手の一撃が重すぎて、うまく捌ききれていないってことか……!?
「ほら、どうしたの」
未だ、にこやかな表情のままの松田さんが、さらなる一撃を振りかざす。それをエクスカリバーで受け流すも、再び手に余波が伝わってきた。やっぱりだ。力を受け流しきれていない。こんなの何発も捌けるものじゃないぞ……!
まさか『捌き疲れる』以外の弱点があるとは思わなかった。このまま攻撃を受け続ければいずれ、手の痛みで剣を落としてしまう。そう思った俺は、松田さんの次の攻撃を受け流さずに回避すると、間髪入れずに《ファイアボール》を放った。その隙に、一気に距離を離す。
当然ながら、松田さんは《ファイアボール》を大剣で防ぐだろう。無論、当たるなんて思っちゃいないから構わない。それより今は考える時間がほしい。距離さえ離せれば、後は魔法で牽制しつつ、時間を稼いで……。
そう考えていた矢先、とんでもないことが起きた。
なんと、俺が牽制のために放った《ファイアボール》が、そのまま松田さんに直撃したのだ。予想していなかった事態に、俺はその光景を凝視してしまった。松田さんから、黒煙がモクモクと立ち込める。転生者とはいえ、魔法を直に食らったらそれなりにダメージが入るはずだ。なのに、なぜ回避行動を取らなかったのだろう。
「どうして避けなかったか疑問に思っている所かな?」
黒煙の中から松田さんの声が聞こえた。それに伴い、会場から歓声とどよめきの両方が発生する。実況もあわあわと焦るばかりで、言葉が出てこないようだった。松田さんの声色は安定していて、ダメージを負ったようには感じられない。やはり、なんらかの加護によって護られているから避けなかったのか?
俺が思考に没頭し、返答せずにいるのに対し、松田さんは構わず続けた。
「そういえば、エントリー会場ではちゃんと答えてあげられなかったね」
「え?」
「僕の能力についてさ。コータ君は多分、さっきの僕の試合を見れてなかっただろう? けれど僕は君の戦いを見ている。これはフェアじゃないね。だから、教えてあげるよ」
松田さんはそう言いながら、大剣を地面に突き立て、相変わらずの緩い笑顔で朗らかに答えた。
「僕はね、全てのステータスが限界値を超えてるんだ。それが、神から授かった能力……《アンリミテッド》の内容さ」




