チート(笑)
目の前の、あまりにも異質過ぎる光景に、俺は(うわぁすごいレーザーはたいてるすごい)ぐらいの言葉しか浮かばなかった。IQがガリガリ削れていくのを感じる。
それはシスターも同じらしく、治癒魔法をかけながらも、ぶつぶつと「なに……あれ……」と繰り返していた。いやほんと、なにあれ。
「うわぁ、見てくださいよこの地面。こんなに穴だらけになっちゃって。蜂の巣みたい」
他人事のように語りながら、地面にかがみ、穴を凝視する男。その間もレーザーを捌くのをやめない。
だが、ふと、光は途絶えた。
俺とシスターが、思わず転生者の方を見る。あまりにも相手がデタラメすぎて、戦意喪失したのだろうか……。そんな考えが過る。タキシードの男も、拍子抜けしたように「おや?」とだけ呟いた。
だが。それは違っていた。
転生者は、笑っていた。
次の瞬間、無数の光が、あらゆる方向から飛んできて、男の体を包んだ。シスターが小声で「……あ」と言う声が聞こえたのも束の間。
光が、タキシードの男の体を貫いた。
腹、胸、足……と、レーザーが次々に、男の体に穴を空けていく。肉を突き破る生々しい音と、レーザーの音が交互に繰り返される。男の体はレーザーが直撃する度に左右に揺れた。
そして最後に、男の首を跳ね飛ばした。宙に浮いたそれは、男の体から少し離れた場所に落下し、ボウリング玉のように、ゴロゴロと地面を転がっていった。
「……嘘……だろ…………」
さっきまで余裕綽々で、敵の攻撃を捌いていた男が。
もしかしたら、と希望を与えてくれた男が。
あっけなく、転生者のチート能力で殺されてしまった。
再び、絶望の波が襲う。シスターの瞳からは、すでに光が失われていた。俺は、ただ口を空けたまま、たった今潰えた『希望』の行く末を眺めていた。
ほんのわずかな希望だった。あっという間の希望だった。でもそれは、絶望に叩きのめされた俺たちに、少しだけ夢を見させてくれていた。
そしてその夢さえも、転生者の笑い声によって包まれ、侵され、再び悪夢へと、強制的に戻される。絶望を呼び戻す、その邪悪な笑い声の主は、ピタリと笑うのをやめると、言いたくて仕方がない、といった声色で言った。
「《ジェノサイド・レーザー》……。これが、神からもらったチート能力さ」
チート能力……。現世で死んだ人間は、転生するか、あの世で静かに暮らすかを迫られる。転生を選ぶと、異世界に持っていける【特典】として、チート能力を授けられる。
そんな、いわゆる異世界転生を果たした人間は、本来、魔王と対峙するために送り出された、エージェントのようなもの。魔王討伐、世界平和、ハッピーエンド。これが、転生者に与えられた王道のシナリオなのだ。
その英雄になるはずべき存在が、今、敵として目の前にいる。そして、その英雄もどきは、まるで子供がおもちゃを自慢するかのように、語り続けた。
「直撃した人間は死ぬ。絶対に死ぬ。何らかの《加護》でも持ってない限りな。そして避けられないし、避けようがない。だって追尾式だもん。どこに飛ばしたって、対象を追い続け、最後には……」
そう言って男の方を指差し、
「ああなっちゃう」
にんまりと笑いながら言った。
その、たった今、指を差された男の右手が動いた。
その右手は、何かを手探るような動作をしたかと思うと、突然、左手に抱えたポテチ袋に突っ込まれた。そのまま、ガサガサとまさぐり始める。そして、不意に止まった。と、思ったら今度は、何かを引っ張りだすような動作をし始めた。上手くとれないのか、苦戦しているように見える。
しばらくして、ようやく右手が袋から出てきた。袋から引っ張り出されたのは…………男の頭だった。
男は、事も無げに、その頭部を首にはめると。
「そのレーザー、眩しい」
そう言って、不機嫌そうに、ポテチを頬張った。