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わずかな違和感

「まぁ、なんか不思議な奴だなー、ってのは俺も思うけどな」


レイが去っていった暗がりを見つめながら、俺はノアに言った。……まぁ、むしろ不思議な奴止まりでいいくらいだ。なんてったってこの世界には、もっと残虐性のある、不思議どころではない転生者がいっぱい……。…………。


「あれ?」


「どうしましたか、コータ?」


キョトン顔である俺に対し、同じくキョトン顔で尋ねるノア。俺はその問い掛けに答えることなく、たった今、自分の脳内で一瞬だけ発生したとてつもない違和感の正体を探っていた。なんだ……? 何かがおかしい気がする。でも……なんだろう、その何かを掴みかけた気がしたのだが……フッと消えてしまった。


「コータ……?」


「……ん? ああ、悪い悪い。なんでもないよ」


その違和感が重要な物だったかは分からない。だが、今はとりあえず、屋敷に帰ることだけを考えよう。……ただ、その違和感が過った時、同時にもう一つ、過ったものがあった。それは―――――――――――――



『不安』だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「えー! これを私に!?」


屋敷に戻り、すでに修行を終えて帰還していたルルカに、俺はぶっきらぼうに服を渡した。


「ほら……ルルカにはいろいろ助けてもらってるからな。これぐらいはしておこう……って!?」


「コータ!!」


次の瞬間、ものすごい勢いでルルカが俺に飛び付いてきた。いやいや服買ってきただけだろ……! 前から思ってたけど、なんでこいつはちょいちょい犬みたいな反応するんだ。感情をストレートに行動へシフトするな、陰キャがびっくりするだろ!


「ちょ……待て、ルルカ。落ち着け」


なんとか平静を装い、ルルカを引き剥がす。ルルカはいったん目をパチクリさせると、聞き取れるか取れないかぐらいの声で「ん……そだね」とだけ呟いた。うつむいており、前髪で目元も隠れているので表情は分からない。それはそれとして、急に冷静になるな、陰キャが気まずくなるだろ!


「えーと……き、着替えてきてもいい……?」


相変わらず表情は読み取れないが、着替えたいとのことだ、断る理由もないだろう。てか俺に許可を取る必要だってない。だがなぜだろう、「お着替え」について女の子に確認を取られると、なんだか……もうそれはなんだかで。


「お、おう」


やっと出た味気ない返しに、ルルカは少しだけ頷くと、別室へと向かっていった。その様子を見ていたノアが、自分も、と言わんばかりに、俺にペコリと頭を下げると、ルルカの後をついて行った。


「コータ君のどぎまぎしてる心境を爆音で流していいですか?」


ゼノンがソファに座った状態で、紅茶を啜りながらにこやかに言った。


「いいわけねえだろ! その技は二度と使うな! ……そういやお前にも買ってあんだよ。ほら」


そう言って、俺は店で買った、淡い紫色のブレスレットを、ゼノンの方へ投げ寄越した。ゼノンはそれを一切の無駄な動きなく、軽やかにキャッチすると、少しだけ目を見開いた。


「……どうしましたかコータ君? まさか私にいじられ過ぎてとうとう服従の感情が……」


「いやいやそういうんじゃねえから。普通に日頃の感謝の気持ちだわ。なんでも、そのブレスレットには『魔除け』の効果があるらしいぜ」


「悪魔寄りである私に魔除けの装飾品とか頭沸いてるんですか?」


「しょ、しょーがねーじゃん! いいのがそれぐらいしかなかったんだから! それに、そのブレスレットぐらいじゃお前には効かないだろ?」


「ええまぁ」


そう言って、ゼノンは紅茶をテーブルに置き、ブレスレットを手首にはめた。その手首をしばらく動かしたり、天井にかざしたりして凝視したあと……。


「趣味の悪い装飾品ですね」


ニヤリと笑いながら悪態をついた。こいつ……。


「……でも、付け心地は悪くないです。付け心地はね。礼は言っておきますよ」


やたら「付け心地」を強調すると、ゼノンは再び紅茶を啜り始めた。相変わらず、口角の上がったいけすかない顔つきだ。レイとは真逆で、あのニヤついた顔は『本物』の笑顔だ。だが同時に、レイと同じく、その表情からはなにも読めない。……気に入ってもらえた……のか? それともからかってるのか……?


チート悪魔の反応を探っていると、突如別室の扉が開かれた。もう着替えたのか……。俺は、なぜか自分が微妙に緊張しているのを自覚しながら、視線を扉の方へと向けた。


そこには、赤と黒のグラデーションを基調とした、少し大人びたワンピースを着たルルカの姿があった。心なしか、その表情もやけに艶やかだ。それに、小柄であるはずなのに、不思議と子供っぽさは感じられない。


「ど……どう……かな」


後ろに手を回し、上目遣いでこちらに感想を問う姿は、普段からは想像しえない初々しさと恥じらいが見てとれる。服一つでここまで印象が変わるのか……。俺は、目の前の「女の子」から「女性」へと変貌を遂げた仲間の子に、口をポカンと開けたアホ面状態で固まったまま、動けないでいた。


「な、なんか言ってよ。着替えてきたんだからさ」


「……あ? あ、うーんと、そうだな、……あの、あれだ。悪くない」


「……コータって、女の子を褒めるの下手過ぎない?」


若干呆れ顔で言うルルカに、俺は申し訳なさとなんとも言えないこっ恥ずかしさから「う、うるせ」と言うのが精一杯だった。その様子を見ていたゼノンが、俺を指差しながら腹を抱えてゲラゲラと笑う。クソ、もっと心の余裕がほしい。なにこのくらいのことでドキドキしてんだ俺は。うまくコントロールできない自分の感情にもどかしさを感じながら、俺はゼノンを恨めしそうに睨んだ。


「わ、私も着替え終わりましたっ」


ルルカの後ろから、ノアの上ずった声が聞こえた。ルルカがサッと横に退き、ゼノンに「静かにっ!」と怒鳴る。ピタリとゼノンの笑い声が止むと同時に、三人の視線は、落ち着かない様子のノアへと注がれた。


「……その……つい欲しくなっちゃって……普段は絶対着ないんですけど……」


途切れ途切れになぜか弁解を始めるノアの姿は……なんとウサ耳のついたパジャマだった。いや、姿以前にこの世界の服の加工技術どうなってんの? あれどう見てもゲーセンとかでたまに景品である着ぐるみ風パジャマやんけ!


「たたまれてたから気づかなかったけど……そんなの買ってたのか」


「そのっ……こういうの、一度着てみたくてっ……」


分かりやすいほど顔を火照らせ、もじもじと動くノア。それに合わせ、ノアのウサ耳がピョコピョコと左右に揺れる。すき。


「ノアさん……もしかして狙ってやってるんですか?」


ゼノンさえも紅茶を飲む手を止め、目の前のウサ耳シスターを凝視している。高次元の悪魔寄りの存在さえも固まらせるシスター……。ある意味悪魔祓いとしてはすごい功績かもしれない。

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