一方その頃
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「……と、言うことは、主人公は虐殺光線を鏡に当てることで、敵の意表を突いた攻撃に成功した、と」
「ええ。これにより、【認識した攻撃を避けるお守り】の効果は意味を成さなくなるのです。鏡は敵の背後にあったのですからね」
「すばらしい! 主人公の機転が生かされた名場面! さすがゼノン先生です。次巻もこれでバカ売れ間違いなしですね!」
「はっはっは! そうでしょうね! ま、お金はほとんど私の趣味に消えちゃうんですけど」
ブロンズとゼノンが楽しげに仕事の話をする中、突如、部屋の扉をノックする音が聞こえた。ゼノンは「どうぞ」と微笑を浮かべながら言った。それに合わせ、扉がゆっくりと開く。
ノア・フェアリーベルは、おぼんに乗せた二人分の紅茶とお菓子を危なげに持ちながら、にこやかに入室した。小さな肩で、開きっぱなしの扉をトン、と押し閉める。閉まったのを確認すると、ゼノンとブロンズのいるテーブルへと向かった。
「大事なお話中、失礼します。よろしければ、こちらの茶菓子をどうぞ」
そう言って、手際よくテーブルにティーカップとお菓子の入った皿を乗せていく。ゼノンは満足げににっこり笑うと、ノアにお礼を言った。一方ブロンズは、ノアを凝視しながら、驚いた表情で、ノアに話しかけた。
「あなたはもしや……王宮にて仕える、この国唯一の上位光魔法の使い手にして、聖域都市エファリスから派遣された修道女、ノア・フェアリーベル様では!?」
「随分と説明口調ですねぇ。おまけに堅苦しい言い回し。……ノアさんってそんなにすごい方だったのですか?」
尊敬の眼差しで、半ば興奮気味のブロンズと対照的に、天気の話でもするかのようなテンションで問いかけるゼノン。そんな二人を交互に見ながら、ノアはよそよそしく答えた。
「いえ、そんな大層なものでは……。回復魔法は、エファリスでは落ちこぼれレベルでしたし……。私にあるのは、自分の身を守るだけの《女神の加護》ぐらいです。シスターなのに、他の人ではなく自分しか守れないなんて……皮肉なものですよね、ふふ」
謙遜しつつも、若干の闇を見せ、ふてくされたように笑うノアに、ブロンズが(あれ、地雷踏んだかな……)と、焦り始める。ゼノンはゼノンで、ノアの子供っぽい一面に苦笑していた。
「ま、まぁ……ノア様はそれでも、王宮では大事な存在で……」
なんとかブロンズがフォローするも、ノアは少しだけ口角を上げ、
「「それでも」 と、おっしゃいましたか?」
と、意味ありげに呟く。ブロンズが慌てて「あ、いえそういう意味ではなく……!」と弁解する中、ノアはいたずらっぽく笑うと、頭をペコリと下げた。
「ごめんなさい。少しからかってしまいました。でも、こんな私のような落ちこぼれを必要としてくださって……ありがとうございます」
そう言って、はにかむように笑った。その様子に、ブロンズは口をポカンと開けながら、
「……すき」
と、脳死で告白していた。が、ノアにはいまいち聞こえなかったらしく、その小さな頭をコテン、と傾げていた。その様子を見ていたゼノンが、顔を背けて小さく「ぶふっ……」と吹き出す。
ノアの反応と、ゼノンの笑い声に意識を取り戻したブロンズは、顔を紅潮させると、急いで紅茶とお菓子を口に運び始めた。
「はむ、はむ! ごくごくっ……あ、あちちちっ!! あ、あの、紅茶とお菓子美味しかったです! では今日はこのあたりで失礼しますっ!」
そう言って、ものすごい勢いで部屋を出ていくブロンズを、いまだ首を傾げた状態で見届けるノア。部屋の扉がバタン、と力強く閉められたのを境に、ゼノンが紅茶を啜りながら、ぽつりと呟いた。
「……ノアさんって、どちらかというと小悪魔ですよね」
「え? 私はシスターなのですが……」
おぼんを口の前に当て、困ったような表情をするノアに、ゼノンは小さくため息をつきながら、
「そういうとこですよ」
と、呆れ気味に言った。天然とは知らず知らずのうちに、人に恋心を抱かせる。ひとつひとつの所作も、ふとした言動も、そのどれもが、異性をドギマギさせるというのに、本人は全く気付かず、それらを自然にやってしまう。
「天然と小悪魔は紙一重……なんですかね」
そんなどうでもいい発見をしながら、ゼノンは再び紅茶をすすった。ノアは、さっきまでブロンズが座っていた席に腰掛けると、余っていたお菓子を一つ手に取った。
「ところで、コータとルルカはどこに行ったのでしょうか? さっきチラッと「転生者コロシアム」という単語が聞こえたのですが」
「えーとですね……彼らにはその転生者コロシアムに出ていただきました。今、エントリーに向かっています」
「その大会って大丈夫なのですか?」
「大丈夫ではないでしょう」
「大丈夫ではないのですか!?」
「ええ、まったく。なんなら死人が出てもおかしくないんじゃないですかねぇ。コータ君とか、またはコータ君とか……あとコータ君なんかも死にそうですねぇ」
「コータは何回死ぬのですか……」
ノアが、コータを心配しつつも引き気味の反応を見せる。ゼノンはそれに対して高笑いで返した。
「はっはっは! ですが、冒険を進めるためには大事なイベントだと思いますよ。彼らならきっと大丈夫でしょう」
「……私、あまり役に立ってないですよね」
ノアが突然、か細い声で言った。ゼノンは、あえて反応せず、紅茶をすすり続ける。ノアは、独り言のように、ぽつぽつと語り始めた。
「エファリスでも役立たずで……。周りの人は「そんなことない」って言ってくださりますけど……。でも、現実に、何も貢献できてないです。なんとかしたいとは、思ってるんですけど……」
普段、笑顔を絶やさず、人を励まし続けていたノアが、自分なりの悩みを抱え、今こうして弱音を吐いていることに、ゼノンはわずかに目を見開いた。そして、カップをそっと置くと、相変わらずの微笑を浮かべ、言った。
「まぁ確かに役立たずですね」
「うっ」
「回復も大したことないし」
「いっ」
「戦闘なんてからっきしだし」
「むぅ」
「あ、でも、ノアさんがいればパーティは全滅しませんねぇ。だってあなたは無傷のままですからね。みんながやられる中、あなただけがノコノコと帰ってくるわけです」
「きゅぅ……」
ノアは目に涙を溜め込み始めた。そして、頬を膨らませて恨めしそうにゼノンを見つめる。例え相手がシスターだろうと、ゼノンには関係ない。懺悔すべきはお前の方だ、と言わんばかりに毒舌をまくし立てる……。これが、高次元の悪魔寄りの何かの本質なのである。
そんな、さんざん言われ、もう残りライフがゼロに近いノアに、ゼノンは「ですが……」と、続けた。
「あなたがいなければ、冒険は進みません。あなたの存在が、あなたの言葉が、他の人に勇気を与え、活力を与える。それはなによりも大切なことなのですよ」




