大会まではまだ遠く
転生者コロシアムにエントリーはしたものの、実際に大会があるのは二週間後となっていたため、俺は再び無気力モードへと移り変わっていた。
屋敷の二階には広間があり、そこには各々が好き勝手に置いた家具がちぐはぐに並んでいる。基本、俺たちはオフの時はこの広間に集まり、適当に駄弁ったり、ゲームをしていたりする。
俺はその広間に置いた激安ソファの上に仰向けに寝っ転がり、ボーッと天井を見ていた。あちこちがつぎはぎだらけで、材質もゴワゴワしている。だが、金のない今はこれぐらいしか手に入らないのだから仕方ない。
そんな俺がソファでぐでってる真上から、ニヤケ面で顔を覗きこむ者がいた。
「おや、こんなところに生ゴミが……ってあれ、コータ君でしたか。どうしたのですか、こんなところでボーッとして」
「大会までやることないからだよ。あと生ゴミはやめて」
「失礼しました、粗大ゴミでしたね」
「種類の話じゃなくてね? いったんゴミから離れて?」
今、広間にいるのは俺、ゼノン、ノアの三人。ルルカは「秘密の修行してくるからついてこないで」とのこと。俺はもうこれ以上の特訓のしようがないものの、ルルカにいたってはまだ発展途上だ。……いろいろと。だから大会に向けて、少しでも努力しようとしているのだろう。あいつ本気で優勝するつもりなんだな……。
普段やかましいのが一人いなくなったことで、今はこうしてゼノンとプロレスをするか、ノアとまったり雑談するくらいしかやることがない。さっきまで三人でやっていたトランプも、もう飽きてしまった。ノアは初めてやるトランプに興奮しっぱなしだったが、さすがに三人だとそこまで盛り上がらない。結局それもすぐ終わり、こうして生ゴミ認定された現在に至る。
「コータ、大会にはどれくらいの人が参加するのですか?」
ノアが一人神経衰弱をしながら、俺に問う。あの子なに寂しいことしてんの……と思いながらも、俺は答えた。
「んー……名簿に書かれてたのは数人くらいだな。俺たちはエントリー期間の最後の方だったみたいだから、多分その数人で戦う感じだろうな」
「なるほどー。あ、私は応急係として参加しますので、怪我をしたら言って下さいね!」
そう言いながら、ノアはこちらを向いてニコッと笑った。相変わらずええ子や……。だが、よそ見してたせいでカードを見失ってキョロキョロしてるところはやはり天然である。もう今日はこのままノアを観察して一日潰そうかな……いや、予定は一応あるにはあったな。
「ああ、怪我したら頼む。ところでノア、もしよかったら城下町の服屋に行かないか?」
ノアが再びこちらに向き、全然違うカードをめくったまま手を止めた。ゼノンが再び俺の顔を覗きこんで口元を押さえながら笑いをこらえている。俺はその顔を思いきり殴りたい衝動にかられながらも、ノアの返事を待った。
「え、ええ……。それはかまわないですけど、どうして私と……?」
「いやさ、ルルカがゼノンと同じような服がほしいって、この前言ってたもんだからさ。そん時に「買ってやる」とは言ったものの、あいつ修行ばっかしててなかなか買いに行く機会なくて……。俺一人じゃ、女の子の服なんてよく分からないし」
「あー……そうですよね。そういうことでしたら、お役に立てるか分かりませんが、お供させていただきます」
ノアは快諾すると、トランプを片付け始めた。そうしてる間も、ゼノンはニヤニヤとこちらを見ていた。
「……なんだよ」
「いえ、ノアさんと二人きりでデートなんて、コータ君もやる男だなぁ、なんて」
「お前なぁ……。別にルルカもノアも、ただの大切な仲間だよ」
「私は?」
「……仲間だよ」
「ラグがありますね。仲間なら私も連れて行って下さい」
「お前連れてったらどうせとんでもない服選んでルルカがギャン泣きする未来しか見えないから却下」
「えー、コータ君のいじわる~」
ゼノンは急に猫なで声でそう言うと、体を左右に揺らし始めた。一見すると、ミステリアスな美人が甘えてくるという、ドキッとするシチュエーションなのだが、こいつの正体を知っている俺からすれば、ただ殴りたい衝動が加速するだけの光景でしかなかった。
「じゃ、行きましょう、コータ」
どうやらノアが片付け終わったようだ。俺はアホ悪魔から視線を外すと、さっさと屋敷を出ることにした。……まぁ、ゼノンにもお世話にはなってるし、なんか適当に一着ぐらい買ってきてやるか。
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城下町にやってきた俺たちは、石畳をコツコツと小気味よく鳴らしながら、服屋へと向かっていった。天気もよく、辺りは相変わらず賑やかだ。こうして見ると、とても転生者の脅威にさらされた絶望世界とは思えない。
「なんか、こうして二人で行動するのは初めてですね」
ふと、横でノアが呟いた。手を後ろに回しながら、小さな歩幅でトコトコと歩いている。俺は彼女に合わせ、少しだけスピードを落としながら、返答した。
「そういやそうだな」
「いつの間にか、コータはルルカと、私はゼノン様と行動することが多くなってましたからね」
そこまで言ったあたりで、ノアは突然足を止めた。あまりに急過ぎたせいで、俺がノアから数歩だけ、前に進んでしまった。俺との間で開いたその距離を、ノアは縮めようとせず、その場で言った。
「私、お役に立ててますか?」
「……え?」
予期していなかった問いに、つい聞き返してしまった。俺の反応を見て、ノアはぎこちなく笑うと、頬の辺りを掻き始めた。
「な、なーんて……。はは、すいません。やっぱりなんでもないです」
「役に立ってるよ」
「……え?」
今度はノアが聞き返す番となった。俺は彼女の顔を見て、いてもたってもいられなくなった。この子は、周りが規格外の強さの奴ばかりの中で、きっと肩身の狭い思いをしてきたのだろう。そういえば、最初に会った時も、自分は回復魔法が不得意だと自虐していた。多分、彼女は自己肯定感が低いのだ。
小さなクエストをこなしては、一生懸命お金を稼いできてくれる……。それは、もしかしたら、自分にできることを少しでもこなそうとした結果なのではないか。……クソ、なんでもっと早く理解してやれなかったんだ。
「役に立ってるに決まってる。ノアがいてくれたから、足の怪我が治った。ノアが励ましてくれるから、こうして戦える。君は間違いなくシスターだよ」
「……ありがとうございます」
そこで、ノアが突然ふふっと笑った。あれ、なんか恥ずかしいこと言っちゃったパターンかこれ。やべぇ、俺としては素直に言っただけなんだけど……どうしよう、だんだん恥ずかしくなってきた。
と、思いきや、ノアが笑ったポイントはそこではなかったらしい。
「あ、すいません。ゼノン様にもそんな風に励まされたこと、思い出しちゃって……。その、お二人の言い方がとても似ていたものですから」




